⑤
※
「……ココ、さっき来たな。あー……ったく、工場ってドコも似たような建物ばっかりだな」
右肩に銃を担ぎ、左手に血塗れの鉄パイプを握りながら。もう何度目になるかわからない落胆に、重々しい溜め息を吐いた。闇雲に走っているわけではないものの、追われる立場である為に目印などを残すわけにもいかず。視界が暗いこともあり、完全に迷ってしまっていた。
最も、目的地なども無い為に逃げ回れているだけマシか。
「つーか、重いんだよなこの銃! くそ……でも、捨てるわけにはいかねぇし。あーあ……疲れた」
一旦銃を下して、肩をゆっくりと解すように腕を回す。追手は来ていない。少し休もうと決めると、無意識に頭上を仰ぎ見た。
すると、予想していなかった景色が視界に広がった。
「おお……ココ、意外と星が見えるんだな。へー……」
今、自分が居るのは廃工場群の中でも特に大きな建物だ。ただ、劣化もかなり進んでおり、壁や床の塗装は剥げてボロボロだ。屋根までもが所々崩れてしまっており、夜空がひょこっと顔を覗かせてしまっている。
建物はみすぼらしいが、夜空はお世辞の必要が無いくらいに見事なものだった。まるで漆黒の闇に、七色の宝石をふんだんに散りばめたかのよう。
この辺りは、人工の光が少ないからだろうか。それとも運が良いのか。
「……アルジェントじゃ、こんな星空は見られねぇのに。同じ空だなんて、信じられないな」
見上げ過ぎて、ひっくり返らないように気をつけつつ。純白の満月から降り注ぐ、青白い月光もかなり明るくて。
「……『おねえちゃん』は、元気かな……この世界のどこかで生きてるのかな……」
ぽつん、と零れた思い。誰にも拾われることのない独り言が、夜の闇に溶けて消える。やめよう、もう自分には関係の無いことだ。……でも、
「……会いたい、な。もう、無理だろうケド」
何故だか急にこみ上げてきた馬鹿馬鹿しい願いに、苦笑しつつ。銃を再び手に取り、行動しようと思った時だった。
不意に、名前を呼ぶ声が聞こえる。
「…………ん?」
丸みを帯びた獣耳をぴくぴくと動かしながら。この声は、ルシアではない。追手、にしては響きが優しい。だとすれば、決まっている。
「やれやれ、やっと来たか……っ、うぅ……」
声の持ち主を特定出来た瞬間、視界がぼやけるようにして歪む。立つだけでも精一杯で、銃のストラップが肩から滑って床に落ちてしまうものの、気に掛ける余裕は無い。
前髪をくしゃりと掻き上げて、何とか意識を保とうとする。だが、すぐに無駄な足掻きだと悟った。
「……何だよ、そんなに嬉しいのか。はは……わかった、わかったよ」
ならば、もう『俺』は必要無いのだろう。せめて、ルシアに銃が重いって文句の一つでも言ってやりたかったが。もう、良いか。ぶっつけ本番でここまでやれたのだから、十分だろう。
お望み通りにしてやろうと、持っていた鉄パイプを遠くへ放る。乾いた音を立てながら、罅割れたコンクリートの床を跳ねて転がっていった。最早、必要の無いものだ。
焦点の合わない視界を、もう一度だけ天に向けて。これが最後だ。そう思い、満点の星空を視界に収めてから目を閉じる。
だが、それで終わってはくれなかった。
「……クソガキめ」
「なっ……!?」
突如、聞こえた声に慌てて視線を戻す。そこに居たのは、ガタイの良い壮年の男だ。身体つきもさることながら、鋭い刃のような殺意。追いかけてきたのか、それとも暗がりに潜んでいたのか。
「よくも仲間を……ダリアさんを、殺してやる……お前だけは!!」
鬼のような形相で、男が血を吐くように吼える。マズイ! 男が構えているのは、真新しい一丁のショットガンだ。それも、照準は既に自分に合わせられている。既に途切れかかっている意識では、ショットガンの射程圏内から逃れることなんて到底不可能。
ダメだ、逃げられない!! 屈辱に奥歯を噛み締め、自分に何か手札が残っていないかを探す。だが、もう何も残っていない。
その時、だった。
「――リヴェルくん!!」
それは、全く想定していなかった。恐怖を覚える程の冷たい手が、思いっきり肩を突き飛ばす。あまりに突然のことだったからか、受け身も取れずにそのまま埃っぽい床へと無様に倒れ込むしかなくて。
一発の発砲音が、辺りにわんわんと響き渡る。
「――――ッ」
自分のものではない悲鳴が鼓膜に届く。それが一体、誰のものか。確認する間もなく、まるで無理矢理に幕を閉じられたかのように。意識は、そこで途絶えてしまった
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