「ルシアくん……本当にここですか?」

「ああ、リヴェルは優しいからな。たとえ自分に危険が迫っていたとしても、無関係な街の人間達を巻き添えにするようなことはしないだろう」


 マンションから再び車に乗って、数分後。法定速度を全力で無視した挙句に、急ブレーキで軽く恐怖を味わって。ふらつく足取りで助手席から降りれば、夜闇の中にうっすらと浮かぶ巨大な廃墟が現れた。ルシアが言うには、既に工場としては機能していない区域らしい。

 確かに、リヴェルは優しい。関係無い人々を巻き込むまいと、こちらの方に逃げた可能性は高い。


「あっれー? なに、お兄さん。こんな場所に何しに来たのー?」


 不意に、僕達の存在に気がついたのか誰かが近づいてきた。見覚えはない若い男だ。その手には、自動式拳銃が一丁。

 どう見ても、バカ騒ぎする為にたむろしている若者ではないな。


「……すみません。僕達、人を探しているんですけど……紅い髪の少年を見ませんでしたか?」

「あー、知らない。別の場所を探した方が良いんじゃ――」

「リヴェルくんがどこに行ったか、ご存知ですね?」


 男の言葉を遮り、僕は言った。間違いなく、彼はダリアの仲間だろう。それならば、容赦をする必要は無いな。


「『命令』です。リヴェルくんはどこですか、教えなさい」

「ッ!? ……そ、その。おれ達もまだ、探している途中で……ダリアさん達が先行して探しに行ったきりで。その後で何人か追いかけていったんだが、未だに何も連絡が入ってなくて。」

「そうですか。それなら、これから僕達がリヴェルくんを探しに行きますので、貴方は邪魔にならないよう――」


 言いかけて、思わず口を噤む。どうやら、自分達の登場に気がついたのだろう。停まっていたワゴン車、プレハブ小屋のような建物、廃工場の陰からぞろぞろと武装した男達が姿を現した。


「おいおい、何やってんだよ。ダリアさんに言われたじゃねぇか。邪魔者は追い返すか、殺せってさぁ!?」

「キレーな顔したオニーサンよぉ? 大人しく家に帰りな、今なら見逃してやるぜぇ?」

「あ? よく見てみろよ、こいつ……吸血鬼だぞ!」


 どうやら彼等は相当暇を持て余していたらしく、既に銃口を僕に合わせている者も居る。しまった、僕の能力は絶対的ではあるが、それはあくまで対象が個人であるということが前提である。

 軽く見回しただけでも、およそ三十人。こんなに大勢を相手では、思うように『命令』など出来ない。


「こんなところで、足止めされている場合じゃ――」

「老害、退け」

「えっ……」


 突如、聞こえたルシアの声。どうしよう、物凄く嫌な予感。元々おしゃべりな性格ではないものの、口数が少ない時程のルシア程怖いものはない。恐る恐る振り向くと、信じられないくらいに悪夢めいたものが見えてしまった。何ということでしょう、予感的中です。

 六つの巨大な銃口を円になるように束ねたかのような、異様な形態の機関銃。発砲する毎にくるくると回転するそれは、数百年前まで奇環砲と呼ばれていた兵器の中でも変わり者だ。

 最近では、ガトリング砲と呼ばれていた筈。身の丈程もあるそれは、一体どこに隠していたのだろうか。トランクでしょうかね? 


「な、なんだ!? 正気かよアイツ!!」

「お前達、リヴェルの居場所を知っているのなら正直に吐け。三秒だけくれてやる」

「は、はんっ! はったりだ、そんな馬鹿デカいガトリング砲を人間が手持ちで撃てる筈が――」

「あ、あの……このお兄さん、人間じゃな――」

「時間切れだ、死ね」


 言うが早いか、撃つが早いか。美しくも酷薄な微笑を浮かべた堕天使は、一片の慈悲も無く断罪を開始した。

 六つの銃口は次々に火を吹き、横殴りの凄まじい弾丸の雨を敵に叩きつける。威力はVE176と同等、しかし量は凡そ数百倍。それに見合った重量と反動は到底人間では扱えない代物である筈だが、ルシアは人間ではなくダンピール。

 最も、とても静かに怒り狂っている今の彼は、ダンピールの限界でさえ軽く超越してしまっているよう。目の前で飛び散る悲鳴と肉片に、数千年前に目の前で繰り広げられた麗しい堕天使の反乱戦争を思い出す。


「ひいいぃ!? な、なんであんな平然な顔でガトリング砲なんて撃てるんだよ!! バケモノか!!」

「助けて、助けてくれええぇ!!」


 可哀想なくらいに青ざめた敵達に向かって、一旦断罪の手を止めてルシアが言った。ガトリング砲の銃口は、まるで涎でも垂らすかのように白く細い煙を上げている。


「……もう一度聞く、死にたくなかったらリヴェルの居場所をさっさと吐け。ちなみにこのガトリング砲の残弾はあと二千と九百二十一発。俺の視界に一度でも入ったヤツは、次の朝日は拝めないと思え」

「ま、待ってくれ! おれ達も今探している途中なんだって!! それに、ここに居るおれ達のほとんどは金で雇われただけの荒くれなんだよ! アンタの弟のことも、アルジェントのことも詳しくは知らないんだ!!」

「聞こえなかったのか? リヴェルの居場所を答えろ。ちゃんと正直に答えたら、頭をぶち抜いて一思いに殺してやる。嘘で誤魔化したら生きたままコンクリで埋める。答えなかったら、両手両足を吹き飛ばして死ぬまで痛めつける。知らないのならコイツで全身蜂の巣だ」

「何を答えても死亡確定!?」

「おい、そこの老いぼれ吸血鬼。いつまでぼーっと突っ立ているつもりだ?」


 ルシアの紅い双眸が、ぎろりと僕を睨む。死神よりも恐ろしい剣幕にびくりと肩を跳ねさせ、堪えきれなかった悲鳴が唇から零れてしまう。


「ひい!? なな、何ですか?」

「暇なら先にリヴェを探しに行け。この雑魚共は、俺が片付ける」

「え、でも――」

「口応えをするな! ……良いか、絶対にリヴェを助けろ。死んでも助けろ。万が一、あいつにもしものことがあったらお前を全裸に引ん剝いてジベットにぶち込み国境沿いの関所に三か月吊るした後、肉轢き機でミンチにする」

「僕への仕打ちが一番惨い!」


 だが、ここは自分で対処するよりもルシアに任せた方が良い。僕は頷くと、屍を飛び越え男達の間をすり抜ける。

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