第3話弟子入り志願

 何してるんだろ、私。

真っ暗な窓の外を見ながら、私はフッ…と苦笑いをした。

 あの謎の男とあってからすでに一週間が過ぎようとしている。この一週間は色々なことが、ホントに色々な事があった。

 まず、一つ目。

 会社を辞めた。自分でもびっくりするぐらい、あっさりと。


 

 前は会社を辞めるのが怖かった。今までの努力が水の泡になってしまう、ここまでさんざん迷惑をかけてきた親に対して申し訳ない、やめた後に新しい会社に就けるか……。と。

けど、今となっては何ですぐ辞めなかったんだと思う。

届け出を出すとき、先輩たちにクスクスと笑われたが、ちっとも悲しくなんてなかった。そんなことが気にならないくらい、私はすっきりしていたのだ。自分の殻を破ったみたいな、そんな感じで。


 二つ目。

 毎日、四六時中、私はあの男のことが頭から離れなかった。ご飯を食べている時も、お風呂に入っている時も、寝る前も。

 それ程頭から離れないのだ。あの男には何かあるに違いない。そう思った。

これまで私は、特定の人にそこまで興味を持つなんてなかったから、自分で自分に驚いた。


 そして三つ目。

 私は今、すごいあほな行動をとっている。私の足(今は電車)は、あの場所へと向かっている。


そう、私の人生を変えたあの男ともう一度、会うために。




そして、私は気づく。

「あっ……!」



「終点です。皆様車内にお忘れの無いように……」

扉があくと同時に、私は急いで降りる。そしてそのまま走る。

いたからだ。まさかほんとにいるなんて思っていなかったけど、いたからだ。

あの男が、またここに。


「あのっつ!私…この前の…」

声をかけると、その男はゆっくりと振り向いた。今日は、月が出ていて明るい。その男の顔が、はっきりと見えた。そして、


「美形………」

思わず、つぶやいてしまった。だって、本当にそうだったから。


きちんと鼻筋が通った顔はきっちりと引き締まっていたが、目は優しく、穏やかな印象があった。しかし私は、それよりも別のところで驚いた。


「……」

男はちょっと困った顔をしていた。まあ、当然だろう。突然この前自殺を止めた女に声をかけられ、そのあと顔の評価までされてしまったんだから。


「えっと……君はこの前の……」

「はい。この前は本当にありがとうございました。それで……その……」

 

 先ほど、この一週間で起こったことを三つあげたが、ホントはもう一つある。

この男のことが忘れられなくて、もう一度会いたくて、いっそそこら辺の私立探偵にでも依頼して探してもらおうかな(笑)という謎の深夜テンションでパソコンをいじっていたら、見つけてしまったのだ。


この男によく似た写真と、探偵という文字を。

 

 この前は暗くて顔がよく見えず、写真とは雰囲気が似ていただけのでもしかしたら間違っているかもと思ったが、今日で確信した。

そして、私は伝える。



「あの……私をあなたの弟子にしてください!!」




「……へ?」


突然。

突然のことに、男は戸惑っている。

「ですよね。自分でも何馬鹿な事を言ってるのかって思います。でも……」

変えたい、自分を。今までの自分を、変えたい。


「え……?弟子って……探偵の?」

「はい……」

「君、頭、良いの?」

「一応○○大学は出てます…」

「……」


沈黙。

後から後悔が来た。うわあ…つい勢いで言っちゃったけど超恥ずかしい!私のバカバカ!なんだよ自分を変えたいって!突然こんなこと言われたら引くだろ……と思っていると、


「よしっつ!」

突然声を出されて、びっくりした。のもつかの間、

「あなたを弟子にしよう」


え……自分で言っときながら思う。何で?

「まあまあそこは気にするな。あなたが弟子になりたいと言っただろ?あ、そうだ、名前は?」

「に…新沢梅です」

「じゃあ新沢梅、さっそく事務所へ行こうか」

と言って、こいつは私の腕を強引に引っ張る。

「え……ちょっと待ってください、その……っ」

「いいからいいからー♪」

て……展開が早い! ちょっと待ってええええ!   


でも。


この時、私に不思議な感情が芽生えた。こうやって連れて行かれること、

未知の世界に踏み入ること……それが、楽しい。そんな感情が突然出てきた。

……こんな感情が芽生えるなんて私もすっかりおかしくなったもんだな。



夜の道を二人で走りながら、私は、笑った。


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