Side〝D〟-2 推理サークル
さて皆さん。
ロナウド・ノックス。
ヴァン・ダイン。
この両名をご存じなら、この迷宮がミステリのそれではないとおわかりのはず。
知らない方に両名の定めたミステリの定義を、一部抜粋しましょう。
ノックスは、中国人を登場させてはならない。ヴァンダインは、死体を出さなければならない、軽犯罪はだめ、と定めています。
新たなSideを見物しました。中国人は出ていませんが、死体はありません。
なのでこの迷宮はミステリのそれとは違うのでしょう。
あくまでわたしの見解ですが。
ではSide〝D〟にまいりましょう
#
丈治、有巣、サイコら三名はファミレスにいます。
他の客ももちろん。日曜の夜ですし、混みあう時間です。
ただ、丈治らは他の客と少し違う理由で来ています。
『人の多いところで話そう。そっちのほうが安全だから』
深い理由を語らず、サイコは二人をファミレスに連れ出しました。
#
三人はドリンクバーだけ注文しました。
そして始まったのは――“五時ババ”のおさらいでした。
学校の南校舎一階に、大きな鏡がある。
その鏡は階段のそば、壁一面に飾ってあり大人でもくっきり映るほど、大きい。
午後七時。その鏡を一人でのぞいていると、自分の後ろ、廊下の奥から小さなお婆さんが歩いてくる。
そのまま立ちつくし、お婆さんに肩を叩かれると、自分の寿命と死に方を教えてくれる。
#
「これは有巣から聞いたって」
つまらなそうに丈治がジュースを飲みながら言うと、サイコは注意します。
「正確には違うはずだ。埋もれた記憶を海馬から引きずり出せ」
その物言いに、むっとして丈治は頭で反芻しました。
――学校の北校舎一階に、大きな鏡が。あれ? サイコの話では南校舎?
「ほら、さっそくつまずいた」
察したようにサイコは、大きな黒いバッグから学校の見取り図を、テーブルに広げます。
北と南の校舎、一階部分だけを拡大コピーしたものですね。
鏡の位置は北校舎の奥だと有巣が指摘すると、サイコは首を横にふる。
「昔は南校舎にあったのさ。この北校舎に大鏡が移動したのは九年前、奇しくも事件の翌年だ。ゆえに、それ以前の状況を指すボクの話がオリジナルといえる」
「根拠は?」と丈治の問いにサイコは即答します。
「図書室で卒業アルバムと学校新聞を片っ端から読んだ。あの大鏡は昭和時代の卒業制作だった。大鏡を設置したのは南校舎。移動させた時期と有巣の話が広まったのは、事件の翌年だった。それも確認できた」
有巣は何度もうなずき、納得しますが、丈治は腕を組んで、二人とずれた思考をしています。
――怪談話になるのだろうか。このままなら、ただの推理サークルだろ。
「ここで事件の容疑者候補を挙げよう」
「タイムアウト」
ここで丈治が口を挟みました。
いきなり容疑者の説明をするな、まず事件の詳細説明がセオリーで、しかも推理ごっこをするつもりはないと。
こめこみを押さえサイコは呆れた様子。
「一言一句、聞き漏らさず脳をフルに使えば、そんなこと、もう必要なかろうに」
丈治は拳をふりかざしたのですが、そっと有巣が押さえて、解説します。
「伝言ゲーム。サイコは言ったじゃん、私の話と、サイコの話。違う箇所は二つ。鏡の場所と時間がおかしい。で、事件を知らせない教師、学校もあやしいでしょ? 隠蔽したくなるほどの大事件だったってこと。現場写真と解剖記録、それらを一見しただけでも、重要性がわかるじゃん」
「まあ……たしかに、司法解剖は死因が不明なときにするな」
丈治は拳を下ろし、じつに単純な見落としに気づきます。
そして本来の趣旨である、旅行での話のネタになることも。
――これは学校による事件の隠蔽だ。さらに報道規制がかかるほどの陰謀と権力が感じられる。興味本意で突くとヘビが襲ってくるかもしれない。身近で起こった事件をベースにした都市伝説というオチ。そして犯人がそれにかかわっているという不気味さ。面白い。いける――
丈治は手で、サイコに話を続けるようにうながします。
「警察による容疑者候補は十人。だが、ボクは三人まで絞った」
バッグから書類を取り出し、テーブルに並べていくサイコ。
そして資料の人物を、サイコはストローで指していきます。
「こいつかこいつか、こいつ。この三人の誰かだろうね」
「どうして、この三人なの?」と有巣の質問。
「この三人以外は教員を辞めた、また当時の学生は学校を退学している。とっくにこの街をはなれて人生を謳歌しているよ。噂を流す理由はあっても痕跡がないし、手段もない」
「ネットのサイトに投稿したとかは?」丈治の問いに、サイコは首を横にふる。
「あえて手段は教えないが、どれだけ調べても、そういった情報サイトを建ち上げたり、投稿した形跡はない。断言できる。残りの七人はシロだ」
自信たっぷりなサイコの答えに、丈治はつっこみます。
「何でシロなんだ? 逃亡という線もあるだろ」
「ボクが犯人なら、そうするけれどね」
サイコはストローを口に咥えて上下に振ります。
「逃亡はない。なぜなら〝五時ババ〟への改ざんに携わった形跡があるからだ」
「改ざん?」丈治と有巣は声を揃えて反復していました。
「有巣の歪曲した話と、ボクのオリジナルの話。一部分を除いてその他はいっしょ、なら意図的に歪めたとしか思えない」
「有巣の話では五時、サイコは七時……」
丈治は呟くものの、理解できない。問いただしたいが、また馬鹿にされるのが見えているのです。
「でも、伝言ゲームなら、それもアリじゃんか」と有巣が代弁します。「たくさんの人を通していくんだもん。何が変わってもおかしくないじゃん。それに逃亡するのが、どうしておかしいの?」
「誰だってそう思うだろうね」
サイコは立ち上がり、背伸びしました。
「まず、逃亡に絞って答えよう。衝動的な殺人で常識的な犯人なら、それもある。だがこれはもっと怪奇で、イカレた犯人だ」
そう言って周囲を見渡しました。丈治と有巣もその視線を追い、彼女の見ているものを追う。
しかし……目に映るのはありふれた光景ばかり。
ごく普通のファミレスですね。語るべきことは……サイコの視線がトイレの方を見つめているぐらい。
丈治はため息をついてしまいました。
――なんだよ、これからってときに。
「ちょうどいい。開いた」
そう言ってサイコはトイレを指さします。
「ほら、OL二人と男の子が出て来た」
「いちいち言うな、指さすな、
悪態をつき、丈治は顔を背けて資料について考えます。
「よし。じゃあこれを見てごらん」
サイコはバッグから数枚の写真を取り出します。
丈治と有巣はその写真を見る……二人は口を手で塞いで、こみ上げるものを止めようとしました。
その写真はすべて遺体のものでした。かろうじて、床に伏せる若い女性だとわかるぐらいの奇妙で奇怪な。
両腕、両足がありえない方向へ曲がり、指はありません。
背中はめった刺し。背骨が見えています。
腹は縦にざっくりと切り開かれて、臓器がありません。
えぐりとられた眼球、切りとられた舌が遺体のそばに置かれています。現場は血の海。
その血の中に、引き出された内臓が。
もうどれがどの臓器か、すべてそこにあるのかさえわからない。全て細かく切り刻まれています。
なかには押しつぶし肉団子のようにされ、指が出ているものも。
丈治と有巣の五感は急激に拒否反応をおこしました。
写真から感じ取ったものを、現実に投影してしまい、ファミレスまでが鉄臭く、暗転していくよう。
しかしサイコは何ともなしに言います。
「生体反応があったようだ。つまり生きたまま解体されたということ。でも出血の量が多すぎるのでDNA鑑定された。そこから浮かび上がった経緯が……これ」
新たに資料が追加されて、丈治はそれを見ます。
すぐに耐え切れず、トイレへ駆けていきました。有巣も。
丈治は大便用のトイレに入るや、便器に胃液を吐き出しました。
さらに指を喉の奥に押し込み、何度も吐く。
――ふざけんな! そんなことするやつがこの街にいるってか!
脳裏にサイコの提示した資料の内容がよぎります。
――死なないように輸血。ときどき心臓マッサージ。まず頭部を切開し、脳に直接プラグを挿し、電流を流しながら強姦。すべての臓器を、手で引きずりだして――
#
「正常なリアクションだ。健全な人間でよかった」
トイレから出て席に座る丈治。
とっくにサイコは資料をバッグに戻していました。かわりにファミレスのメニューを眺めています。
「ここで食欲がわくような男に、有巣は任せられない」
そう言って、ブザーを押します。
すぐ女性店員がやってきてオーダーを尋ねますが、丈治は放心状態。
サイコが店員にメニューを指さして尋ねました。
「この〝日替わりセット〟の内容は何かな」
「本日はお肉です。豚、牛、鳥の」
「いらない。チョコパフェを三つ」
サイコはそう言って、店員を下がらせます。
入れ替わりに有巣が帰って来きますが……。
「後悔した? もう止める?」
蒼ざめた有巣は無言で親指を立てるのみ。
サイコは彼女の手に己の手を置き握りました。
丈治は目を覆っています。
溜め息をついて、サイコはチョコレートパフェが来るまで休憩をしました。
「脳をフルに使えと言っただろう? 事件を隠蔽する警察や学校側の気持ち、そこまで考慮しなかったのは軽率だね。パフェを食べたら帰るよ」
丈治も有巣も返事せず、あの写真と資料を記憶から抹消しようと懸命です。
ふと丈治の頭に閃きが走りました。
――犯人が捕まっていない? 犯人は〝五時ババ〟の改ざんに携わった?
なら、もしかして、サイコはともかく有巣がやばくないか?
「サイコ! 容疑者リストよこせ!」
叫びに近い丈治の声に、サイコはふっ、と笑って、資料をわたします。
丈治はひったくって、その容疑者候補を凝視しました。
徐々に顔色が悪くなる。
サイコは言いました。
「やっと気づいたか」
#
さて、丈治が思いついたことに皆さんも気づかれたことでしょう。
サイコという子は、なかなかのストーリーテラーですね。
しかしミステリマニアからすれば、不条理、アンフェアです。
では、また。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます