第百三頁 Egos and Lies 2

「ぎゃあああああーーーーッッッ」


 兵器を操る天才の悪魔とは言え、まだ小学生程度にしか見えない子供を容赦なく蜂の巣にした。四肢を貫き、片耳を吹っ飛ばし頰を抉りとるガガの砲撃は、少年のみならず辺りの計器、コントローラ、何らかの装置、そしてサシが幽閉されているとされる金属のドアまで粉々に打ち砕いた。


「はぁ!?いねーじゃねえか!期待したのによォークソガキッ!オオカミ少年って知ってっか?お前」

 ガガはもぬけの殻、そもそもそこは部屋ですらなくただの制御装置がひしめくスペースだった空間を睨んで悪態をついた。


「サシちゃんをダシにするんならよ…それなりに覚悟は出来てたんだよなあ?速いだけがとりえの、よくあるグラインドコア・バンドのCDジャケットみてーになる覚悟はよ?ただアタシも正義の味方だからよ、急所はなんとなく外してみたぜ。悪魔だから大丈夫だろ、多分」

「は、はあ、はあ…ヒィィーーッ!!何で…サシさんが……死ぬ…かもしれないのに……」

 穴だらけの血まみれながらもかろうじて息をしているラサは疑問を投げた。今この瞬間他にも見ている者が居れば誰しもが絶対に抱く疑問だ。死んでも、この疑問だけは晴らさねば死ぬに死に切れない。


「え?いや、50%なんだろ」


 改造人間は丸い目をして、何故、雨の日に傘を差すのか?といった質問でも食らったかのように不思議そうに返した。

「へっ…」

「50パーセント!めちゃくちゃ多いじゃねえか。サシちゃんが居ねえ確率」

「は、は……半々……ですよ…」

「はぁ!?お前それでも発明家か?科学者か?1パーセントでも確率があればそっちに賭けるのがフツーだろうが。そうやってこなかったのか?」

 無茶苦茶だ。反対に考えれば、居る確率だって50%なのに。

「科学はいつだって大博打なんだぜ。ちょっとでも確率があれば即決すんのが、デキる科学者ってやつだろ」

「あ……あなたは、…万が一ですよ…万が一……サシさんが居たら……どうするつもりで……」

 本当に聞きたかったのはそこだ。科学者の姿勢云々ではない。

「もし居たら…死んで…いたんですよ………!」

 ラサはこれこそが疑問だった。

 ただ、それすらガガには愚問の中の愚問だったのだ。

 先程以上に、欠伸の出るような、分かりきったくだらない質問をされたように、この上ない呆れ顔で…ほとんど息をするついでのように回答したのが下記。


「何だその質問は。そしたらアタシも死んで追っかけるに決まってんだろ……」


 ラサは死にはしなかったが、その場で気絶した。納得出来るような出来ないような、永遠のモヤモヤを残して。愛とは…かくも奥が深いものなのか。

 移動要塞ザンバラも完全に動きを停止し、魔界の荒野に聳えるモノリスへと成り果てた。


 ………


 桜野踊左衛門は足元に違和感を感じていた。

 武士の勘なのか、誰でも感じるものなのかは分からないが、どうも地に足がついた感じがしない。

 幽霊は元来"足がない"のが定番だが、桜野はその限りではない。戦で負った傷はあるが、スカートから…今はジャージに包まれた、すらりと伸びた細くも強い脚がある。

「どうしたの、桜野さん」

 人の心が読めるという能力ゆえか、そういった感覚には弱い椿木どるが問いかけた。

「いや」

 桜野は試しに足元の砂を足で蹴ってみた。

「む…なんだ、その地面は」

 街田もすぐ違和感に気付いた。

 砂で覆われた地面はその一角だけに金属の板が張られていた。

「何これ何これ!隠し扉?」

 どるがはしゃぐが、扉らしくはない。2メートル四方くらいだろうか、そのスペースだけが砂ではなく金属だというだけで、だから何だという他は言いようが無かった。


 バラララッ。

 その時、遠くでけたたましい音が聞こえた。

 音は街田達のちょうど頭上、ザンバラの内部から聞こえる。

「何の音でござろうか」

「ガガが何かやっているな。とどめでも刺したんじゃないか」

 街田は真っ直ぐ上を向き、ボロボロになったザンバラの腹部を見てサラリと答えた。


 同時に、チン!と荒野に似つかわしくない、素っ頓狂な音が街田達の耳に飛び込んだ。

 先程の銃声とは逆に、次は足下から聞こえたような気がした。

「離れるでござる!」

 いち早く、ほかの二人よりも異変に気付いた桜野が叫ぶ。街田はそれが足下の金属床に関する事だとすぐに気付いたので、後ろに飛び退いた。どるはといえば、「ほぇ?」といった表情で呆然としているので、桜野が無理矢理抱きかかえてその場を離れた。


 ゴゴゴゴゴ!


 と地鳴りと共に、ならば格好良かったのだが、意外にもウィィンという静かな機械音と共に地面の金属がせり上がってきた。

 2.5メートルほどの高さで金属の塊は上昇を止めた。砂の荒野に突如佇んだ直方体のそれはまさに、それこそモノリスのようであった。

「気をつけろ」

 街田の経験からして、まだ地中に眠っていたロボットである可能性がある。今につるつるの直方体からガシャンガシャンと手足が飛び出して、襲いかかってくるはずだ。


「あっ…」

 どるが声を上げた。

「これ…扉?ボタン?」

 直方体の一面に、いかにも両側に開きそうな線が形成されていた。

 横っちょにはボタンがあり、逆三角形の記号が刻まれている。

「エレベーター…なのか」

 街田もそれが殺人ロボットではない事を理解したが、エレベーター型の殺人ロボットである可能性がまだ頭をよぎっていた。どうもあのグルーヴ・ウェポンという能力は夢に見てしまいそうだ。


 やがて、また静かな金属音と共に、スルッ、と扉が開く。やはりエレベーターらしく、真ん中で分かれて両側に移動した。

 内部も、何の変哲も無い、デパートやちょっと良いマンションにでもありそうなオーソドックスな造りだった。

「罠だ」

「罠でござるな」

「………」

 警戒心の強い街田と、勘の鋭い桜野が意見を一致させる中…

「おい」

 椿木どるだけが、無言でエレベーターの中に歩き入っていった。

「つ、椿木殿!罠だ!戻るでござる!」


「呼んでる…」


「おい、何を言ってる」

「呼んでる気がする」

 どるは街田達を振り返りもせず、やがてエレベーターの扉が閉まり始めた。

 ガッ、と桜野の腕が閉じる扉の間に入り込んだ。

 普通のエレベーターなら、ここで改めて開くはずだが…

「いっ!つつつつ」

「桜野!」

 全く開く気配がなく、扉は桜野の腕を締め付けた。

「うおあああああっっっ」

 2枚の分厚い金属の板は容赦なく閉じ続けた。このままでは桜野の腕がもげてしまう。扉に足をかけ引き抜こうとする。

「借りるぞ」街田が桜野の腰から鞘を拝借し、扉の隙間に入れて斜めに捻った。

 妖刀・朱蜻蛉(あかとんぼ)を唯一納められる特殊にして強靭な桜野の鞘は、てこの原理で扉をこじ開ける事に成功し、腕を引き抜いた桜野は勢いよく尻餅をついた。

「椿木殿!」

「おい!」

 しかしながら、扉は無情にもピッタリ閉じ、どるをどこかへ…おそらく下へ、連れ去ってしまった。

 扉が閉じる瞬間も、一切こちらを向かずに背を向けるどるの姿が街田の目に焼き付いていた。

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