Side〝R〟-3 Firstcontact

 


 少女が特別な施設に収容されて二年。

 

 少女は十四歳になった。

 

 施設で春を迎えた。

 いつものケアの時間、この二年間ですっかり痩せた女性監視員に、治療室へ連行されるのだが、今日はロープでなく後ろに手を組まされ、手錠もされた。


 窓から差し込む朝日によって壁が輝くほど眩しいカウンセリングルーム。

 いつものカウンセラーと、恰幅のよい成人男性四人が並んでいた。

 

 そして無精ひげを生やした初老の男が安楽椅子に座っていた。

 彼は、ちっ、ちっ、と舌打ちをしていた。

 少女と初老の男は見合って、男から話を切り出した。

「座れ」

「お久しぶり……で、よろしいのでしょうか」

 少女の挨拶に、ふん、と男は鼻息を出して「お前は誰だ」と問うた。

「私はセラピストが作り上げた人格らしくて。投薬とディスカッションでの模擬人格」と少女はプレハブ椅子に腰かけた。

 すぐ隣に女性監視員が立つ。

 男性が二人、少女の後ろに向かう。残りの二人とカウンセラーは、初老の男性の左と後方に立った。

「すごい警戒ですね。私がそんなに怖いですか。昔とは違う人格なのに」

 笑いながら少女は問う。


 すると、初老の男が机を激しく叩きつけた。

 彼の目は少女を睨みつけ、息が、喉に開いた小さな穴から出て、ひゅー、ひゅーという音がした。


 少女はプレハブ椅子の背もたれに体重をかけて、ぎしっと鳴らす。手錠の鎖も少しだけ音を立てた。

津木つぎさん、でしたよね。私はこのまま過ごします。私と――は違うけれど、そんなこと理解されないし」

 朝日の方へ目をやり、少女は瞼を閉じた。

 

 ちっ、ちっ、と舌打ちが始まる。


「まだ十四歳だぞ。あと五十年以上ここで過ごすのか」と擦れた声がして少女は瞼を上げた。

 ええ、と頷く少女。

 初老の男、津木つぎさとるは背中と椅子の間から茶封筒を取り、テーブルに置いた。

「残念だが、誰が認めたかもわからん人権というやつが、隔離を許さんのだと」

「困りましたね」

 少女の前に出された茶封筒には〝法務省〟という赤い判が押されていた。

 津木は茶封筒の紐をほどき、中にある紙を机に並べて解説した。


「おまえはこれから定時制の学校に編入する。住居は児童養護施設。同じ過ちをせぬように」

「ここがいい」と少女は口をとがらせてそっぽを向く。

「最後まで聞け。成人するまで二十四時間、おまえを張る。少年課や生活安全課ではなく、私たち公安八課がおまえの全てを記録していく」

 少女はカウンセリングルームを見渡す。いつもの女性監視員、向かいに座る津木とカウンセラー。初対面の二人の男。

 死角に立っている男たちは見えなかった。

 とんとん、と津木が机を指で叩く。少女は顔を机に戻す。紙がめくられて新しい項目が出てきた。


〝特別免罪処置法に関して〟と書かれていた。


「未成年、心神薄弱の犯罪者および、その予備軍に社会的ポストを与え、国や市民に貢献させ、更生させる。こんな日弁連の主張が……」

 津木は、大きな息を吐いた。

 少女は、首を傾けて尋ねる。

「よく可決しましたね。私なら却下しますが」

「ああ、無茶苦茶だ。先の見えなくなった政治屋せいじやの考えはわからん」

「支持率が右肩上がりのときや、スタート時、先代の尻拭いが交代後の権力者の義務。そいつも何か別の事をやらかしたり、しなかったり。権力者の悩みは多重人格者と似てますね」

 ふん、と津木は息を吐き「セラピストによると」と話を続ける。

「おまえは未解決事件を暴くのが趣味らしいな。無理やり、ひとつの論文を読ませられた」

「どれのことか、よくわかんない。他のやつのは知らない」

「真幌女子高校殺人事件について」

「あ、私のです。思い返すと酷いものでした」

 

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