六章 復讐

「ちょっとー? 本当にこっちに来たのぉ?」

「は、はい! 丁度、交差点でたむろしていた学生達を問い質したら、赤毛の人外が廃工場の方に走って行ったと言っていたらしくて」

「待機組の仲間に確認したところ、少なくとも街の方には来ていないみたいです!」

「ふーん……まったく、ガキ一人捕まえるのにどれだけ手間取ってんのよ、使えないわねぇ!!」


 苛立ちのままに声を上げれば、前を歩く男どもが情けない悲鳴を上げた。エドガーが不正取引等々の罪で収容されてしまったことにより、自分達の資金源はゼロになってしまった。しかも、このままでは自分達にまで警察の手が回るのは時間の問題。

 ならば、もうこの国には用はない。だが、出国するには金が要る。そこで思い付いたのが、エドガーの最後の依頼だ。


「あのリヴェルってガキをアルジェントに売れば、そこそこ良い稼ぎになる筈。お兄ちゃんのルシアにも一発お見舞いしてやるチャンスだしね。今度こそ、あの綺麗な顔を靴で踏み付けてやるわ!」


 埃臭い廃墟の中を歩きながら、ケラケラと笑う。普通だったら、こんな小汚くて陰湿な場所になんか来ないのに。これから起こることを想像するだけでも、ここが満開の花が咲く栄光の道のように思えるのだから不思議だ。

 エドガーから頂戴した前金で揃えた武装は、少年一人を捕獲するには度が過ぎたレベルだと思われるが。構いやしない。

 最後に思う存分大暴れして、こんなシケた国からはとっととおさらばよ!


「アンタ達、ちゃんとお薬は飲んだんでしょうねぇ? 今度しくじったら、タダじゃ置かないわよ!?」

「はいぃ!!」


 手下どもを叱り付けて、手にした銃剣を大きく振る。服や靴は飽きたらすぐに捨てるスタイルではあるが。そんな自分が唯一長年愛用しているのが、この銃剣であった。

 銃の先にナイフを取り付けるという、全く可愛げのない見た目で今までにどれだけの敵を下してきたことか。戦い慣れしていないガキなら、一目見ただけで震えあがることだろう。


「ダリアさん!」

「あん? なによ、居たの?」

「いえ、そういうわけではないんですけど……何か、聞こえませんか?」


 手下の一人が言って、皆も耳を澄ませる。ざあ、と朽ち果てた建物の間を吹き抜ける風の音に乗って、それは確かに聞こえた。


 ――キイキイ、と。小さな生き物の鳴き声が。


「ねえ、あのガキ……確か、蝙蝠を飼ってたって言ったわね?」

「は、はい。工場区の方で見張っていたヤツが、車の中で遊んでいるのを見たと」

「ふーん? ……こっちの方、みたいね」


 鳴き声を手繰るように、工場群の中を進む。蝙蝠どころか、犬すら飼ったことがないが。この鳴き方は尋常ではない。


「きっと、狭くて暗ーい所に隠れてるのね? いやーん、可愛いじゃない。ちょっとキュンとしちゃったわ!」


 そういえば、と思い出す。エドガーが見せた写真。リヴェルの兄ということだが、双子ならばきっと同じ容姿をしているのだろう。


「あの写真の子猫ちゃんは結構可愛い顔してたからねぇ? ……フフッ、アルジェントに売る前にちょっと味見しちゃおうかなー」


 新たな欲望を胸に進むと、いつしか道は細くなっていた。一旦立ち止まり、周りに居る手下達と目配せをする。

 前に四人、両隣りに二人、後ろに四人。これだけ居れば、ガキ一人に遅れは取るまい。それに、全員が銃で武装している。


「良い? 何としても捕まえるのよ。生きてさえいれば良いんだから、腕や足の一本くらいは圧し折っちゃったって構わないわ」


 そう言い付けて、再び足を進める。狂ったように泣き続ける蝙蝠。全員が、銃の安全装置を外す。絶対に捕まえる。そう意気込んで、最後の角を曲がった。

 そして、見つけた。


「……何よ、これ」


 工場が犇めく、その隙間。足元のコンクリートはざらついて、空気も一段と埃っぽい。随分古臭い看板があるものだと眉を顰める。時代に取り残されたような場所だと、吐き捨てようと思った。

 そこに、探していたものがあった。キイキイと甲高く喚く蝙蝠。悪魔のような翼を、狂ったようにばたつかせている。

 やっと見つけた。だが、それは想定していた形とはまるで違っていた。


「これ、どういうこと? ねえ、誰かの悪趣味なイタズラ?」


 周りを囲む手下を問い質してみても、誰もが知らないとかぶりを振る。当たり前だ。自分達は今さっきここに到着したばかりで、無駄なことに費やす時間は無かった。そして、こんなことをする意味も理解出来ていない。


 こんな――蝙蝠の片翼を釘で打ち付けるような趣味の悪いイタズラをする必要は、自分達には無い。


「……マズイ、これは罠よ!!」

「アハッ! 大正解だぜ、人間サマ?」


 振り返るよりも先に聞き慣れない声と、それを掻き消す程の弾幕が展開された。鼓膜に嫌という程に刻み込まれた甲高い轟音は、間違いなくVE176のもの。凄まじい威力を持つ五十発の弾丸が、手下達の肉や骨を容赦なく削ぎ落としていく。

 逃げようにも、ここは行き止まりなのだ!! やがて、弾幕は収まる頃。たった数秒の内に手下達は屍と化して、銃を構える少年以外に立っているのは自分だけだった。


「ククッ……アハハハ! 何だこの銃、超スゲー威力! 良いなー、これがよく噂で聞くカイカンってヤツ?」

「こ、このガキ……!」


 何とかその場に立てているものの、磨き上げた身体は既にボロボロだった。ブランドの新作ドレスは手下達の血に濡れて、腕や足は皮膚が破けて熱い深紅が溢れている。


「おー? オバサン、意外としぶといな。他の強そうなお兄サン達は全員死んじゃったのに」

「……坊やが、リヴェルくん? イタズラにしては、ちょっとやり過ぎじゃないかしらぁ?」


 鉄錆の臭いが混じる唾を吐いて、リヴェルを睨み付ける。目の前に立つ彼は、確かに写真で見た少年と瓜二つであった。

 ただ、髪が鮮やかな紅というだけで。ワータイガーである証の獣耳に尻尾、そしての瞳も何もかもが同じだ。


「そう? テメェこそ人の宝物をブッ壊しておいて、よく言うぜ」

「ねえリヴェルくん……もうその銃、弾切れでしょ? おねえさん、その銃のことよく知ってるのよ。リロードしないと撃てないわよ? もちろん、待ってなんかあげないけれどね」

「クククッ、心配しなくても良いよオバサン。予備のマガジンなんか無いから。なんていうか……元々、『俺』は銃よりコッチの方が得意だからさぁ!?」


 リヴェルは嘲笑を浮かべながら、銃を下して横に跳んだ。狙いを定めて、引き金を絞るも銃弾は紅い髪を数本攫うだけ。

 一体何なんだコイツは!? 再度狙いを定めるも、子猫には当たらずに地面を跳ねるだけ。コンテナに立て掛けてあった鉄パイプを手に、リヴェルが一気に距離を詰める。


「ぐっ!!」


 顔面を狙う打撃を、銃剣でなんとか受け流す。一撃が重い! 決して軽くはないであろう鉄パイプを、リヴェルは軽々と片手で振り回している。手加減など微塵もない。細く見えても、やはり相手は人外指折りの戦闘狂種族か。

 ならば、もう手段は選んでいられない。幸いにも、やはりリヴェルは戦いに慣れていない。動きの一つ一つは速いが、隙もある。

 こうなったら! リヴェルと何とか距離を取るべく、彼の足元を狙って数回引き金を絞る。彼との距離が数歩分空いた瞬間を見計らい、ポケットに入れていたビンを取り出し片手で蓋を開ける。

 勢い余って蓋を壊してしまったが、もう構いやしない!! アタシはビンの中身を煽り、細長い錠剤を可能な限り口に含み、思いっきり噛み砕いた。


「……わお、オバサン。何それ、ドーピング? 人間サマから吸血鬼になっちゃうかもよ?」

「アンタを殺せるなら、構わないわ」


 もう、金なんかどうでも良い。このガキは殺す!! 片手で銃剣の引き金を絶えず絞りながら、空いている方の手で手下が持っていた拳銃を拾う。


「もう、アルジェントだか何だかどうでも良い。アンタは殺す! このアタシをここまでコケにしたことを後悔しながら、無様に死になさい!!」

「アッハハハ! 良いね、そういうわかりやすいの。でも、コッチだって人間サマなんかにみすみす殺させるわけにはいかないからさぁ? それに……コッチとしても、傷つけられた分はきっちりお返ししてやらねぇとな」


 ふっ、と笑みを消して。冷酷な光を双眸に宿した少年は、威嚇するように鉄パイプで空気を薙ぐ。


「さあ……『お仕置き』出来るのは、俺とテメェのどっちかな?」

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