3 クリスタル・リング
目的の星系――NN3578星系に入って、報告のあった第四惑星を巡る周回に入る。
有望そうなのはその惑星だけだった。
NN3578星系―― NN3578はその星系の恒星につけられた天体整理番号――の第四惑星。
化学者のグラスゴーが呟いた。
「クリスタルのリングだ……」
それで、名前が決定した。
クリスタル・リング惑星。
灰色がかった薄黄色い惑星の上空を、クリスタルの大小の破片が幅広の帯になって取り巻くように巡っていた。報告書には確かにリングがあると書いてあったけれど、こんなにきれいなリングだとは思わなかった。小さな小石ほどのものから、この調査船ほどの大きさや野球ドームほどのもの、中にはちょっとした島ほどの大きさのものもあった。
誰もがスクリーンの前から離れないので、広くないメインデッキは、息が詰まるほど窮屈になった。
「おそらく、この惑星を巡っていた衛星が砕けて、リングができたんでしょうね。このリングの軌道は、普通予想される衛星軌道からは、ずいぶん高度が低い。もともと、この高度だったのか、それとも、砕けて惑星に落ちて、大気圏上空を巡る軌道に囚われたのものか」
「その衛星の組成に興味ありますね。晶癖は多面体のようです。カットされている面角を測定したいですね。特徴的だ。グレース博士、こういう結晶構造では……」
オープンになっている通話スピーカーから、レイと天文学者グレースの会話が聞こえてきた。
さすが、頭いい。と、フィルは思った。
あの二人、この上のサブデッキから見ているらしい。
地軸の傾きは42度。今、北半球が太陽のほうを向いている形。船が惑星の周りを回るうちに、グレーがかった大海とそれに囲まれた大きな大陸が二つあることが分かってきた。地球よりも若干大きく、概算1.2倍ほど。
気候的に見て、穏やかそうなその夏の地帯の平らな場所を選んで、着陸する。
極に近いほうほど隆起が大きく、ごつごつした山脈を形成していた。氷に覆われ、白い。それに反して、赤道近くになるほど、地表はなだらかだった。砂漠地帯と思われる乾いた地表が目立つ。
着陸地点は、北緯38度あたり。北回帰線北緯42度より若干南の位置である。
わざわざ着陸用にならしたみたいに平らな場所だった。
まず船に装備されている探査装置の腕を外に伸ばして、大気の組成など型どおりの測定。
酸素25.04%、二酸化炭素0.02%、アルゴン1.2%、窒素72.6%、気温、摂氏16度、暫定重力1.3G。
嬉しそうなどよめきが起こる。まるで地球みたいに理想的だった。
次いで、生物学者が大気と地表部の微生物を調査する。
これといって危険と思われるような細菌などは検出されなかった。
ゴーサインが出て、調査員がぞろぞろ出て行く。
まだ、気密服とヘルメットは着用。動物を外に出し、危険がないか一定期間様子を観察してからでないと解除はでない。わざわざその為に地球から運んできた豚3頭とニワトリ3羽、モルモット2匹をケージごと表に出す。惑星を汚染させてはいけないので、厳重に管理飼育されてきた環境テスト用の動物達である。
「ハコフグだな」
ヘルメット内蔵のスピーカーから聞こえた声に、豚の餌を置いたフィルが振り返ると、環境動物学者のマキノが腰に手を当て、降りたばかりの船を見上げていた。
上方部分にメインデッキやキャビンが並び、下方の大きなお腹には機動機関部のほかに、調査のための資材や軽飛行艇、四輪駆動バギーなどが幾つも収納されている。実用一点張りのその船体は、確かにハコフグそっくりだった。
これ以降、船は『ハコフグ』の愛称で呼ばれることになった。
『ハコフグ』着陸直後から、クルーは忙しくなる。
まず、キャンプの設置。動力や設備の整備。水の確保などなど。ここで過ごす2週間の生活設備を整えなければならなかった。
その一方で、軽飛行艇やグライダー、バギーなどの移動用機体・車両を『ハコフグ』のハッチから出して整備する。
待ちきれないようにしていた学者達が、整備が終わる片端から奪い取るようにして出発して行った。
レイはと言えば、当座はすぐに調査する事項もないのでフィルに相変わらずくっついていて、キャンプの設置などを手伝っていた。
彼の仕事は、各分野のデータが揃ってから始まるのだ。
ドボルスキー船長も見て見ぬ振りをしている。彼はレイの素性とかをいろいろ知っているんじゃないかとフィルは勘ぐっているのだが、猫の手も借りたい忙しさなので、有能な人間の手を借りられるのは正直ありがたかった。
「レイ君、そこのA2番の桁支えててくれ」
「はーい!」
「そこ終わったら、F3番って書いてあるそこの部品、あっちに運んでやってくれ。重いかな」
「大丈夫です!」
「おう、ありがとよ。頑張るな」
「はい!」
この頃にはクルー達ともすっかり仲良くなっていて、みんなレイに愛想良く声をかけ遠慮なく便利に使っていた。
初めの頃こそ、年をごまかそうと妙に高飛車な態度を取ったり、偉そうな口ぶりで話したりしたせいで、年下のくせにと彼らの反感を買っていたが、今は人懐っこさ全開だった。
サングラスだけはまだ手放さないが、十六歳だっていうのはもうすっかりバレている。
本人だけが、まだバレていないって思っているらしいのがおかしかった。
まるで子猫みたいにはしゃいで跳ね回っているのに、十八歳もないものだ。
「わあ!」
「おお!」
一斉に声があがった。
そこにいた全員が作業の手を止めて、上を見た。
地球よりずっと赤みを帯びて見える空の彼方をクリスタルの一片が通過していた。
NN3578の陽光にきらめいて虹色に輝くそれは、実に神秘的で美しい。
しばらく、誰もが魅入っていた。
「時間がないぞ! 暗くなる前に、設置が終わらないぞ!」
船長の声で、全員がはっと我に返った。
再び作業に取り掛かったが、クリスタルが視界の外に出て行くまで、何度も見上げてしまった。
これが最大の問題かもしれないな、とフィルは思った。
ここに移住する連中は、きっと、首のコリが慢性的疾患になるに違いない。
その夜、なんとか応急的な部分だけは辛うじて間に合ったキャンプの会議室で、簡易調査の報告と、今後の計画が話し合われた。
レイは会議室の隅のテーブルで、『ハコフグ』とアクセスしているPCに報告のデータを打ち込んでいる。
「ざっとした概算ですが、惑星の自転周期は36時間。公転周期は765日ほど。大きな楕円形を描いてまわっているので、季節の長さは均一ではなさそうです。空が赤っぽく見えるのでお分かりだと思いますが、大気の層は厚く、大気圧は、キャンプ地測定で、201キロパスカル、だいたい地球の2倍ほどですな。だいぶ重たいとは思いますよ」
グレースが簡潔に報告した。モルト教授が後に続いた。
「地質は悪くなさそうですな。特に、42度以北の土壌は見込みがある。船からでも確認できたことだが、大きな森林地帯が広がっている。植物の詳しい話はゴメス博士がしてくれるだろう。このキャンプ地の辺りは、非常に細かい粉のような砂土だ。ガラス質を多く含み、栄養素が乏しい。砂漠地帯のような乾燥した気候と関係があるかもしれんな」
そして、首を傾げた。
「このガラス質だが、高温で溶解した鉱物のようだ。なぜ、それがこの辺りに見られるのか、この後、詳しく調査したほうがいいかもしれない。この辺りだけなのか。広く散らばっていて、この惑星特有の傾向なのか。それとも、火山性のものなのか」
「モルト教授、興味を持たれるのも解りますが、今はそのガラス質より、この惑星の土壌がどんな作物や家畜に適するのか、危険な毒性はないのか、そっちを重点に調べてもらわなくては」
船長は、学究的な関心に走りそうになるモルト教授に注意を促した。教授は肩を竦めて、報告を続けた。
「河川は、今の調査の範囲ではまだ発見されてはおらんが、深い地中に水源の流れがあることは確認した。それを利用することも可能だろう」
教授は年若い情報統括総合学者に顔を向けて、ウインクしてみせた。この前の講義で、こういう情報がデータ作成に欠かせないことを理解している。レイは嬉しそうににっこりと頷いてみせた。
ベナルドがマキノに確認を取って、発言した。
「現在、羽をもつ飛翔能力のある節足動物レベルで、1から2センチほどの個体を採集しました。地球で言うバッタに近いものです。この付近では、それくらいで、地表にも地中にもほとんど生物はいないようです。北の森林地帯へ行くと、もっと多様な生物が見られるかもしれません。が、目立った大きな動物も今のところ発見されず、昆虫類レベル止まりの可能性もありますね」
非常に有望な可能性を感じて、隊員達はみな張り切っていた。
これまでも多くの世界が発見調査されてきたが、既に知的生命体が住んでいず、かつ生物が居住するのに適合する世界は、考えられているより遥かに少ないのだ。
***
調査が順調に進み始めると、クルーの仕事はそれほど多くなくなる。施設運営と食事や毎日のサイクルを保てばよかった。
猫の手も借りたい調査隊の飛行艇を操縦したり、調査の手伝いをしたりと、自然とクルー達は分散する。
レイはデータが集まってくるにつれ、PCに向かって閉じこもる時間が増えてきた。
『ハコフグ』に行って、メインコンピューターで作業する事も多くなる。簡易端末では間に合わなくなってきたのだろう。
惑星に着陸してから6日目、フィルがふと外を見ると、激しい雨の中を『ハコフグ』に向かって走っていくレイの姿を見かけた。
こんな激しい雨が4日前にも降った。グレースの解説だと、砂漠上空で熱せられた大気が北部の寒気団とぶつかって気流が発生し、約4日ほどの周期で大気が不安定になって大規模な降雨があるということだった。原因は南北回帰線内の巨大な砂漠地帯の存在である。その熱が、周囲の海からの蒸気を大気圏上空に蓄積するらしい。
どしゃぶりの雨が降ると、辺り一面水が溜まってまるで湖のようになる。
だが、翌日、陽が出ると、細かい土の中に吸い込まれるように消えていき、小さな流れにすらならなかった。きっと、地下で大きな川になっているのだろう。
こんな日ぐらいキャンプの端末で間に合わせればいいのに、と思いながら窓から離れた。
その眼の端に、誰かがまた一人、『ハコフグ』へと行く姿を捉えた。ごくろうさんなことで、とフィルは頭をふりふり清掃作業を続ける。
そのあと、リビングへ行きコーヒーのセットを補充しながら、寛いでいる面々を確認。
さすがにこんな日は調査はお休みで、グループでまとまりながらこれまでの成果などを話し合っている。
若い連中のグループの中にカルッソの姿が見えなくて、あれ? と思った。
こういう場ではいつも中心にいて悦にいってるのに。
ふと、さきほどのちらりと見た姿を思い出す。雨のせいでしかと確かめられなかったが、カルッソに似ているような気がしてきた。
しまった! と、フィルは青くなり、急いで船へと駆けだした。
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