Side〝R〟ー4 Who do U think is Incident?

 

 

「真幌女子高殺人事件……本当に酷い事件でした。起こっていれば、ですが」

 この少女の言葉に、津木は微笑を浮かべていう。

「何か言いたげだな」

「精神鑑定にしては凝りすぎているし、ほとんど意味不明で都市伝説みたいですから。論文にも書きましたが、おかしくなりそう……そして、それが狙いだった」

「今日で三人目だが、そう返したのはおまえだけだ。他のは適当に切り上げ、法の説明と、手続きをしただけだった」

「きっと物語性が無いからでしょう。ひいらぎ理子りこの件と比較すればきっと誰でもわかりますが、現実の事件は物語ほど都合が良かったり、悪かったり。センスもルールも関係無い。事実は小説より奇なり」

 そこで、大きく咳払いしてから津木はつらつらと喋った。


「実際の殺人事件……現場は真幌市のホテル。バスルームで遺体となっていたひいらぎ理子りこを発見したのは恋人、マイケル・ジェファーソン。

 凶器のナイフはマイケルの友人の所持品。そのナイフには指紋が拭きとられており、現場の遺留品からガイシャの財布のみ無くなっていた。

 だが殺害時刻、マイケルはドラッグの過剰摂取によるオーバードーズ。服用した量から五時間は昏睡状態だった。マイケルが意識を取り戻すと、バスルームで腹部から血を流しているガイシャを見つけフロントに連絡、そのまま逮捕。

 ただし、複数の人間が現場への出入りを確認されており、彼らは事件時、マイケルが昏睡していたと証言した。

 薬物所持と使用で起訴されたが、殺人の件は証拠不十分とされ不起訴。指紋の無いナイフ、財布の行方、本ボシなど一切不明。裁判では執行猶予が付き、保釈。

 その三週間後、マイケルは薬物中毒により死亡。マイケルの薬物入手経路、柊理子殺害事件、どちらも捜査は難航。現在も捜査中」


 言葉を切って、ちっ、ちっと津木は舌打ちをし始めた。


「与えられた資料から、私の見解は」と少女は喋った。

「柊理子はマイケルとの間に子供ができたのに、結婚は断られた。そのため精神を病んでおり、退職して育児に専念していました。でもそちらも苦痛になった。逃れる為にヘロインに溺れ……マイケルにすがった。そこから私は彼女の自殺だと考えたんです。

 十二月三十日、ホテルにて、マイケルと共に高純度のヘロインを服用。マイケルが昏倒するなか、彼女は苦痛と幻覚に耐えられずさらにドラッグを求め、売人をホテルに呼んだ。でも、その売人が訪問する前に錯乱し、自身の腹を刺してしまった。

 ナイフは指紋を拭きとったのではなく、呼び出された売人が指紋の無いナイフとすり替え、代金替わりに財布を盗んだ。

 その売人は前日まで、柊理子とマイケルが出会ったとされるマフィア、双頭の組員とはちがう。保釈中のマイケルに薬物依存の治療をさせつつ、禁断症状の激しさに耐えかねて、ヘロインを大量注射し、錯乱要因、死亡原因をつくった彼の実母……つまり柊理子は自殺。マイケルの死も母の狂言だったという、無茶な仮説です」

「本文はもっと鬼気迫るものがあった。ナイフの型番や入手経路、ガイシャと母親のヘロイン履歴、購買手段、ホテルと自宅の移動手段から法廷やマスコミに対する発言の矛盾を鋭く射抜いていた……おまえが当事者だと思えるほどにな。だが、検察官に見せると法廷では通用せんとばっさりだった」

「そうでしょうね。きっと古今東西、部外者に理解なんてできません。それこそ憶測……でも津木さん、私たちは精神鑑定のテストとして取り組んだだけです。そんなおかしな私たちと話をするために来たんですか。公安八課って内務省のことでしょうけど、暇そうですね。人数合わせに警備課の方を連れて」

「何故、部署までわかるのだ?」

「津木さんや公安の方は口が達者でも、足運びは静かです。けれど要人警護する方や機動隊の方は、足音や歩幅が大きい。特に警備課は年中、スーツに革靴……私の後ろの方のように、水虫に悩ませられる」


 くくっ、と津木が笑う。

 そして少女の背後から、ずるっと足を擦る音がした。


「彼の水虫は重度だから私を監視、記録するため後方に配置。他の方は津木さんの護衛と私の確保を、一度に行える距離なのに半歩ほど遠い……室内で対象を中心に、壁に向いて弧を描くのは最もな包囲ですが、彼のために念を入れて私は拘束された……だから最初に、すごい警備だと驚いたんです」

 少女の背後からため息が漏れる。

「そもそも」と少女は息を吐き、呟く。

「去年の六月五日の心理学者との面談に同席していたし、七月二十日と十一月四日の運動時間、先月にも見かけました。でも私がどういう性格で、どういう犯罪者かわかっていない……ねえ、後ろの方、刑事課でも公安でも無い、要人警護から外された休職中の方」

 少女の問に、返事は無かったが、少女は続ける。

「ここはおかしな人間を収容する施設ですが、とても平和なんです。毎回毎回、物騒な物を持ち込まないでください。装備もですが、いつも射撃訓練後に来られると、染みついた火薬と鉄の匂いで怖くなります。普段から身成や態度を万全にしてください。埼玉の春は鹿児島市内と違って、気温が低いからと厚着するとフケが出るし水虫も悪化します。花粉が少ないとか油断していると、鼻炎が再発しますよ」

 

 その息を吐いた男が津木に向かって「こいつ、ほんとうに中学生ですか」と尋ねる。

 くくっ、と津木は笑い続ける。


「津木さんの相手には私より適役がいます。私と同じような経歴で、名前がいくつかあって、本名すらわかりませんが……そいつの方が良心もあり、確実に操れます。やっぱり私なんかを外に出す理由は無いでしょう」

 少女が尋ねると津木は笑いを止めて、答える。

「やつとの話は済んだ。おまえと同じ法が施行され、釈放した。だが基本的にやつは混乱を楽しむ馬鹿だ。やがて見境なく行動するだろう。おまえはほぼ、こっち側に仕上がっとると見た……おまえならもう、みなまで言わずともわかるな」

「スカウティング。真幌女子高殺人事件という架空の事件は、ただのテスト。出題者の意図を察した私は、合格した。だから本題の、実際の事件……柊理子の件とそのバックにいるマフィア撲滅に協力しろ、と?」

「私は犯罪者に対し、言葉を選ばん……おまえは例外中の例外、その中で最もタチが悪い。その狂った頭を柊理子の事件解決、双頭の壊滅、他の特免法施行者粛清に使うなら、方々に掛け合って永久にここに閉じ込めてやる。嫌なら今日から一人、外で勝手に暮らせ。様々な監視と嫌がらせをして追い詰めてやる。自ら首を吊るまで、延々に……ということだ」

 

 津木の声に少女は、しばらく待ってください、と返答する。

 

 手錠を取ってくれと少女は頼んだが、誰も返事をしなかった。


 #

 やがて少女は小さな声でいう。

「私の名前ですが、交代人格のいくつかはまだ、公表されていませんよね」

 津木が無言で頷くと、少女は「では」と続ける。

「神田とかいう馬鹿と、私と似た多重人格のあいつ……それにあと二人、ほしいかな。未成年の異常者を四人ぐらい使えば……でもちょっと、やりすぎかも。色々あれだし、双頭が……」

「が?」と津木は語尾を真似する。

 少女は瞼を閉じていう。

「津木さんにとって不都合な事を、まとめて排除できる計画があって。でも、もれなく関係者は不幸になります。しかも得をするのは警察のごくごく一部のみで……」

「で?」と再び津木が真似すると、少女は瞼を開けて、首を左に傾けて、いう。


「きっと津木さんも殺されます。それでも構いませんか? それでもここにいて良いですか?」


「内容次第だ。私は肺をやられとる。残された時間など」と津木はいうや、咳払いをして問う。

「で、もう筋ができたのか」

「はい。すごく単純なものです。どんな物好きも途中で投げ出すほど……時間を頂ければもっと壮大で完璧なものができますが、チープなほど裏工作には良いでしょうから」

「よくわからん理屈だが、まず聞かせろ。あの二人にやらせた、二天一殺人事件のようにお題目があれば、わかりやすくて助かる」


「そうですね……タイトルですか」と少女は宙を見ていう。


「不完全迷宮第二十五番。ミスター・フーという古いアーティストの曲から引用したものですが、どうでしょう」

 すると津木は己の周囲に目をやって、少女にいう。

「もっと実際の事件らしくできんか。現役のやつもおる」

「なら、真帆女子高校教師殺人事件では?」

 その返答を聞き津木は腕を組んで、続けろ、と少女にいった。


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