第百四頁 ラスト四天王

 しまった。

 ガガは後悔した。

 怒りに任せてあのラサとかいういけすかない天才少年を穴だらけにするよりも、拷問にでもかけてサシの居場所を吐かせれば良かった。


(昔のアタシなら冷静にそうしたんだろうけど)


 仕方なくザンバラの足下まで降りてきたが、辺りには何もない。自分がコクピットに乗り込んだ際に落ちていったはずの街田もらいふも居ない。

「おっ」

 ただひとつ、妙な建造物がそこにあった。

「なんだこりゃ。エレベーターか」

 その辺の駅やデパートにでもありそうなエレベーターが、不自然に荒野の真ん中にそびえ立っている。頭上の巨大なザンバラも大概だったが、こっちはこっちでよく分からない不気味さがあった。ガガは芸術には明るくないが、ミーハーなものでサルバドール・ダリとルネ・マグリットだけは知っていた。彼ら、特にマグリットなんかが現代に生きていたらこんな絵を描きそうだ。荒野にエレベーター。実に超現実的。昔のプログレッシブ・ロックのレコード・ジャケットにもありそうだ。


「ま、待って…」


 聞き覚えある声に、ガガはきっと後ろを振り返った。

「スミレも…クライスもやられてしまったって…あのクワガタ虫から…連絡があった。あんたらは………何者なんだ」

 ラサだ。ズタボロの血みどろになりながら、ザンバラに備え付けられていたのであろうリフトで地上に降りてきた。

 タフさに関しては人の事を言えないが、こいつまだ懲りてないのか。

「ま…待って!もういい!戦う気はないし…ご、ごめんなさいッ!お姉ちゃん……」

 また腕を銃器に変形させ、戦闘モードに入ったガガに少年は何とも素っ頓狂な言葉を口にした。


「…お姉ちゃん?」


「ぼ、僕は天才…だから…父さんも母さんも…気味悪がって…ろくに相手をしてくれなかった。悪魔の世界は…いかに悪であるかが全てなんだ…素晴らしい発明が出来ても……意味なんてない…」

 何を言ってるのか分からない。

「だから、お姉ちゃん。僕は…強くて…悪くて…それでも優しいお姉ちゃんが欲しかった…お願いだ…ガガさん、お姉ちゃんと…呼ばせて………」

「き、気色悪ぃ事言ってんじゃねえ!誰がワルだ!ちょうどいいから吐きな!アタシのサシちゃんはどこだ」

 腕の銃の照準をさらに合わせる。予想外のラサの言葉に、もし自分が生身の人間なら鳥肌でも立っていただろう。こんな小学生のような子供などには微塵も興味がない。そもそも男に興味がない。

「サシさんは…地下にいる。この"ザンバラ"は本拠地に見せかけた、所謂ハリボテなんだ…本当の僕らの本拠地は地下だ…そう、丁度この真下の…」

 ラサが指差した先は、例のシュールなエレベーターだ。なるほど、巨大ビルに見えたものはロボットで、地下こそがこいつら悪魔の巣窟、まさにサシちゃんが幽閉されている場所という事か。

 なら、行くしかない。この少年には適当に礼でも言っておくか。

「ダメだ、お姉ちゃん…下には絶対に行っちゃダメだ」

 ラサが悲壮な表情で懇願する。まるでガガの身を案じるかのような、切羽詰まった顔だけだった。

「そのお姉ちゃんってのやめろ!行くに決まってんだろ、サシちゃんが居るんだから…そうだ、てめー道案内しろよ」

 銃口を向けたままラサに歩みよった。

「だ、ダメだ!ダメなんだ!僕だって行きたくないッ!!」

 血まみれなので分りづらいが、顔面蒼白で全力拒否するラサ。負けたから、本拠地に戻ればお仕置きでもされるのか。大昔の勧善懲悪アニメじゃあるまいし。


「メルヴェイユ…」


「あ?」

「メルヴェイユ…四天王最後の1人…いや、あれは1人と言っていいのかな…」

「なんだって?四天王とかいうのはまだ居んのか。あのゴスロリの娘(スミレ)と格闘野郎(ダスピル)、あと、なんだ?クライス?そんで、お前の4人じゃあないのか」

「ち、違う…スミレと、ダスピルは…同一人物だ…2人で1人と数えるんだ…四天王はあと1人…」

 ガガははっとした。

 てっきり2人まとめて倒したと思ったが、よくよく考えればそうだ。あの2人は二重人格だから、人数としては1人だ。

「まあいいぜ。どんな奴が出てきても…ぶっ飛ばしてサシちゃんを返してもらうのみよ」

「ダメだって!お姉ちゃん!悪い事は言わないから…」

 ラサは必死にガガの脚にしがみついた。先程までの高飛車な態度はどこへやら、玩具屋で駄々をこねる子供のようだ。

「あーもうっ!何なんだよ!そんなにアレなのか?そのメルなんちゃらってのは」

「僕や…きっとお姉ちゃんもそうだ。科学の世界に生きるなら、絶対に"彼女"に出会っちゃいけない。最悪の組み合わせなんだ」


 要約すると、下にはメルヴェイユという四天王最後の1人…口ぶりからするとおそらく女…が居て、とてもヤバいので行かない方がいい、と。

「何なんだよ。そいつの能力は」

「……………」


 ………


 チンッ。


 軽い音が鳴ってエレベーターが開き、文豪風の眼鏡の男と、ジャージに長い黒髪、血まみれの顔をした妙な少女が登場した。

 なんて事はない、どるを乗せて下まで行ってしまった謎のエレベーターは、もう一度ボタンを押せばまた上がってきた。


 降りた先は妙にこざっぱりした、清潔だが殺風景なオフィスのロビーのような場所だった。

 受付カウンターのようなものがあるが、受付嬢も誰もいない。

 壁には何やら絵画のようなものが飾られているが、真っ黒に塗り潰されており何が何やら分からない。こういう芸術なのだろうか。


「椿木殿」

 だだっ広いロビーのような部屋の中心に、椿木どるは立ち尽くしていた。

「桜野さん…街田先生」

「椿木殿!いきなり先に行かれるので心配したでござる」

「ご、ごめんねっ!桜野さん。でも…」

 どるはまだ上の空という雰囲気で、「呼ばれてる気がしたから」と部屋の奥にひとつだけある自動ドアを見つめた。

「先に何があるんだ」

「………」

 街田は問うが、いまいちパッとしない表情でどるは俯いた。

「…分からない…けど、ずっと呼んでるんです、私の事を」

「サシなのか」

「分かりません」

 何なんだ。街田は困惑するしかなかった。

「椿木殿。お主は人の心が読める。どれだけの距離で、など制約はあるようでござるが…その力が影響しているのではござらんか」

 桜野が冷静に問いかける。なるほど、どるの能力は2メートル以内というルールはあるが、ここ魔界では何かしら特別な影響も無きにしもあらず。

「椿木殿を信じよう」

「………」

 街田はまだ決め手には欠ける、という面持ちだったが仕方あるまい。何と言ってもこの部屋、そこの自動ドアと後ろのエレベーター以外に行き先が無い。

 進むなら、ドアを開けてゆくしかない。


「ありがとう、桜野さん…先生」

 正直、どる本人も何が何だか分からなかった。ただ、呼ばれているという感覚だけがあった。サシなのか、別の誰かなのか…敵か味方かも、性別すらも分からない。


 自動ドアはすんなり開いた。エレベーターと同様、無機質で余計な音もないサイレント設計だ。高くつくだろう。

 ドアの向こうは明かりもなく、完全な暗闇だった。よく目を凝らすと、階段だ。更に下の方へ続いている。

「よく見えないな」

「ちょっと待っててください。あ……」

 どるは自分の携帯電話を取り出し、懐中電灯モードの使用を試みたが、見事にバッテリーがゼロになっている。

「あ、あれっ!?来る前は満タンだったのに…」

「魔界だからな」

 魔界だったらどうなのか分からないが、とにかく暗い。「気をつけろ」街田はどるの前を行き、足でさぐるように階段を降りようとした。人ひとりがやっと通れるほどに狭い。


 ドサッ。


 咄嗟に後方で物音がした。

 桜野踊左衛門が、身を縮こめるようにうずくまっていた。

 病人のように目が泳ぎ涙が流れ、口からは涎が流れ出ていた。

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