第13話 無宗教なんですが
堂々と言い放った深湖に、男は内容も分からないかのように喘ぎのような呻き声を漏らし、ルプスは呆気に取られながら深湖を何か言いたげに見下ろしてくる。無視だ。
深湖は唐突に夢を思い出す。
『―――本来生まれたなら培われてきた筈の能力は備わってる。魂に刻まれているからね。』
誰か知らない、何かの声。
何の根拠もない、ただの夢。
だが深湖はあの夢に何処か神聖ささえ感じていた。理由はない。ただの直感だ。
だがあの夢の言葉が今この瞬間に浮かぶ。そこに何か意味を見出すなら……
ええい、ままよ!
深湖はそっと目を閉じ、意識を集中させた。
いや、意識を集中させたと思ったのは錯覚で、もうそこに意識はないのかもしれない。
深湖はただそこに立ち、ただ祈る。
意識など存在せず、為すがまま、為されるがまま空気を感じる。空気の中、男の思いの丈が流れてきた。
家族の無事を……
その祈りだけを拾い上げ、その思いに同調させる。自らが祈りに融けていく。少しずつ自我が滅して、祈りそのものとなる。
「……何て」
綺麗な。
そう続けようとしたルプスの声は、余りの神聖さに残る句を告げない。
深湖の姿は淡く光り、だが派手さも圧倒される迫力もない。
そこにあるのはただ静かな神聖さと、例えようもない美しさだけだ。
その時間が一瞬だったのか、長時に渡ったのか、そこにいた誰にも、深湖本人にさえも分からなかった。
ただ終結は急速に現実感を伴って、音となって耳を刺激した時やってきた。
「終わった…と、思います」
深湖には加護の正体は分からない。男の家族も知らない。だが祈りそのものとなって、男の家族を視た。あれは洗濯物だろう、白いエプロンを着て布の入った籠を持つ女性と、その傍らにいる少女。明るい家の庭だった。
きっと届いただろう。根拠はなくても、深湖にはそう確信する気持ちがあった。直感と言えど、これは恐らく間違っていない。
深湖は心の静謐さを実感しながら、吐く息出る息毎に現実感を取り戻していく。
夢心地、そんな感覚に近い気がする。
「凄いな……」
深湖は日本人にありがちな無宗教者の為、生まれて初めて祈りというものを捧げた。気づいたらこの世界に居た深湖にとって、「生まれた」という単語の定義は酷く曖昧だ。
窓から見下ろした時、腕に幼児を抱いた女性を見た。この世界でだって、きっと人間は女の腹から生まれるのだろう。赤子が痛みに耐えながら生まれてきて、おぎゃあと泣く。泣かない、既に儚くなっている例も少なくはないだろうが、それでも深湖はその例外からも大きく逸脱している。
自分が何か得体の知れないもののような気がするのに、その疑問は恐怖に固まることはなく精神の負荷となる前に脳で「疑問」として処理される。
妙な感覚だった。
脳と精神、それが密接に関わり合っているとは言え、線路を疑問が通過する直前に胸から脳に突然切り替えられたように、本来二股の線路なのに行先が最終的に脳に向かっていく。
だからと言ってどうにかしなければ、とも感じない。僅かな違和感だけはあるものの、危機感を感じる前にやはり脳へと線路が切り替えられる。
僅かに疑問を感じながらも、深湖をじっと見詰めたままのルプスへ、少し疲れた笑みで返事をした。
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