③
「リヴェルくん、ルシアくんは何処に行ったんですか? ていうか、そもそも僕はどうしてきみの家に居るのでしょう?」
「…………」
「リヴェルくん?」
「ふにゃっ!! な、なに?」
飛び跳ねるように僕の方を振り向いて、リヴェルが変な声を上げた。その顔は茹蛸のように赤く、今にも涙が零れてしまいそうな程に瞳が潤んでいる。
やれやれ、これでは暫くルシアも過保護を止められないだろう。
「え、と……ルシアは、ジェズを引き摺ってきた後また出掛けちゃったケド? しばらくは戻って来ないと思うよ」
「引き摺られてきたんですね、僕……」
まあ、助けてくれただけでも良しとしよう。
「アンタのスーツも、ボロボロだったから勝手に着替えさせちゃった。あ、着替えさせる時に邪魔だったから腕に付いてた輪っかも外しちゃったから」
「あ、本当だ。助かります。この服……ルシアくんのですね? やれやれ、ちゃんと洗って返さないと殺されますね」
「んー、ていうか……別に返さなくても良いって。むしろ、アンタが着た後の服なんてキモイから焼却処分しとけ、だってさ!」
「……一体どれだけ嫌われているんでしょうね」
嗚呼、年頃の息子を持つ父親ってこんな心境なのでしょうか。いつもと違う、真っ黒な服に苦笑する。昔は僕よりもずっと背が低かったのに。いつの間にか、視線は同じ高さになってしまった。
サイズはぴったりだが、ルシアの服は昔から殆ど黒一色。せっかくの男前なのだから、もっと派手な服を着れば良いのに。
「まあ、お二人ともお元気そうで何よりです」
「ジェズもなー。……アハッ、でもアンタ……そういう服着てると、大分雰囲気変わるな?」
「そうですか?」
「髪も下ろしてるからかな、なんかいつもより若く見える!」
「僕はいつでも若いですよ?」
薬箱――昔はよくルシアが怪我をしていた為に、今でもリヴェルがギターと同じ位に大事にしているらしい――を持って、リヴェルの元へ戻る。手当をされながらも、世間知らずな銀色の双眸がチラチラと僕の方を見つめてくる。
「リヴェルくんも、随分大人っぽくなりましたね。表情も、雰囲気も明るくなりました」
「そ、そう? 自分じゃよくわかんないな」
照れ臭そうに、頬を掻きながら。正直に言えば、彼は十七歳という年齢としては大分幼い。言動も、思考も。背丈や見た目はそれなりに成長してはいるのだが。
「『テュランくん』のことは、もう何も感じないようですね?」
「ッ……う、うん。当たり前じゃん? 寧ろ、今まですっかり忘れてたくらいだし」
途端に表情を強張らせながら、力無く笑うリヴェル。やれやれ、相変わらずわかりやすい。
手先は器用な方だが、嘘を吐くことだけは非常に下手だ。
「……リヴェルくん。先程も言いましたが、きみはもっと自分自身を大事にしなさい。きみは、リヴェルくんですよ。きみのお兄さんは、ルシアくんだけ。例えテュランくんときみが『双子』だとしても、もうきみには関係のないことです」
「で、でも……テュランは、今もアルジェントで――」
「テュランくんがどうなろうと、リヴェルくんのせいではありませんよ」
すっかり項垂れてしまった子猫を、よしよしと慰める。リヴェルの精神が幼い理由の大部分に、彼の『片割れ』とも言える双子の兄の存在があった。
名前はテュラン。今は遠く離れた場所に居る。リヴェル自身も恐らく、彼に直接会ったことは殆ど無い筈。それでも、彼はルシアではなく、血を分けた唯一の兄弟を思うことを止められないのだ。
優しいから、というのはもちろんある。だが、問題はもっと深刻である。
「テュランくんは、今どうしてるか分かりますか?」
「……また、変な薬を注射されたみたい。痛いとか、気持ち悪いとかは無いケド……テュランの頭の中がどんどんおかしくなってきてる。なんか、視界がぐにゃぐにゃしてるっていうか」
頭を抱えながら、リヴェルが泣きそうな顔で呻く。そう、彼の頭の中には自分自身の記憶だけではなく、『テュランの記憶』も存在しているのだ。
一卵性双生児の間に存在すると言われる現象、シンクロ能力。リヴェルはそれを生まれつき保有している。それも感覚や感情といった片割れの『記憶』が全て、リヴェルに伝わってしまっているのだ。
多くの研究者が解明しようとしたが、詳細や原因は不明のまま。結局、どうしてリヴェルにこのような厄介な能力があるのかはわからないままだ。
しかも、テュランとどれだけ離れようとも、シンクロ能力が衰えることは無かった。流石に、この能力だけは僕ではどうしようもない。だが、重荷になってしまっているのは確かだ。
「ジェズ、どうしよう? このままだと、アイツ……本当に死んじゃう」
「リヴェルくん、きみのその優しさはとても魅力的だと思います。でもね、人はそんなにたくさんの幸せを欲張ることは出来ません。どんなに腕を広げて抱えようとしても、隙間からポロポロと落ちてしまうんです。だからきみは、きみが持てるだけの幸せを大事にしなさい」
リヴェルの指に絆創膏を巻いて、すっかり落ち込んでしまった彼を慰めるように頭を撫でる。これ以上この話をしても、彼を苦しめるだけだろう。
それならば、話題を変えよう。この部屋に満ちる、『血の臭い』も気になる。
「リヴェルくん……他に怪我をしているところはありませんか?」
「え……無い、ケド」
「それでは、ルシアくんですか? 何だか凄く濃い……というか、古い血の臭いがします」
「いや……してない筈、だぞ」
リヴェルが首を横に振る。だが、彼のものとは明らかに違う血の臭いがするのは間違いない。ルシアが血のついた包帯でも放置しているのかと思ったが、それくらいはリヴェルがすぐに処分してしまうだろう。
「……あ、あー。もしかして、アレのこと?」
「あれ?」
「んーっと……あ、コレコレ」
リヴェルが立ち上がるなり、傍にあった棚の中をゴソゴソと探り始めた。そういえば、ここはどうやらルシアの部屋のようだ。血だけではなく、硝煙やガンオイルの臭いが凄い。まさか助けてくれるだけではなく、自分のベッドで休ませてくれるとは。彼も何だかんだ言って優しいところがある。
でも、絶対に何か企んでいるな。
「あ、あったあった。血の臭いって、多分コレじゃね?」
「……何ですか、この薬」
リヴェルが手渡してきたのは、手のひらに収まるサイズの透明なピルケースだった。仕切りによって六部屋に小分けされているそれには、錠剤やカプセル錠などの様々な薬が整理されている。
ただ、そのどれもが毒々しいまでに紅い。
「ルシアが今やってる仕事の証拠品だってさ。ルシアも血生臭いって言ってたからさ。オレにはよくわかんねーケド」
「……これ、一つ貰いますね」
「え、ちょっ……ジェズ!?」
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