第9話 私まだ死にたくないのでお願いしますよ
「……」
「狙いを定める時間がある方が、当てやすいです。相手を無力化できる所を狙えます。」
そんな自信など皆無だ。
だがそうでも言わなければルプスの案が通ってしまう。もし仮に深湖が外してしまったら、もう同じ手は通用しない。それならば少しでも当てられる確率の高い方に賭けたい。
何より、ルプスの身が危険にならない。仮に深湖が最初から出て狙いを外しても、足を払ってでもルプスの動きなら深湖を射程外まで下げられるだろう。
深湖は素人どころかこんなことは初めだが、ルプスは慣れている。自分の身体がどれ程に動くのか、深湖の腕がどれ程なのか、深湖自身よりも把握しているだろう。深湖は判断をルプスに任せる。
「……いいだろう」
ルプスは少しの間考えて、そう結論を出した。
「私、死にたくないので確実に下げてくださいね……」
こんな訳のわからない状態で、訳のわからないまま死ねない。少し弱気にそう零す深湖にルプスが掛けた言葉はたった一言だ。
「任せとけ」
ニッと笑ったその顔に、深湖も緊張で引き攣った笑いを返して、すぐ側に立て掛けてあった弓と矢筒を引き寄せる。
「もう太陽の位置が変わる。時間もあんまりない、勢いのある内にやっちまいな」
深湖が弓を手に取った瞬間、ルプスは発射を促した。
矢を番えながら、妙に手に馴染む感覚を味わう。まるで自分の手足のように、どんな風に動くか動かす意志も要らないような、体の一部のように感じる。
目を閉じて視界を遮断すると、段々と自分の息遣いだけしか聞こえなくなってくる。やがて自分の呼吸も聞こえなくなり、それが息を止めたからだとわかった瞬間、静寂の中、自分1人と的である敵だけが鮮明に浮かんだ。
想像ではない、これは恐らく現実のビジョンだ。相手も息を詰めてこちらの動きを伺っている。分かる、相手がどう動くか。脳内の静寂と暗闇の中、深湖は張り詰めた糸を弾いて瞼を開けた。
その瞬間、ほぼ同時に矢を構えながら狙いを定める。いや、定める必要もなかった。深湖には見える。何処に何があるのか、全て。
「チッ」
口の動きで相手が舌打ちをした事がわかった。
向こうも速い。
いつでも発射できるように番えられていた弓の弦を素早く引き絞った。
このままでは深湖の弓が当たっても、発射して同時に被弾するだろう。
「全く、無茶する」
その呟きと同時に、陰から姿見が現れる。
曇り1つない鏡面は太陽を反射して、眩さをそのまま跳ね返す。瞳を焼く光を以て、動きを制限した。
敵が眩しでに反射的に目を瞑る。そしてそれと同時、深湖は指から矢の羽を宙へと解き放った。
そしてその矢は音もなく、しゃがんでいた敵の膝の皿を破砕した。
「やったか」
すぐにルプスが窓の外を見て、敵の状態を確認する。次の被弾を避けるため、弓衆はすぐに影に身を隠したが一瞬ルプスの目にも被弾した弓衆が映った。
「よくやった」
ルプスは言うなり部屋の開け辛い鍵を解錠し、部屋を飛び出して行った。
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