やはり、黒煙の出処はここだった。だが幸いにも、火の手は自分達の部屋からはかなり離れている。暫くは火事の心配はしなくて良いだろう。

 だが、それよりも。目の前に広がる凄惨な光景に、背筋に冷たいものが這った。


「……これは、弾痕か」


 マンションの入り口にあるオートロックの自動ドアも、その奥にある階段にも。粉々に破壊され、無残な傷跡が幾千にも渡って刻み込まれていた。

 軍か、否……それにしては使用された武器も弾丸もバラバラで統一性が無い。まさか、テロリストだろうか。ならば、その目的は何だ。


「まさか……」


 躊躇なく、愛用する大型の自動式拳銃を取り出し安全装置を外す。凶悪な見た目をした拳銃に、外へと逃げる住人達が恐怖に悲鳴を上げるが、構ってなどいられない。

 人間達とは逆の方向に向かって駆ける。マンション中にサイレンが鳴り響いており、エレベーターは全て停止している。


「くそっ!!」


 エレベーターの脇にある階段を段飛ばしで駆け上がる。自分たちの部屋があるのは七階。そこまで休むことなく上りきった。この程度で息切れなどという醜態は晒さない。

 銃を構えたまま背中を壁に付け、辺りの様子を窺う。人気が無い。火事を起こした部屋からも離れている為に、この階はまだ大丈夫そうだ。

 それならば。湧き上がる希望を繋ぎ止め、部屋まで一気に走る。だが、そんな希望は何者かによって、いとも簡単に踏み潰されてしまった。

 ドアが、開いている。自分の合鍵はちゃんと懐にあるし、リヴェルが一人で留守番をする場合は必ずドアの鍵を閉めるようにと言ってある。一階にある郵便受けに行くだけでも、ドアの鍵は施錠するようにとも言いつけてある。

 こんな風に、ドアが開いていることなどあり得ない。


「……これは」


 恐る恐る、室内へと踏み込む。今までに星の数ほどの修羅場を経験してきた。だが、こんなに心を掻き乱される現場は初めてだった。

 銃を持つ手が震える。落ち着け、冷静を保て。深呼吸を一度してから、歩みを進める。でも、不可能だった。

 見慣れた空間は、見るも無残に荒らされている。床に散らばるいくつもの空薬莢と、破壊された家具の数々。硝煙の辛い匂いが、どんどんと正気を削ぎ落としていく。

 もう、これ以上は。逃げたくなる程の凄惨な光景に、それでも大事な弟の姿を探す。


「……リヴェル?」


 だが、リヴェルはどこにも居なかった。玄関にも、台所にもどこにも。全ての部屋を注意深く探してみるも、やはりリヴェルはどこにも居ない。気配すらしない。

 まさか。浮かび上がった最悪の可能性に、正気なんか保つことなんか出来なかった。


 ……そして、見つけてしまった。


「――――ッ!?」


 見たくなかった。誰でも良いから、これは嘘だと言ってほしかった。でも、間違いなく現実だった。

 自分の中で、何かが砕け散ってしまったのを感じる。


「ああ、やっと追いついた……ルシアくん、何がどうなって……こ、これは!?」


 ようやく追いついてきたジェズアルドが、息を乱したまま部屋に入ってくる。彼もまた見つけてしまった。

 粉々に割れた窓ガラスに、残酷な弾丸で抉られた壁。そして、最悪の可能性が、可能性ではなくなってしまった証拠を。


「……これは、まさか。ギター……でしょうか」


 己が買い与えたものなのに、信じられないと言わんばかりにジェズアルドが言った。それは、間違いなくリヴェルのギターである。でも、彼の反応も無理はない。


 ――リヴェルが大事にしていたギターは、原型が分からなくなる程に破壊されていたのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る