第5話 自己紹介ですね

「あん時はすぐに気を失ってたからな、改めて名乗らせてもらう。ルプスだ。訳あって追われてたが、稼業は傭兵だ。荒仕事なんでな、切った張ったはしょっ中だが今回は本当に助かった。世話になったな」


 近距離で握手を求められ、彼女もスッと手を差し出す。


「深湖です、此方こそ、街まで連れて来て頂いてありがとうございます」


「ミコ?変わった名前だな」


 金崎 深湖、それが彼女のフルネームだがルプスも恐らく名前しか名乗っていないし、深湖は名前だけを伝えた。


「よく、言われます」


 苦笑いを含んで握手を交わすと、ずっと立っているのも不自然な気がして深湖はベッド脇に纏めてくれている荷物へと移動する。それを見てルプスもベッド近くの木机とセットになっている椅子に座って深湖の様子を眺める。


「あんた街に来たかったのか?」


 先程、街に連れて来てくれた事に対して深湖が感謝を口しにした事を指摘しているのだろう。

 深湖は自分を取り巻く世界や、この世界での自分の立場ひいてはエルフというのがどういった存在で、どのように振る舞えばいいのか分からない。まずは情報収集だが、人が居ないのでは話にならない。千里眼のようにあの力を使えば森の中でも何とかなったのかもしれないが、先ず使い方など分からない。精神集中すれば出来るようなものなのか、偶発的なものなのか、自分でも持て余すものに頼るのは不安が大きい。やはり街で人に囲まれている方がいいだろう、それにあの森の中で食料や水などを自給自足で調達する自信などあるはずもなかった。

 ルプスは深湖が居なければ確実に死んでいたし、深湖もまた、ルプスに会った事でこの世界に自分が存在するという僅かな道筋を見出していた。


「ええと、まあ……」


 深湖が曖昧に頷くと、ルプスは急に神妙な顔になる。


「あんたまさかとは思うが、森から出た事はないのか」


 質問の意図を計りかねていると、ルプスは深湖の返事を待たずに言葉を続ける。


「外は見たか?」


 深湖が頷くと、ルプスは椅子から立ち上がって深湖を横切り窓まで歩み寄って深湖を手招きした。

 言われたまま深湖が近づくと、通りに並ぶ露店の一つを指差した。


「あの露店に並んでるもん、あれなんだと思う。」


 露店の細い木組みには所狭しと干物が吊るされ、物販台には様々な種類の葉っぱや粉、瓶詰めにされた動物までも見える。


「薬屋…かな?」


 漢方の材料のような印象を受け、そう答える。


「一見するとな、普通の薬屋だろ」


 深湖の感覚の普通の薬屋とは似ても似つかず同意しかねるが、この世界では普通なのかと無理やり流した。


「あそこは裏と繋がりがあってな、何も知らずに薬を買ってく旅人の薬に毒を混ぜる。動けなくなったところで人買いに受け渡しするんだ。この街の人間ならまず手出しはしねぇな。」


 ルプスの指す指が移動して細い路地を示した。


「あそこはこの街の人間には手出しはしないが、外から来た人間や珍しいものを売り買いする現場になってる路地だ。国の監査も入れないくらい淀んだギルドが縄を張ってる。

 ミコは特にエルフだからな、フードを目深に被ってても声でわかっちまう。街で生活するってんなら何処ぞの貴族と契約して、名前を借りるのが普通だ。名前を借りたってことになれば、そいつには手出し出来ない。その貴族の一家を貶めたってことになるからな。

 あんた、アテはあるんだろうな?」


 多くの情報が耳に飛び込んできて目を瞬く。その様子を見てルプスは怪訝に首を傾げる。


「あんた、何の目的で街へでてきたんだ?

 アテがないにしても目的があるからでてきたんだろう?」


 ルプスの言い振りからしてそれが普通なのだろう。この世界に知らない事だらけで地に足も付いていない状態のミコに目的などない。咄嗟に口を開いた。


「しゃ、社会勉強?です??」


 疑問を言葉尻に盛大に纏いながらの発言に、ルプスは疎か発言した本人も首を傾げる。


「……人間の?」


 もう何と言って良いのか分からない。何も言えず黙っているのも妙だと感じてミコはこくりと頷いた。

 頷いた瞬間、背中がゾワッと凍る。脳にピリッと刺激が走る。一瞬で身体が動いた。窓の外、遠くの同じ位の高さの建物に人影が見えた。視界に光の線が迸る。人の身体を巡る力が光になって見える。建物の中でも荷物に遮られていても、その光は明確に視界に映る。その代わりに今まで見ていた世界は色を失くし、影のように朧げになった。何処に何があっても見える。神経が過敏になったように一点、赤黒く身体を巡る光を持つ人間がいる。

 ミコが窓の外を凝視した瞬間、瞳孔がピントを合わせるように狭まり雰囲気が一変した。人間だった筈の存在が、突然神気を帯びて浮世離れする瞬間を目の当たりにして、ルプスは体の芯から湧き上がってくる高揚感に囚われた。

 だが次の瞬間には身体は染み付いた動きで咄嗟に窓から離れようとするが、ミコの存在を頑なに忘れられない脳が腕を無理やり動かしてミコを抱え込む。

 グッと腕を引かれた瞬間、ミコは千里眼の様な視界から色のある世界を映してフッと何か意識が切り替わるのを感じた。そして頭を抱え込まれてドンっと身体に衝撃が走ったと同時、ビィインッと何かが刺さる音がした。


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