第8話 いやだから死にますよ
「また、怪我するつもりですか。
死にたいんですか」
ルプスの言いように、深湖はだんだんと腹が立ってきた。そんな、命をすぐに投げ出そうとしないで欲しい。
「じゃあ宿屋のおっさんを囮にしろってか?」
ルプスは深湖の表情を見て意外そうな顔をした。
「何だ、俺の命の心配してんのか?」
「してません。」
深湖はルプスの余裕そうな態度が釈でそう返すが、ルプスは表情を和らげたままだ。
「俺の命で身体だが、この身体と命はあんたに貰ったものだ。俺の意志を以って、あんたに全てを預けよう」
突然そう言われて深湖は面喰らう。ルプスの目を見つめるが、その色には真摯さしか認められない。
「意志があんたに向く限り、俺はあんたの望みを叶えよう」
真っ直ぐに射抜くルプスの視線は、何処か熱を含み、蜃気楼で揺らぐ。高温は風景を歪ませて、深湖にその熱を伝えた。
感情が空気と共に流れ込む。
ルプスの剥き出しの強い意志だ。
「……」
深湖は口を開きかけて噤んだ。
必要ない、そう言おうと思った。だが、他人の助けが必要なくらいには、深湖はこの世界に対して無知だ。
「なら、」
深く息を吸う。気持ちを落ち着ける。
「命を、もっと大事にして下さい」
だから、今は何も頼まない。
ルプスがどんな人間かも、頼っていい立場の者かもわからない。人に頼るという事が、この世界でどんな対価を必要とするのかわからない。
たった1つ、今を乗り切らなければいけないのなら。その中である命のやり取りを、どうか誰1人として見たくはない。
ルプスは深湖の言葉に、一瞬苦笑いをして、直ぐに頷いた。
「わかったって。」
この世界で、人の死とはもっと日常的なのだろうか。もしくは、ルプスにとって日常なのだろうか。
どちらにしろ、ルプスは深湖と約束をした。
「守ってくださいね、約束ですからね。」
「わかったよ……」
深湖の念押しに、ルプスは諦めたようにため息を吐いた。
顔を上げた次の瞬間、ルプスの表情は緊張感を帯びて引き締まる。
「だがどうする。方法がない。
俺が傷付かずに事を終える。しかもミコはあちらさんの事も殺したくないんだろ?」
どうやら深湖の感情はお見通しのようだ。
都合が良すぎるだろうか。ルプスの思案気な様子に深湖は何も言えない。先程まででも苦肉の策だったのに、さらに選択肢が絞られることになる。
「こっちに飛び具の使い手がいる事を、向こうも知らない訳がない。森で逃げた連中から伝達されてるはずだ。自分が矢を撃つ時以外には身を伏せてるだろう。」
つまりは普通に撃っても当たらないということだ。深湖は考えるが、戦闘に慣れているルプスの言葉に従う。命の危険を孕む事以外であれば。
「俺が姿を見せて、顔を出した敵を、ミコが撃ち抜く。
……作戦も何もさっきと変わんねえな」
深湖はルプスの言葉を聞いて何となく考える。
ルプスが姿を見せた後に深湖が立ち上がって構えるよりも、最初から深湖が構えて目くらましをした方が確実なのではないだろうか。狙いを定める時間が多く取れるし、それならば急所を外して狙う事も出来るかもしれない。
「私が出ます、ルプスが鏡を出して下さい。それなら、当てられるかもしれません」
深湖のその提案を聞いて、ルプスは唖然とする。
「……おいおい、俺には命を大事にしろって言う癖に、自分は的になるってか??」
「私が矢を外してしまった時は、ルプスが避けさせて下さい。勿論、庇うなんてのは無しで」
ルプスの眉間に皺が刻まれる。
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