Side〝S〟ー1 八月六日の夜


 捜査員が出払った後、会議室に残った鎌田浩管理官は、ノートパソコンに映る文面を読みふけっていた。

 彼の私物のノートパソコンには少女から受け取ったUSBメモリーが差さっており、文面も彼女の書いたものだった。


 無言のまま鎌田は読み進める。

 彼の傍には、真幌市中央署の署長が立っていた。呼び出されたものの私語を封じられ、起立しておくよう命令されてた。


 八月八日、午後九時を過ぎた。鎌田管理官と署長は黙ったまま、一時間が経っていた。


『管理官には理解し難いかも知れないが、これが本件の概要及びボクのアプローチだ。ボクが常時、所有しているメモから抜粋し、書き起こしたもの……津木さんらによると、ボクの行動は公安八課がマークしていたらしい。ボクの行動すべて公安に把握されていたなら、真幌女子高教師殺害事件なんて発生していないはず……と、だらだらと曖昧に書き記すのは理由がある。現在、ボクは八月八日の朝八時にこれを書いているが、管理官が読みのはもっと後になるし、その時には発生しているかも知れないから』


『なるべくわかりやすく書くつもりだけれど、疑問や質問があれば、この店に。

 喫茶店Side・A

 住所・真幌市中央区×××……

 電話番号×××・×××……』


『まず八月六日。ボクは改めて真幌市中央区の大通公園へ(ボクと記しているが、実際は粗暴な別人格。混乱するかもしれないが、あえてボクと記す)公園の北口に向かった。

 案内版があったからだ。公園と同じで長方形のものだ。

 その案内板の近くでは、夏場、昼から夜遅くまで営業している屋台があり、焼きトウモロコシを売っていた。でもその日の晩は、観光客も地元市民も皆、TVの撮影へ集まっていたとある。

 ローカル局から国営まであった。ボクはそのTVカメラらに、三度、映りこんだとある(といっても天気予報の野次馬に紛れ込むだけで、バラエティ番組の撮影にはスタッフに止められたらしい)

 夜の大通公園はボクのような若者が多く、スタッフも慣れた口調で「撮影中です」「本番なんで、ご協力ください」と連呼していた』


『ある撮影隊でも、そうあしらわれてボクは引き下がったのだが、ある若者が一人、くらいついたまま下がらなかった。

「もう下がってくださいよ」

「でも、でも、俺、大ファンだ」

 周囲は、撮影よりもその若者に視線が向けられていた。ボクもそうだった』


『若者はでっぷりとした体で、サイズの合わないピチピチのTシャツを着ていた。ボクは彼の背中を見ていたのだが、アニメ絵のプリントが限界まで引き伸びているのが可笑しくて観察していたし、ボク以外に指さして笑う者もいた。

「ア、アイリーンちゃんに、相談があるんだ」

 その若者の懇願にスタッフは、いいかげんにせんと警察を呼ぶ、と。そして別のスタッフがコーンを置き、テープで隔てていった』

 

『やがて撮影が始まった。眩しい照明の中にヒラヒラした服装の女性が三人、出てくる。舞台やセットは無かった。ただ公園から見える夜景をバックに芝生に座ったり、ふりむいたり、ときどきマイクを持つ。何ただ口をパクパク動かしているだけ。

 ボクはそれよりさっきの若者を眺めていた。

 他の見物人は冷めた口調で「つまんねぇ」と呟きその場を離れて行った。

 さきほどのでっぷりとした若者は、ぱち、ぱちと手をリズミカルに叩く。ボクは彼に視線が向いたままだった』


『撮影は一時間以上も続いたが、写されている女たちはまったく言葉を吐かなかった。休憩になり「のど乾いた」「北のくせに、あっつー」などと仲間内でやっと話をした。若者が彼女らに声をかけようと歩み寄った。

「ねえ、何の撮影?」と若者の肩を叩き、ボクの別人格は若者に尋ねた。

 彼は振り返り、メガネを掛け直し答える。

「ク、クリスタル・ナイト、だ」

「ドラマ? 映画?」

「知りたければ、ググれ」

 ボクの手を振り払い、若者は踵を返す。だがライトの下には無人の芝生があるだけで、撤収をはじめていた。さっきの彼女らは、スタッフたちの作る輪に入って缶ジュースを飲んで笑ったり愚痴を吐いていた。

 若者はその輪に加わろうと歩み寄ったが、やはり先のスタッフに阻まれた。声ではなく、ジュースを飲むスタッフの背中で押されて。よろけて踏みとどまったものの、ため息を吐き撮影隊に背を向け公園をつっきるよう歩いて行った』


『彼に再びボクは声をかけた。

「ねえ、何の撮影?」

 若者はため息をつき、またごうとした柵の上に腰を据え自分の胸を指さした。街灯とネオンの明かりでプリントアウトされたキャラクターが見えた』


『クリスタル・ナイトというのは、三人の美少女が魔法のクリスタルと契約し力を得て、悪の組織と戦うアニメらしい。そちらの説明は省略する。ただメモにはびっしりと書かれてあるが……サブカルに疎いボクの私見だけれど、アニメにしては過激だと思う』


『先ほどの撮影は、主人公三名の声優による、プロモーションビデオの撮影だと、若者はつたない口調で喋った。言葉がつっかえたり、話が別のアニメに移ったりしたが、ボクは柵の上、若者の隣に腰をおろし、話を聞いていた』


『話がクリスタル・ナイトの内容に戻り、ほぼ終わったのが三十分後。ボクは右前髪をいじりながら声を上げた。

「で、どうしたいわけよ?」

 若者に尋ねると、黙って指をこねはじめた。ボクはそのシャツにプリントされているアニメ絵をつかんだ。

「こいつらとヤリたいわけ? ご本人とヤリたいわけ?」

「げ、げひんだ……ぼ、僕は、ア、アイリーンの分身なんだ。この街には凶悪な、て、敵がいる。守らないと、いけない」

 ぱっと手を離し、ボクは若者に顔を近づける。若者のメガネが彩子の鼻息で少しずつ曇っていく。微笑んでボクは若者の背中に手をまわし体を密着させた。

「男と女、アニメとリアル。どちらも中間なんて無いってか……じゃあ、フィクションをリアルでやってみるか。今からサイコーなヤリ方を教えてやる」と』


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