四章 潜入作戦


『くくっ、ははは……! 見ろ、アベル。お気に入りのお前に拒絶されただけで、神ともあろう者がこの体たらく。何と無様で、何と滑稽なことか』


 轟々と燃え尽くされていく『楽園』を眺めながら、傍らに立つ美男が嗤った。背中には漆黒に染まった、六対の翼。風に靡く黒髪は長く艶やかで、仄暗い紅の瞳は狂気に揺れている。

 かつては神に仕える『天使』の中で最も美しく、尊い存在だった彼。しかしこの時は既に、己の力を過信し神に反旗を翻した傲慢な『堕天使』でしかない。


『さて……愚かなアベル。お前は神を拒んだことにより、カインと同じ不死の呪いを受けることになってしまった。否……カインとは違うか。お前は一度死んだ。ゆえに、その身体には死が満ち満ちている。死を恐れる者は居れど、愛する者など居やしない。俺の言いたいことがわかるか?』


 堕天使が、その美貌を厭らしい笑顔に歪ませる。彼の言う通り、握り締めた拳は氷よりも冷たい。これが、彼の言う『死』なのだろう。

 ……ということは、僕は二度と誰からも愛されないし、愛することも叶わない。


『悲しいか?』


 どうだろう。最愛の存在だと思っていた兄に、あんな仕打ちを受けたのだ。

 誰かと関わらないで済むのなら、この手の温度も悪くない。


『アベル。お前のお陰で、俺はようやく神に『復讐』出来た。とても爽快な気分だ。だから……お前に三つのプレゼントをくれてやろう。ふふん、太っ腹だろう? 俺は神とは違うからな』


 黒髪を払って、堕天使が言う。彼は前々から神を毛嫌いしており、神に可愛がられていたカインとアベルのことも嫌っていた筈なのだが。カインは呪いを、アベルは神を拒んだことにより、すっかり堕天使のお気に召してしまったらしい。

 そうだなと暫し悩んで、堕天使は再び口を開いた。蠱惑的な紫色の唇が言葉を紡ぐ。


『一つ目は……そうだな、お前の声に力を与えよう。言葉を理解出来る者を好きなように操ることが出来るように……使い方は、お前次第だ』


 次に、堕天使は己の右手を差し出し、まるで手品のように何処からともなく取り出した『それ』を僕の前に突き付けた。思わず、身体が戦慄する。

 かつては、毎日丁寧に手入れをしていた刃。しかし、目の前のそれはすっかりどす黒い紅に染まってしまっている。


『二つ目は、お前のナイフだ。お前の血をたらふく飲み込んだこの刃でなら、カインの呪いを撃ち滅ぼし、魂ごと完全に塵に還すことが出来る。そうすれば二度と、カインは神の元に還れぬままに滅するだろう』


 そう言って、ナイフを強引に握らされる。長年愛用していただけあって、手に良く馴染む。隠し持つことも、獲物を思い通りに切り裂くことも簡単に出来てしまうだろう。


『そして、三つ目は……アベル、お前に復讐を果たす権利をやろう』


 くつくつと、喉奥で嗤いながら。権利? 堕天使の妙な物言いに僕は最初、理解が出来なかった。


『そうだ。カインへの復讐を果たす、その権利を行使するのもするのもお前次第だ。良いか、つまり――』

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