「春香?」

なんとなく、放課後の教室に一人で座っていた。

誰もいないと思ってたのに。よりにもよってこいつか。

「はろー」

「いやもう夕方だよ」

「だろうね。だって夕日沈んでるもん」

今日の夕方は美しい。空が異世界みたいに赤く染まっている。

いつもは真っ白な雲も、今日は真っ赤だ。恋でもしてるんだろうか、なんて考えている私が馬鹿らしくなって、向きを変えて話しかけてきた男を見た。

「下校時刻だよ」

「男子の生徒会は大変だね。いちいち校舎見回らないといけないなんて」

「特例だから仕方ないよ。それに、女子が痴漢の被害に遭うのは嫌だし」

昨日、この学校の近くで痴漢事件があった。

お父さんから聞いた話だと、なんでも強姦事件一歩手前だったとか。

「相変わらず紳士だこと」

目の前で苦笑するこの男、実は私の親友だ。

整ったルックスにキャーキャー言う女子は数知れず。

勝ち組男子が集まるバスケ部の次期部長でエース。顔面偏差値が高いバスケ部でも、さらにずば抜けて顔が整っている。しかも百八十センチを超す高身長。

そこに穏やかで人好きのする笑顔と、上位に食い込む頭脳と、常に他人を優先する優しすぎる性格を足せば、伊東瑠依いとうるいという高校二年生が出来上がる。なんて完璧なレシピ。流石私。

「あっという間に一日が終わって怖いくらいだ」

「もう真っ暗になるし、早く帰りなよ? こんな日に限って俺が一緒に帰れなくてごめん」

くさい台詞だけど、あら不思議、瑠依が言えば普通の言葉に聞こえるのです!

イッツアイケメンマジック!

「気にしないで。どうせ何も出ないでしょ。昨日の今日で」

痴漢事件の犯人は捕まってないんだって。

「もっとも、瑠依と帰れないのは寂しくて死んじゃいそうだけど」

「なにそれ」

もちろん冗談。瑠依も分かってるから笑い飛ばす。

「よし、じゃーね」

「本当に気を付けなよ? 暗いとこ通らないように」

「だーいじょぶだいじょぶぅ」

ふざけて手をひらひら振る。しかし心配性男は食い下がる。

「本気で言ってるんだけど? 春香は狙われやすいんだから」

「あははっ、可愛いってこと?」

「そういうこと」

意外と真面目に頷かれて調子が狂った。

とっさに言い返すことができなくて、それを誤魔化すために私は笑う。

「ありがとー! でも大丈夫だって。心配性なんだから。昔から変わらないね」

「そっちこそ」

あは、昔から根拠のない自信で突っ走っては瑠依に怒られたっけ。

けど毎回なんだかんだで丸く収まるじゃん。

「なんとかなるよ。また明日」

「……うん。また明日」

私が笑顔で手を振ると、やっと瑠依も笑顔になって振り返してくれた。


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