嘘
うわぁ、見事に道が真っ暗だ。
いつも帰る道なのに。街頭が切れてる。
「暗いし寒いし瑠依いないし……」
最悪だ。一番最後が特に最悪だ。
一人になれば嘘をつかないのが私である。
しっかし、こうなるとさっき言われたことを嫌でも思い出しちゃうね。
「強姦寸前の痴漢か……」
変な奴もいるもんだ。何が楽しいんだよ。
まぁ、一応気をつけておこうか。
と、周囲を見渡そうとした瞬間。
後ろから抱きつかれた。
後悔の二文字が目の前にちらつく。
「黙ってろよ」
んなこと言われて「はいそうですか」で黙れる私じゃないんだってーの!
「それでいい」
けれど、強気な私とは逆の、本当の私が声を出すことを拒む。
やだっ、もう、なんで声でないの!? いつもはうるさいくらいに出るくせに!
言うことを聞かない体は、見知らぬ男に支配されそうになっている。
どうしてこういう時に限っていないの……!
結局最後に頼ってしまうのは君だ。
私を心配してくれる、君だ。
心配してくれた君を、私は今裏切ってる?
無理矢理納得させたのに、裏切るって私は馬鹿か。
こんなザマ、私のプライドが許さない。
「触んな!」
とにかく大声をあげて、思いっきり男の体に拳を入れる。
怯んだ隙に、私は男の手から逃れた。ついでに腹に蹴りを一発。
男勝りの喧嘩上手が役に立った。
さぁ、あとは近くの交番にダッシュだ。事件のおかげで人はいるはずだ。
「助けてくださいッ」
お巡りさんはすぐに状況を理解したみたいだ。
その人についてきてもらい、現場に戻る。案の定というか、男はいなくなっていた。けれど、馬鹿なことにそこには財布が落ちていた。
「慌てすぎだよ」
財布を見ながら、心の底から侮蔑してやる。
交番から警察へ。お母さんと一緒に、しばらく警察で事情聴取を受けた。
「最近物騒でしたね。どうせ同一犯だから、私ヒーローになれそう」
こんなの落ち着いた態度、真っ赤な嘘だ。本音は今すぐ帰ってシャワーを浴びたい。しょっちゅう嘘をつきまくってるから、きっと癖になってしまったんだろう。
「そういえば、あいつ結婚してましたよ」
ふと思い出して口に出す。別に深い意味はない。なんとなく。
「奥さんいるのに、どうしてこんなことするんでしょう」
私は肩を竦めた。
「あなたはこんな目に遭ったのに落ち着いてますね」
労わるような笑顔が、あいつに似ていて無性に泣きたくなる。
「あんなのに泣いたり怒ったりなんて、もったいないですから」
強がりな私。
「あの、もう帰ってよろしいでしょうか? 娘も疲れていると思いますので」
ありがたいお母さんの申し出。助かる。
「すみません、長く引き留めてしまって。ありがとうございました」
丁寧なお辞儀に一礼して、私は警察署を去った。
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