Side〝S〟-2 八月七日の夜・前篇


『八月七日。大通公園にある銅像へ向かった。途中、ボクは地元の男から暴行を受け、返り討ちにし、煙草を奪って銅像のところで吸っていた……午後九時ぐらいだった。そちらの被害届があれば、遠慮無く』


『昨晩の太った若者がやって来て、頭を下げた。ボクは煙草を銅像に押し付け消し、投げつけた。財布も。若者は落ちた財布だけを拾った。

「んー。いきなり生の死体は、刺激が強すぎた?」

 このボクの言葉で、びくっと若者の体が震えた。息が荒くなって、財布と交代にハンカチを取り出した』


『そのハンカチは、アニメのキャラクターが描かれており、巾着袋のように縛ってあった。黙って若者はそれと携帯電話も渡した。ボクは携帯電話を起動させ、操作して初期設定を終えた。

「さて今日もやるか。まず、こいつは何ていうキャラだっけ」

 ハンカチの中身を確認した。猫の左前足だったとある。そして携帯電話で撮影し、足は捨てた』


『若者は、小さくぶつぶつと呟いたようだった。ボクが「聞こえませーん」と耳をほじって言うと、若者は押し黙った。

「はいはい、悪かったって……覚えてるよ、こいつは〝守護戦士クリスタル・ナイト〟の敵キャラ、ブラッドストーン。卑怯なやり方で、主人公を貶めるんだよな」

「そうそう、特に二十話は、ひどかった」

 若者はアニメの話をかわきりに喋り始めた。

 ボクは新しい煙草に火を着けた。

「二十話〝燃える街〟……ア、アイリーンの通う学校で行方不明者が出るんだ。そ、それが友達だった。ブラッドが犯人だったけど、行方不明の友達は、殺されてしまった」

「殺し方が酷いんだよな? 両腕、両足、頭……バラバラにされて、それぞれにメカが引っ付いてて、主人公と戦うんだろ」

「そうそう。ぜ、全部倒して、人間のパーツを引っ付ければ元の女の子にもどるんだ。ア、アイリーンはとっても苦しんだ。友達のパーツメカが、人々を襲っているから、とっても。だから……」

 くすくすとボクは笑い、煙草をふかした。

 若者は、小さく「笑いごとじゃない」と呟き、地面を見た。

 ボクは煙草をまた、銅像でもみ消し、若者に投げつけた。若者の頭に当たった。

「そうだよな。アイリーンちゃんの身にもなれって、なあ?」

「うん、うん」

 ハンカチに描かれた悪役の顔を眺め、それをボクはポケットに押し込んだ。歩み寄って、若者の額に唇を当てる。よしよし、と背中をさすった。

「ひでぇ話だよ。友達を殺して街中パニックにするなんて。ブラッドストーンはサイテーだ。許せないな。アニメでは、何とかなったけど、お前の周りで実際に起こってしまった。イエローはその犠牲者だ」

「うんうん」

「そこでクリスタル・ナイト、ピンクとブルーの出番。オレと、お前だ。イエローはもう、この世にいない。絶対にブラッドストーンを探して、ぶち殺そう」』


『正直、ボク自身のこととは思いたくないが、これがボクのやり方だ』


『真幌に来てから何度も、同じような方法で、ボクの別人格は地元住民から情報を集めた……八月七日に津木さんらに出会い、公安の資料を渡されたが、ボクは失念していた。本件はボクたちの起こした事件と同じ前兆がある』


『だがボクらの調べたことが、公安の資料に記されていない。公安八課がボクを監視している、というのも怪しく思える』


『まずボクが発見した物とその時のことについて。メモから書き起こす』


『場所は人でごったがえす、真幌市東区の繁華街だった。ボクは先陣をきって歩いた。鼻をつまんだまま、何人もの人間にぶつかりながら。

「くせぇ。なんの臭い?」

「た、たぶん、打ち水か、排水」

「昼間にドブをぶちまけて、夕ごろになって全部蒸発した。風が弱いからカスが籠ってんのか。さらに酒と飯、ゲロ、小便、大便、男の汁、女の汁……涙と血が混ざってやがる。表通りはどっち?」

 返事は無かった。振り返ると、サラリーマンの集団に混ざっていたことに気づき、へべれけで涎を垂らした男たちの間から、若者が風俗店の勧誘を受けているのが見えた』


『サラリーマンを押しのけ、ボクが駆け寄って、ダークスーツを纏った男から若者を引き離し「こいつカレシなのさ。飲み屋を探してんの。バーイ」とあしらった。

 若者は、口を思いきり噛みしめ、周囲の視線に耐え手を引かれて歩いた』


『NIKKAのロゴネオンが眩しい交差点を抜けて、徐々に湿った空気の漂う路地裏に入った。若者は歩く速度を落とし、掴まれた手を振りはらった。

「あ、あんまり、そっちは」

 どんどんボクらは明かりの薄い路地に入って行った。街灯が無くなっていき店の照明だけで道が照らされ、歩行者の顔が判断しづらかった』


『ゲイバー、レズバー、外国人パブなど店数と比例して勧誘、キャッチは激しくなった。また「こ、こっちは、もう日本じゃない」と若者の忠告も増えた。すべてを無視してボクは歩いた』


『ある店の前で止まった。赤提灯の下がっている焼き鳥屋だった。ボクは煙草に火を着けて一服。そばにある街灯には禁煙のマークが貼ってあったが、出てきた店員も店前で一服をしていた。その店員は黒人だった。

 ボクは追いついた若者に尋ねた。

「なあ、ガイジン多くね? 声かけてきたやつ、すれ違ったやつを合わせると三桁超えたぞ」

「そ、そんなにはいない……でも、真幌は、ロ、ロシアに近いから、密航者が多いんだ」

 若者は黒人店員をちらちら見ていたが、ボクは「で?」と話を続けるように急かした。

「だ、だから、普通の外国人は、だいたい金持ちで、正規ルートで来て、東京とかに行くんだ。でも貧乏な外国人、そ、祖国で、あ、あんまり稼げない、ロシア人、き、北朝鮮とかは、み、密航して、帰国せずここで働いて、住み着くんだ」

 はあーっ、はーっと若者は息を荒くして説明したとある』


『これが真幌の常識だと言うのであれば、そちらのデータも公安の資料に無かった。説明がほしいところだ。でも津木さんに聞いても答えないだろう。以前、東京で捜査協力(そちらと本件は全く別物)したときもデータ不足だった。なのに解決まで至ったから……と、今回も協力することになったが、この過程が不明瞭すぎる』


『まず特免法(特別免罪処置法)がボクに、きちんと施行されているのか……その確認を管理官にしてもらいたい。施行されていたなら、津木さんからの資料は欠点だらけのゴミで、ボクの考え、アプローチは間違いになる』


『だが施行されていないなら、それこそ話が変わる。公安八課による妨害工作、嫌がらせ……なんて無茶な考えもできてしまう。調べて損は無いはず』

 

『メモに戻そう……ボクは真幌の住民事情を聞いて、若者に疑問をぶつけた。

「それ、何時代の話?」

「し、昭和だと思う。お、おじいちゃんから聞いた。お、おじいちゃんはロシア人で、このやり方で来たから」

「ふーん。お前、クォーターか。だから似たような経歴、ブルークリスタル・アイリーンのファンに?」

「うんうん。でも、内緒。あんまり知られると、クリスタルとの契約が、切れる」

 若者の口を手で塞ぎ、そっちの話はいいとボクは睨んだらしい。

「質問だけに答えろ。話を逸らされるのが、オレの怒りのトリガーだ。アニメの設定ぐらいぶち壊すぞ」

 若者を塞ぐボクの手には、煙草があった。

 にっこり笑ってからボクは手を離したとか。

 黒人の店員は、煙草を吸い終えて店に戻った。入れ違いにサラリーマンが一人出て来た』


『ボクは話を切り出した。

「本題。真幌の警察は緩い。職務怠慢に思えるほど……オレがどこで煙草吸おうが、未成年のお前が風俗街を歩こうが職質しない、てか、いない。例の事件、お前もチェックしたろ? どう思う?」

 煙草を吸って吐てもサラリーマンはそんなボクを無視して、千鳥足で通り過ぎた。

「け、警察は無能だ。おじいちゃんの口癖だった」

 煙草を投げ捨て、ボクは若者の頭を撫で「だよなあ!」と声を張り上げた。そして、若者の丸い背中を叩いた。

「やっぱ、警察なんかあてにならねぇ! 犯人の一人や二人、ソッコーで捕まえてナンボ! そんなやつらに頼るより、オレら、クリスタル・ナイトが活躍して、正義を貫こうよ!」

「うん、うん」

 ポケットからハンカチの包みを取り出し、ボクは匂いを嗅いだ。

「くんくん。くんくん、ピーン」と声にし、その包みを再びポケットに押し込め「やっぱここだ。店の近くにパーツが落ちてる。どうやらエネルギーを充電中らしい。ほら、起動する前に、ブルークリスタル、突撃ーっ!」

 掛け声と共に若者は、焼き鳥屋に入って行った。

 ボクはくすくすと笑いながら、店の裏に回ってゴミ置き場に向かった』


『店の裏にあるゴミの山には一匹も虫がいなかった。ただし、吐瀉物、汚物がぶちまけられて、性行為中の男女がいた』


『男が絶頂に達し、いっそう臭いが鼻をつんざいた。ボクは両手に唾をつけてこすり合わせ呟いた。

「オレさまの勘か、ボクくんの推理か、私ちゃんの妄想か。合ってるのは誰か、証明しましょーか」

 そんなボクを無視して男はまた性行為に及んだ。女の方は嫌がっていたようだが』

 

『まずコンクリートでできたゴミ箱を開けた。中は残飯ばかりだった。

 続いて、ゴミ袋にかかった。袋は燃えるゴミ、燃えないゴミと書かれており、日付もふってあった。

 燃えるゴミは月曜日に出す等、壁にプラカードがあった。日付の一番古い不燃物の袋を指でつつき、ボクはそのゴミ袋を開けた。

「んー。オレさまの勝ち。脳みそは同じなのに、不思議なもんだ」

 袋から溢れる液体で、周囲は一層強烈になった。ボクは鼻をつまみながら、中身を携帯電話で撮ったとある。そのフラッシュが盗撮だと思ったのだろう、男女は逃げるようにボクから去った』


『がしゃん、とガラスの割れる音ともに男の怒鳴り声が聞こえた。

「二度と来るな!」

 そこでボクは笑いながら店前まで走って、尻もちをついている若者の手を取って、来た道を引き返した』


『十五分後、中央区の小さな公園に。

 嗚咽を漏らして、若者はブランコに座っていた。重たい体を皮でできた底にあずけて涙を拭い続けていた。ボクが缶ジュースを買ってきて、見せてもそっぽを向くのみだった』


『ボクは「あのオヤジ、怖かったなぁ」と缶ジュースを地面に置き隣のブランコに座った。

「ヤクザみたいな店のオヤジに追い出され、ブルークリスタルは敗れた。オレさまも惨敗だ。もう守護戦士は全滅だな。次はロボット戦士でやるか? オレはいち抜け。おっつー」

 缶の蓋を開け炭酸の抜ける音がきえるほど静かな公園だった。若者は背中を丸めて、ハンカチで涙を拭っているのみ。街灯が濡れたハンカチの柄を照らして見えた』


『そこでボクはメモに、この出来事と、八月七日より前に調べた事を、改めて書いたらしい』


『八月七日は中央区の繁華街で猫の死体を発見』


『その前、八月二日、東区で犬の死体を発見』


『八月三日、四日には同じく東区のコンビニの近くで犬の死体』


『五日と六日に中央区の廃ビルで猫……ちなみに六日は若者が発見した。猫六匹、犬六匹で合計、十二匹の死体を発見した』


『これら犬猫の死体に共通点を見たのは、一旦バラバラに解体して、別々に縫合し直したものだから。キマイラ(架空のモンスターの名前)のようだったとある。詳細は書かれてあるものの、ボクは写真も物的証拠も所持していない』


『これが現在、真幌女子高教師殺害事件として取り扱われている事件の肝だ』


『ただしこれがそっくりそのまま……という単純なものではない』


『ここから先は様々なタブーに触れる。かなり理解に苦しむだろうし、理解出来たら最後、警官として生きることが難しくなる』


『もったいぶるつもりでは無い。警告だ』


『誰も信じるな。すべて、でたらめ。そもそも、誰が誰だ?』


『それらを胸に、URLに。きちんとパスワードを入力してサイトに入れ』


『サイト名は、THE REAL DRUG・LABYRINTH NO25 』


『Sideと呼ばれる項目が山のようにある。そのなかのSide〝S〟にボクの見解を上げておく』


『削除されていたら、やはり津木悟、公安八課が絡む証拠だ。誰も手出しできない。闇に消えるのみ』


『ちなみにパスワードは単純なものだ。この文面の中から適当に打ち込めば、必ず入れる』





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