⑤
※
メルクーリオの急激な経済成長と共に増加する人口に伴い、都市部の街並みも変化させていかなければならなかった。だからだろう、この街にはまだ開発途中の荒地がちらほらと散在している。
元々は、この辺りも工場群だったらしいが。施設の老朽化により、現在の地域に移行されてからは手つかずの廃墟となっていたようで。最近になってからようやく再活用の目処が立った為に、工事の為の重機がいくつも並んでいる。
最も、今の時間は既に仕事を終えているからか、全ての重機はエンジンを切られ静かに夜を待っているだけ。昼間の騒々しさは無い。
「ッ……はあ、はあ。まだ……追ってきてるのかな、あの人達」
人気の無い、崩れかけた廃屋の陰に隠れて辺りの様子を窺う。ジャリッと靴が砂を踏み締める音でさえ心臓が跳ねる思いだ。荒れた呼吸を落ち着けようと、深呼吸を何度も繰り返す。
あの後、ぐずぐずしている内に銃を持った人間が部屋に入ってきてしまい――ドアから様子を窺った際に気が動転して、鍵を掛け忘れたせいだ――咄嗟に窓から飛び降りたまでは良かった。
自分でも驚く程の身体能力に、敵が動揺する中を全力疾走して。夢中で駆け抜けた先にあったのが、この廃墟となった工場群だ。
街中に逃げ込むことも考えたが、否、考えられる策としては明らかにそちらの方が安全を確保出来ただろう。でも、武装した彼等が街でも暴れたらと考えるだけでも恐ろしかった。
だから、ここに逃げ込んだのだが。不気味な程の静寂が、そしていつくるかも知れない追手の存在に気が狂いそうだった。
自分の手元にあるのは、状況を理解したのかポケットの中で大人しくしている蝙蝠と、
「……この銃を買った時、ルシアが本当に嬉しそうにしてたんだよなー」
苦笑しながら、抱えていたVE176を降ろす。他の銃とは異なり、鉛色の塊からグリップ部分を繰り抜いたかのような奇抜な形。以前見たSF映画で見たレーザー銃のようだが、発射されるのは強力な弾丸だ。
見る限り、新品のマガジンが付いており安全装置を外せば発砲は可能な状態だ。ルシアの話では、確か五十発もの弾丸をフルオートでばら撒けるらしい。
だが、予備のマガジンは無いし、自分はルシアと違って戦い慣れているわけではない。
「……はあ」
思わず脱力して、その場に膝を抱えて座り込む。公衆電話でもあれば、警察に助けを求めることも出来ただろうが。辺りに使えそうなものはない。重機の動かし方などわからないし、廃屋の中にも壊れた機械や不法投棄されたゴミくらいしかない。
今時珍しく、釘で打ち付けられた古びた看板や地面に転がる鉄パイプにも使い道は見出せない。
「何とかして、ルシア達に合流しないと……でも、どうすれば……あー! もう、わかんねーよ……」
膝に顔を埋める。これは、今までルシアやジェズアルドに甘えていた報いなのかもしれない。
思い返されるのは、絶対に見たくなかった悪夢のような光景。
「……ギター、壊されちゃった。ジェズから貰った、宝物だったのに……」
逃げる前に、ルシアが気に入っていたVE176だけでもと思い肩に担いだ時だった。無遠慮に侵入してきた人間が、恐ろしい形相で銃を闇雲の発砲したのだ。
ドアから逃げることは不可能だとわかって、咄嗟に窓を開けた。そのまま飛び降りれば良かったのに、ダンピールだから少し無理をした程度では死なないとわかっていたのに、躊躇してしまった。
その一瞬が決定的だった。人間はオレの姿を見つけ、足を止めさせようと発砲した。だが、銃口は狙いが定まっていなかった。弾丸はこの身体には当たらずに、部屋中にばら撒かれてしまい。
運悪く、その中の数発によってギターは目の前で粉砕されてしまった。
「……ジェズに何て謝れば良いんだろう。嫌われるかな……もう、会ってくれなくなるかな……」
正直なところ、追われていることよりもジェズアルドに会えなくなることの方が恐ろしく思えた。あの綺麗な顔を嫌悪に歪めて、拒絶するのではないか。
考えるだけでも、胸が張り裂けそうなくらいに恐ろしく、悲しい。
――おい、居たか?――
――本当にこっちに来たの? 無駄足だったらタダじゃ済まさないからね!――
「っ……!?」
追い付かれた!? 銃を肩に担いで立ち上がり、更に奥へと逃げようと駆け出す。だが、その足もすぐに止ってしまう。
道はもう、どこにも続いていなかった。
「行き止まり、そんな……」
そこは、工場と工場が敷き詰められる際に出来上がった隙間のような場所だった。あるのは錆びついたコンテナが一つだけ、もう逃げられそうにない。
「……ココまで、か」
数多の絶望を押し付けられて、とうとう心が折れた。見つかるのも時間の問題だ、いっそ自分から出て行った方が良いかもしれない。
これでもう、ルシアとジェズアルドには会えないのだろう。
「……この感じ、知ってる。ああ……そうだ、テュランが『おねえちゃん』に置いて行かれた時と似てるな」
乾いた笑いが、口端から零れる。幼い頃に起きた、テュランの記憶にある一番辛い出来事だ。大好きだった少女と研究所から脱走しようとして、でも裏切られて、テュランは二度と彼女と会うことが出来なくなった。
そうか。これは、テュランを見捨てた罰だ。双子の兄弟なのに、自分ばかりが幸せを享受した。それが罪であり、今の状況が罰なのだ。
「ゴメン、テュラン……オレ、本当にダメな弟だよな……」
堪えきれず、ついに目元から透明な雫が零れてしまう。視界が涙で滲む。オレが泣きだしてしまったことに気がついたのだろう、ポケットの中からキイ、と小さな声が聞こえた。
そうだ。せめて、コイツだけでも逃がしてあげなければ。小さな友達をポケットから取り出そうと、手を差し込もうとした時だった。
「――――ッ!!」
涙とは違う要因で、視界がぐにゃりと歪んだ。シンクロ能力だ。どうして、こんな時に!? 必死に正気を保とうと思うも、今の状態では抗うことなんて出来ない。
だが、今度のシンクロは何だか不自然だった。
「え、なに……これ……」
何かが、おかしい。いつもならば視界が歪んだ後に、テュランが見ている景色が見える筈だった。でも、今回は様子が違う。
視界は真っ暗に閉ざされて――というより、まるで何もない真っ暗な場所に放り込まれたかのような感覚に近い――それ以上は何も起こらなかった。これは、一体何だろう。
何故か、不自然なくらいに安心する。
「なんか……眠く、なって……」
眠っている場合じゃないのに。抗いようの無い眠気に、意識が遠ざかって行く。まさか、テュランが睡眠薬でも飲まされたのだろうか。
このまま眠っては駄目だ。目を擦ろうとするも、もう手を動かすことさえ出来そうに無い。
『……オマエに謝って貰う義理なんかねぇんだケド』
声が、聞こえた。ずっと、ずっと聞きたかった声。話をしたかった声だ。でも、わかる。これはきっと、夢だ。
だって、『彼』が自分の存在に気が付いている筈がないのだから。
『怖いなら、目を瞑って耳も塞いで、子守唄でも歌って寝てろ。次にオマエが起きる時までには、どうにかしておいてやるよ』
少し体温の低い手がぽん、と頭に触れたような気がして。たったそれだけなのに、妙に安心して。緊張の糸を繋いでおくことが出来ず、ついに意識と共にぷつりと切れてしまった。
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