②
※
「リヴェ、次はどちらの方向だ?」
「えーっと……次は右だって」
耳慣れた声達に、沈みかけていた意識が浮上する。軽く見回してみても、近くにあの堕天使の姿はない。ただ、隣でハンドルを操る美男は堕天使に瓜二つだ。
年を重ねる度に強く、ルシアは美しくなっていく。名前もそうだが、彼はもしやあの堕天使の手によって生み出されたのではないのかと最近よく考える。考えるだけで憂鬱な気分になりそうなので、さっさと忘れて流れ行く窓の景色を眺めることにした。
今日は昨日と違って、雲は多いものの晴れており視界も良好だ。そして何より、助手席に僕が居るにも関わらずにルシアの機嫌が良いことが精神的にラクだったりする。
その理由は、後部座席に居るリヴェルだ。
「そのまま真っ直ぐ、だってさー」
「やれやれ、まさか蝙蝠ごときに指図される日が来るとはな」
「あはは、仕方無いですよ。あの蝙蝠くん、リンゴを貰ってからすっかりリヴェルくんに懐いちゃいましたから」
キイキイと、甲高く鳴いているのは昨日ルシアが捕まえた蝙蝠だ。『月刊吸血鬼』を運ぶ為に教育された蝙蝠は、目当ての吸血鬼の気配に敏感だ。だから、連れ去られた吸血鬼達が何処に収容されているのかを突き止めるべく、道案内をして貰っているのだが。
三人の中で唯一可愛がってくれるリヴェルにべったりで、引き離すことが不可能だった為に今日はリヴェルも同行している。
ちなみに、僕が助手席に居る理由はリヴェルの隣に居させない為と、もしも衝突事故を起こした場合にダメージを負う確率が高いのが助手席だから、ということで。
事故程度で死ぬような身体をしていないので、別に良いのだが。
「あ、そこ! そこの道、右!」
「……本当にこっちで合っているのか? 間違っていたら丸焼きにするぞ」
「でも、人気も無くなってきましたし……雰囲気は結構それっぽいですよ?」
「この辺りは……工業地帯だな」
人の通りは徐々に少なくなってきて。そうしている内に辿り着いたのは、巨大な施設が建ち並ぶ工場群だった。
元々、メルクーリオはこういう工場が多いが。近年になって、その割合を更に拡大させているらしい。
「あ、あそこだって。あの坂の上にある、黒っぽい建物」
しばらくして、蝙蝠が一際大きく何かを主張して、リヴェルがそれを伝える。どうして以心伝心しているのかは、気になるがとりあえず今は置いておいて。
リヴェルが指差す先にあるのは、周りにあるものと同じような建物だった。ただ、他のものよりも新しく壁や屋根が黒く塗られている。
「それで、どうします? 行方不明になった吸血鬼が居るかどうかを確かめ、証拠品を手に入れて施設の責任者にお話を聞く……だけ、でしたっけ?」
「そんなところだ。お前の『命令』があれば、依頼人の元に責任者を直接連れて行き話をさせることも可能だろう。縛り上げて情報を吐くまで指の第一関節から手首にかけて順番に切り落としてやっても良かったんだが」
「情報を暴露する前に発狂しそうですね」
ニヤニヤと嗤いながら話すルシアをやんわり窘めつつ、後部座席に居るリヴェルを振り返る。要塞のように聳え立つ工場群が珍しいのか、目をキラキラと輝かせながら窓にへばりついて眺めている。
「おおー! スゲー、カッコいい……ゴッツイ……カッコいい……」
「えっと、ルシアくん……リヴェルくんは?」
「もちろん、留守番だ」
「ええー!?」
目の前に面白そうな景色が広がっているのに、留守番とはあんまりだ! 普段は素直なリヴェルも流石に嫌なのか、蝙蝠と共にキイィ! と喚く。
だが、何と言われてもリヴェルを連れて行くことには出来ない。
「リヴェ、遊びに来たわけじゃないんだ。一時間以内には終わらせて戻ってくるから、我慢してくれ」
「うう……でもぉ」
「リヴェルくん、良い子で待っていてくれたら後で好きなところに連れて行ってあげますから。一緒に美味しいものでも食べに行きましょう?」
「んー……わかった、大人しく待ってるよ」
楽しそうな表情から一変、不貞腐れてしまったリヴェルの頭を撫でてやって。僕はルシアと共に車から降りた。この辺りを巡回している警察などの姿は見られないし、自分達のように道路脇に停めてある車も少なくない。
暫く車を置いておいても、取り締まりに遭うことはないだろう。
「良いかリヴェ、緊急時以外は絶対に車から出るんじゃないぞ。それと、シートの後ろに積んである銃火器に触らないように。特にトランクの中身は絶対に見ては駄目だ」
「はいはい」
「それではリヴェルくん、行ってきますね」
そう声を掛けてからドアを閉めて、僕達は車を置いて件の工場に向かった。もう少し近くで車を停めることも出来たのだが、万が一の場合を考えればリヴェルは遠くに居た方が良い。
僕以外の吸血鬼には、ダンピールの存在は何よりも危険なのだから。
「……ねえ、ルシアくん。別に、僕一人で片付けて来ることも可能なんですよ?」
目的の建物は、見る限りではそれほど大きくない。目的も明確で単純なのだから、僕だけでも何とかなるような気がするが。
「ふん、数日前まで死にかけていた癖によく言う。それに、あれから度々気を失っているだろう、さっきのように」
「あ、やっぱり気がついてました?」
「お前がどうなろうと、知ったことではないんだが。出来るだけ早くこの国から出るには、手段を選ぶ暇なんて無い」
「わかってますよ、リヴェルくんの為ですものね。もし僕が途中で気を失ったりしても、放っておいてくれて良いですよ」
「わかった、トドメを刺せば良いんだな」
「一言も言ってないですよ……!」
いつも通りのやり取りに、思わず肩から力が抜けてしまう。彼なりに気を使ってくれているのか、それとも素か。あまり深く考えないようにしながら、足早に工場へと向かった。
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