三章

Side〝破〟ー7 破戒


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 昨晩はクリスマス・イブ! 今夜はクリスマス本番!

 真幌市の駅前には、カップルばっかり! 

 全員ハッピー! 私は除く!


 ……ちくしょう。

 絶対、今日こそ、私も素敵な男を……。


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「しずか~。こっち、こっち」

 久しぶりに会った友人、ほのか。

 手を振って、カップルらを押しのけてやってくる。

 大人びて見える。黒いドレスは胸元がざっくりと開いていて、太ももにスリットがこれでもか、といわんばかり入っている。

 寒くないのだろうか。

 でも、そんなことよりまず、

「ごめんね。忙しくって」と嘘をついておく。

 

 私は今、休暇を取っている。

 身体もだけれど心が疲れた。

 きっと、ほのかも嘘だとわかってる。先月から毎日、ずっと電話してるから。

 最後に出会ったのは四年ぐらい前だった。

 でも相変わらずの笑顔と態度で、ずっと励ましてくれた。


「しずかは大変そうだもんね。でも、今日は全部、忘れようね」


 私はうつむく。

 今日の飲み会に、青野も来る予定だった。


 でも、あいつはもういない。

 

 十月のあの日、青野は殉職した。


 私と辻、駆けつけた警官とともに突入したら、谷川と青野が死んでいた。

 

 私と辻は、悲しみよりも怒りが勝り、殴りかかる勢いで課長や半田、激務課の連中に掛け合った。

 おまえのせいで……。

 何度も電話したのに……。

 でも皆、事態の把握すらできておらず、私たちの怒り、悲しみは各々で抑え込むしかできなかった。

 

 霊安室に運ばれた青野を見た課長は、悔しそうに敬礼していた。いつもより小さく普通の老人に思えて、目をそむけてしまった。

 

 

 青野は、説得には成功していた。無線で一部始終を聞いていた私と辻が証人だ。

 でもそれだけ。録音はしてあるけれど黛を始末する口上にはできない。


 それをあざ笑うかのように、追い打ちが掛かった。


 現在、真幌の激務課職員は私だけだ。


 課長は県警の総務部会計課へ飛ばされた。


 半田は京都府の聞いたことの無い街の『マル暴』へ。


 他の同僚も飛ばされたり、行方不明になったり。

 文句を言うやつから順に、いなくなった。


 辻だけ、きっちり辞表を出した。

 往年のドラマよろしく、とりあえず受け取っておく、なんて齋藤前課長に言われていた。

 それっきり連絡も無いし、姿も見かけなくなった。

 風の噂で八課に拾われたとか……定かではない。


 私は激務課の課長に抜擢された。異例の昇進というやつだ。

 でも仕事は激減。いや、無くなった。

 何もさせてもらえない。

 先月の総編成と昇進以来、開店休業。閑古鳥が鳴くような部署になってしまって、部下なんていないし、私自身いらないみたいだ。

 休暇を取っているのと同じだ、と思った。

 署に行く必要もない。なら引きこもってやるかと、しばらく適当に部屋で、一人で過ごしていた。

 誰も文句を言わない。

 それが空しくなって、情けなくなって、友人知人、片っ端から電話して遊びやデート三昧の日々。


 でも、心のどこかで何が真実で何が嘘か、目の前の人間よりも青野の件を考えていた。

 すべてが偽りに思えてしまう。

 表面上の付き合い、仮初の愛情はすぐに飽きてしまった。


 警察官失格のうえマイナスオーラ全開の私が、青野の葬儀に行けるはずも無く、今日にいたる。


 半田が予定していた飲み会は人事移動や事件で潰れた。でもその代わりとして半田が真幌から去る前に、今日の場をセッティングしてくれた。


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「でも……ほのか、その格好、寒くない?」

「しずか、もうちょっと、戦略を考えなきゃ。薄着なら帰りに、『寒くない? 上着貸そうか』って言わせられるでしょ」

「なるほど。で、言わせてどうするの?」

「しずか……やる気あるの? これだから警察は」

 こいつ。

 ちょっと頭にきた。

「ほのか、今日という日があるのは、絶え間ない激務に耐え、市民を守ってきた私たちに、神様がくれた、些細なご褒美。その辺の」

「サイドEってどーこかなぁ」

 無視してほのかは、軽快に歩きだす。

 そうだった。

 勝負のスイッチが入ると自己中心的になる……そういう女だった。

 

 #

 警視庁時代、歌舞伎町を警邏したけれど、やっぱり真幌市の繁華街は落ち着いている。人通りは同じぐらい多くて、店や音楽や声やら……雑多だが、こちらはまだ、治安が保たれている。


 私たちは視線を感じるもののナンパもキャッチもされず、歩く。

 半田からのメールで、店の住所を何度も確認する。

 

 ネオンの照らす界隈から離れて行く。

 人通りも少なくなる。

 みょうに羽振りの良さそうな奴らが、目立つように……。


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 あった、サイドE。ここだ。

 でも……。

 私とほのかは声を同時に上げた。

「マジ?」

 ほのかは苦笑を浮かべている。

 私は猛烈に財布が心配になった。

 

 落ち着いた灯りの中、悠然と建つ三棟のビル。

 真幌にしては高い、二十階ぐらいのビル。入り口には、この寒空の下に黒のスーツに赤い蝶ネクタイの男がいた。

「いらっしゃいませ」

 深々とお辞儀をして、男は私たちに身分を尋ねた。

 半田の名前を出すと、荷物がどうとか入り口はこっちとか、迅速かつ丁寧に案内された。

 その男が言うにはこの三棟のビル、全てサイドEの店舗らしい。棟にはそれぞれランクがあるとか。

 そしてその最上級、VIPルームが今回の舞台らしい。


「普通、飲み会って、イタリアンでしょ……しずか、いったい誰が来るの?」

 ほのか、何をもって普通の飲み会か、人それぞれです。

 ただここを飲み会や合コンに使うのは、さすがに一般人では……。


 やっぱり警官失格だ……プライベート中、自分の管轄内でこんな場所を発見するとは。


 こうなったら、斉藤前激務課長に頼んで、経費として落としてやる。

 それぐらいやってもらわないと人生めちゃくちゃだ。

 

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 個室に案内された。

 けれど個室でいいのか、ここ?

 広すぎる。宴会場の間違いでは?


 壁には絵画が掛けられ、彫刻や壺など美術品が並んでいる。

 足元の絨毯も、沈むようなほど柔らかい。

 隅には寝転べるほど大きな白いソファがある。さらに案内人によるとトイレやバスルームまで備えてあるとか。

 

 真ん中にテーブルと椅子。

 既に三人が座っていた。

 案内人は「どうぞ、ごゆっくり」とお辞儀して去った。


「す、すいませ~ん。遅れちゃってぇ~」ほのかが、猫なで声をだす。

「僕らも今来たところや。ささっ、座って」

 まばゆいくらいの笑顔で迎えてくれた。

 部屋の空気に飲まれそうだったけど、人の空気は悪くない。

 ホッと胸を撫で下ろす。

 テーブルにつくとワインが運ばれてきた。


「じゃあ自己紹介から始めましょうか。僕は森田雄介です」七三分けの色白、と私は記憶した。


「城田勝です。まさやんって呼んでな。今日は僕の奢りやさかい、そこらへんを考えてもろて」オールバックの関西人と記憶する。


「私は阿久津カオリです。先輩の代理ですが、よろしくお願いします」腰の低い女官僚と記憶した。

 

 私とほのかも手短に自己紹介すると、七三分けの色白が乾杯の音頭をとった。


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 会話ははずんだ。ほのかはオールバックの関西人に、全員が警察官だと聞いて一線をおいていたが、酒が入るにつれてだんだん踏み込んでいく。

 

 毎度毎度、ほのかは美人だから男はよいしょする。

 そしてついでのように、私にも愛想笑いをし、酒や会話のネタに。


 警察も変わって、私みたいな女も増えたと。

 婦警なんて差別用語、でも女刑事なんてのもダサいと。

 そもそも刑事なんて役職は無いから、公務員と同じと。

 こっちも納税者で、頑張って、体張っているからと。

 クリスマスにハメ外すぐらいいいじゃん。で、ほのかさん……という会話になる。


 つまり私は引き立て役。

 阿久津さんもまた然り。


 料理は美味しかった。ただ、私はフレンチに詳しくない。

 運ばれてくる度に、阿久津さんから説明を受ける。創作フレンチだから礼儀作法も適当にこなして……終了。


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「この後、どうしましょう?」


 一時間後、店を出て一番に声を掛けられた。阿久津さんだった。

「え、カラオケに行くんじゃないんですか?」

「あいつら、ほのかさんしか眼中に無いですよ。それに私、結婚しているので……よかったら二人で話しませんか?」

「はあ」と、返事と溜め息の混じった声をだす。


 やっぱり、駄目だった……ほのかを誘ったのもそうだし、相手が警視庁の職員だもんなぁ。嫌われる噂の一つや二つ、知ってて当然。


「村井さんにとって、有意義な話ですけど。車の中で話ませんか?」

「ええ。どうせ暇ですから」


 すると阿久津さんは携帯電話を取り出して私に、駅で少し待っててください、と街に消えた。


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 ほのかと男二人はカラオケに行った。

 私は気分が優れないと、適当に嘘をついて断り、駅へ向かう。

 誰も介抱の言葉も掛けてくれなかった。

 一縷の望みは、完全に途絶えた。


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 駅の駐車場で今日の反省点を考えていると、黒塗りのプレジデントが私の前で停車した。


 後部座席で阿久津さんが手招きしている。私は周りの視線を気にしながら車内に入った。

「安全運転でお願いします」阿久津さんが言うと運転手は返事もせず、車を動かした。

「あの、どこへ?」

「村井しずか警部。事件隠蔽って面白いですか?」


 心臓が一回、大きな音をたてた。

 警部……懐かしい呼び名だ。

 隠蔽って今の部署のことだろうけど、楽しいかどうかなんて、そりゃあもう……。

「辛いだけです」

「ですよね。私もそうですから」

「もう、本当に疲れました」

 私は懐を探って、煙草を取り出した。

「車内は禁煙。何もあなたを検挙するなんて言ってません……今回の件は八課が片を付けます」

「黛を消すんですか?」

 すると阿久津さんは小さな声で笑った。

「本体を潰す、という意味です」

 

 こめかみに左手を当てて、阿久津さんは瞼を閉じる。

「偉そうな物言いですが……よく考えてください。事件隠蔽なんてして、得をするのは誰だと思いますか? 特務一課以外で」

「依頼した方……警察。黛本部長」

「もっと大局的に」

 私は腕を組んで考えた。

 なんだか家庭教師と教え子みたいだ。

「私の初陣が神田悠人警視正の件でした。それを踏まえてください」

 

 神田……ああ、カニバリズム事件の夜、私が処理したあれか。

 あの件は誘拐事件だったはず。

 神田勇気くんと柴胡ちゃん誘拐事件。

 昼間は報道規制を掛けて、戒名を書く書かないでもめて……でもいつも通り、本部の刑事が捜査して、所轄はサポート。激務課は身内を洗ってた。

 その事件が終わるや私と辻、そして青野と半田だけで黛のくそったれに……。

 

 えっと、あの犯人は女で、名前は……。

 タブセ……下の名前は、完全に忘れてしまった。

 ただそいつは実行犯で、主犯を吐かせるために本部が連行して、本住所が違うとかの理由で他県に送った……もうそれ以上は覚えてない。

 

 その後の経緯なんて知る由も無い。被害者が表立って訴え無い限り……。

 

 あれ? 

 あの件、恥でも何でもないじゃんか。

 警官が犯人に発砲、なんて誘拐された子が暴行を受けた現場なら、適切な処置だ。犯人も確保できたから、万々歳だったはず。

 なのに何故、激務課に隠蔽の依頼が来た?

 もみ消す理由なんて無い。

 あるとすれば、当時の私のミス? 今の私の記憶違いか?

 もしくは、タブセが関係者だった……。


 ちょっと待て。落ち着け、私。

 昔の事件をどうこうなんて、それは捜査一課、激務課の分野では無い。

 それこそ公安内務省がやることだ。


 パズルが解けた時の虚脱感、失望、絶望、疎外感……全ての負の感覚とほんの少しの快感……そんなものに溺れて暴走するな、私。

 

 全身に鳥肌がたつ。

 考えたくはない。

 でも、考えれば青野の無念が晴らせるような……。


「ここの八課は、かなり前から黛に目をつけていました。双頭との癒着やら何やら、叩けば叩くほど埃がでるから。でも、あと一歩というところで頓挫してしまった。重要参考人が消されたから……憶えてますか? 私が病院送りにした変態、ティンカーベルを」


 ええ、少しですが、思いだしましたとも。

 口に出すのもおぞましい、あの辛い日々を。

 阿久津さんでしたか、あの夜の暴走発砲警官は。

 てっきり真幌の新人だと……いや、当時は真幌市勤務の新人だったのかも。

 ややこしい。

 あんたは私の後輩で、私を踏み台にした。

 その功績で上の目に留まり、現在八課の研修生か捜査官。

 なら身分や経歴も秘匿、または改ざん済みで、嘘か真か本人しか知らないことが沢山あるんでしょうね。

 

 あっぱれ内務省。

 よっ、日本一の裏方。


 ……と、いろいろ愚痴ったり、ツッコミたいけど私は黙って首を縦に振る。

 

 ここからはタメ口だ。あえて、あんたを八課の阿久津カオリだとしてやる。

 そんな思いを込めて、もう一回、頷く。


「彼女は取り調べの時に〝ピーターパン〟という単語を連呼していた。主犯がいた……ですね? 鎌田さん」

「ああ。間違い無い。確認した」 


 はあ?


 運転手を見る。

 無表情なのっぺりとした顔。鎌田浩捜査一課長だった。

 なんだか、ここまでされるともう、私たちがやってきた事が、子供の遊びに思えてくる。


 阿久津はウインドウを開けた。

 冷たい風が車内に入ってくる。

 二階級特進させるより、青野に、ここの冬と警察の恥部を体験させてやりたかった。


「ピーターパンは権力者ってこと? どこの陰謀論よ、それ」風に乱された髪をかきあげ、私は聞いた。

 阿久津は外を見ている。

「タレこみがありましたので、ある官僚を問い詰めると吐きました。そいつが言うには、真幌市警のある警官を通し双頭へ繋がり、薬物を購入した。先の谷川と青野元警部補殺害は、その逆です。双頭から警官へ、そして官僚が事件を封殺。様々なルートを経て、黛にも繋がっているようです」

 ふぅ、と阿久津は溜め息をつく。


「でも裁けない。材料が少ない……ここまでが、昨日まで、私の案件でした」

「どういう意味よ?」

 私を瞳に入れて、阿久津はさらに言った。

「昨日、中央署に少女が殺人の自首をしました。ここの八課が、その子を聴取し情報を得ましたが有象無象、汚職が続出。忙しいよりも、怖いぐらいです」

「はあ? 子供の、殺人犯の話を鵜呑みにして身内を洗ってるの? あんたら頭、大丈夫?」

 

 阿久津は「はい」と言い切りやがった。

 

 馬鹿らしい。公安はいつもこれだ。

 犯罪の匂いがあれば、どこでもすぐに首をつっこみ場を荒らす。捜査一課に余裕が無いことを承知で独自の捜査をして、証拠品を盗むなんて序の口、一般市民を勝手に聴取、ストーキング等々するくせ、情報を挙げない。

 

 あらゆる事件に何か陰謀があるのではと疑い、身分不詳の捜査員を送り込んだり……で、今回は自供した少女の話を肥大化させて強引に内部捜査ですか?

 

 だったらもう、

「あっそ。頑張ってね」

 この一言に尽きる。


 あーあ。世界一、無駄な時間だった。

 まるでゲームでレベル上げして、セーブしようとした瞬間にバグった感じ。

 煙草、吸おう。

 ニコチンが切れたせいもあって、この女にムカついてきた。


「その子は、特免法施行者なんです」


 阿久津の声で、煙草の箱を持つ私の手が、止まった。

 それって……だったら話が変わる。


「ガセじゃないよね?」

 阿久津は頷く。

「なら飲み会なんてしてる場合?」

「私もそう言いましたが、さっきの飲み会の男に、それを阻まれました。先輩の都合が悪くなったから一席付き合え、反故するとこっちが叱られる、面通しはその後でと。止む無く……」


 あの野郎ども。

 嘗めやがって。


「で、その子が青野を殺したの?」

 阿久津は首を横に振った。

 くそ。

 犯人だったならまだ楽なのに。

 阿久津も苦虫をすりつぶした顔をしている。そして、

「書類上では再犯になりますから、与野党の法改正派は黙ってないでしょうね」

「法改正って。VIPでも殺したの?」

「いいえ。不特定多数の殺人指揮です」

「あのね、そんな言い回しをしないでくれる?」

「本当にそうなんです。把握できているだけで、ざっと十人は死んでいます」

 

 ざっとで十。そして法改正か。

 そりゃ大変だ、実際に起こってるなら。

 

 阿久津よ、嘗めんな。

 そんな大事件があったなら、必ず私に連絡があるし、あの二人だってほのかを相手する暇なんてありません。

 ただでさえ猫の手も借りたい警察。私が問題児だからって、雑用ぐらいさせるでしょうよ。

 その子について私に連絡が無いってことは、汚職警官を告発しようとしたけれど、黛に殺人の濡れ衣を着せられ、闇へ……ってことだろう。

 八課は棚ボタみたく汚職警官を粛清してるみたいだけど、そんなもの功績にはならない。むしろ犯罪者の力がなければ云々とプライドが潰れる。

 あんたが召喚された理由はその子の保護と、ここの八課への厳重注意。

 それぐらいわかるよ。疑うよ。以前、架空の事件捜査を経験してるから。


 黛もだけど、阿久津よ、あんた、ムカつく。

 先輩である私に向かって、試すかのような問答をしやがって。

 それがただの自己満足、挑発、妄想の類だったら殴る。グーで前歯を折る。


「大通り公園で銃でも乱射したのかな」

 私がつっけんどんに言うと、阿久津は首を横に振る。

「違います。現実の事件なんです」

 ええ、わかってますよ。さすがにそれは無いでしょうよ。

 これは警視庁勤務なら最初に受ける洗礼、新人いびりのそれです。

 チープで冗談じみた私の発言をいなしたり、適当に返答しようものなら、マジで殴って、さようなら。それだけムカついてる、興味も無いって意思表示。


「村井警部なら真幌の事情に、お詳しいでしょう。死者は全員、双頭の組員です」

「東区の女子高からロータリーへ向かう中間、あいつらの地下集会場があるわね。祝日には必ず集まって飲み食いしてる。そこに殴りこみかけた? セーラー服着て、機関銃でもぶっ放した?」

 阿久津は全く動じず、私を見つめて、頷く。

 そして「正確には」と聞いてもいないのに続ける。

「双頭の組員に殺し合いをさせたと自供してます」

「殺人幇助は立証が難しいし、便乗しやすいわね。生きてる組員がいたらす」

 

 生きてる組員がいたら、すぐわかる……と言いかけた口が開いたまま、止まってしまった。


 阿久津は眉間をほぐしながら言う。

「その子の前科は、二天一殺人事件の実行犯となっています。ここまで言えば、事態を察して頂けますか?」

「その子、心中するつもりね……」

 

 もし生きている組員がいて、その子の犯行ならば。

 世紀の大犯罪。重刑は必至。でもその前に黛が保身のために……。

 

 もし生きている組員がいなかったり、組員がその子の犯行を否定したなら。

 罪を立証できないため拘束する権利は無い。でも警察の恥部を暴露しているからやっぱり黛が……。


 事件が本当でも嘘でも、自首して警察に来た時点で、その子は今後、正当な扱いをされない。他の都道府県ならまだ良かった。でもここの本部長は犯罪者だ。


 特免法……一見、加害者を救済させるなんて無茶苦茶だけど、本質は更生の余地があるならば、という人情の結晶。なのにそれを武器にして警察と政治家に喧嘩を売ってきやがった。

 

 阿久津ら八課は黛を消したい。でもこのタイミングでそんなことすれば、刑事部と完全に敵対する。組織内の醜い争いがもっと酷くなる。


 ほおっておくと黛の悪事はリークして裁かれるだろう。引き換えに警察上層部の首が飛び、大幅な人事移動、予算削減などで威厳は総崩れ。

 必ず阻止するため黛が動く……持てる人脈を最大限に使って。それを八課が汚職だ何だと言っても自身の首を絞めることになる。誰がどう責任を取るか、足の引っ張り合いが始まる。

 

 青野の事件から浮かんだ、黛の人脈は恐ろしく深い。政治家にも繋がっていたら、今回の件をどう扱うかで他の都道府県の本部長と敵対することになる。

 特免法反対派の政治家連中も拾い上げる。

 反対派と改革派がその問題を使って、対立が悪化。

 その責任はすぐに下りてきて、形を変えまた上がる……終わりのない内部争い。

 

 私が想像できるのはそれぐらい。でも実際はもっと酷くて過激になるはず。

 二天一殺人事件も、それほど混乱した。埼玉県警の公安課長が殺されたように……また同じことをやるのか、その子は。


「村井警部、いえ課長。まことに、申し訳ありません。無礼な口をきいたうえ、八課の不手際、恥を晒してしまいました。どうか事態の収束にご尽力ください」


 阿久津よ……いいよ、そんな、頭を下げられても困るよ。

 あんたが悪くないのはわかったし、仕方ないよ。

 警官はどんな非常事態や異常事態でも、必ず後手になる。

 管轄も部署も職場も立場も違うから、オブラートに包むように言うのもわかる。

 むしろキャリア組なら、はっきりきっぱり言う奴ほど上司から信用を失う。私だってぺらぺら喋る奴より、寡黙な奴、言葉を選ぶ奴、言葉の裏を読める奴に相談する。


 事態の収束……自首した人間をどうするか、なんて立件、送検するしか無い。本件をそうすれば、後に何が起こるか。

 

 二天一殺人事件と同じか、それ以上の事か。 


 十年ほど前、学生だった私が一般報道で知った、二天一殺人事件。

 実行犯は二人。未成年の少年と少女だったと報道された.

 

 その後、警察学校や警視庁の仲間と何度も話をした。

 犯人は神田勇気と、タブセ・レイコ。

 どちらも十歳に満たない児童で、親の七光りもあって封殺されたと知った。


 でもそれすら誤情報だと、真幌に来てからやっと全てを聞いた。

 そして特免法のきっかけになった……改ざんした理由、事件の真相について前埼玉県警の激務課だった山形と数回、意見交換してたっけ。

 

 山形とその子を面通しさせるのが確実で手っ取り早い。

 けれど去年の八月、山形誠は殺害された。

 そっちの犯人もまだ捕まっていない。 

 


 

 


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