第百一頁 移動要塞ザンバラ 4

「勝った!!」

 本来、こういう命のやりとりにおいてはこのように「勝ち誇った方が負ける」という鉄則があった。しかしそれは漫画の中の話で、ラサには勝ち誇るだけの自信があった。自分は天才だ。腕力や運動神経は無いが、ロボットの操縦はまごうことなき頭脳戦。頭脳戦において天才が負ける事はありえない。勝ったと思えば、その瞬間が勝ちなのである。

 物凄い勢いでとどめを刺しにかかってくるガガを、確実に仕留めるタイミングで移動要塞ザンバラの装甲が狙い撃ちした。


「やったぞ!」


 開発・設計者だけあって、ラサはザンバラの攻撃の破壊力をよく把握していた。一部が欠けてはいたものの、ザンバラの持つ全火力をもって巨大化したサイボーグの娘を撃沈した。

 目前を覆う砂煙が徐々に晴れ、粉々になった彼女の姿がラサの目に飛び込んだ。かろうじて人間の部分として残っていた脳髄は飛び散り、半分機械の身体も無残に千切れて分散している。

 中心に小さな二人の人間が折り重なっており、これは彼女のコクピットに乗り込み操縦(?)していた街田康助と何故か参戦していた宇宙人の娘だ。人間は首や体が変な方向に折れ曲がっており、宇宙人は破片がぶつかったのか真っ二つになっているので、生きてはいないだろう。


 …という事は無かった。


「あ、あれ…?」


 寝起きの視界のようにゆっくり晴れた砂煙の先に、ガガの姿は無かった。ただ鋭くえぐれた地面が生々しく残っているだけで、肝心の彼女の死体も部品も何もかもがそこに無かった。

 魔界とてゲームの世界ではないのだから、破壊されたものがその場で跡形も無く消滅するなどという事は無い。かならず何らかの残骸は存在するはずなのである。


(遠くに吹っ飛んだのか)


 そんなはずはない。装甲の破片達は彼女の上部をドーム状に覆い、一斉に中心に向け放射した。逃げ場は無いはずで、地中にめり込む事はあっても、ドーム状の外部に吹っ飛ぶ筈が無いなんて事はよく分かっている。天才でなくても、その辺の物理法則は理解できるはずだ。

 …とにかく不安だ。ガガの残骸を見るまでは油断できない。コントロールパネルを操作してザンバラの視界を広げ辺りを見回したが、塵ひとつ見つからない。

「どうなってるんだ」


「アタシが聞きてえよ」


 ゴン、とラサの頭に何かが押し付けられる感覚があった。それは筒状の金属で、目の前に仁王立ちになった少女のか細い腕、無残に、しかし綺麗に切断されたかのような肘から生えている。

「う、うわ、うわあああああーーーーっっっ!!!」

「おーっと動くんじゃねえぜクソガキ!…宇宙人ちゃん、どういう事なんだよ…説明してくれ。アタシは元に戻ったのか?あれ?居ねーの?」

 ラサは目を疑った。さっきまでザンバラ程ではないが巨大化し、戦っていた相手が元々のサイズに戻って自分の後ろに立っている。どういう原理なのか、服装も元のままだ。まるで漫画だ。

 それ以前に、どうやってコクピットに入ったのだろうか。他の2人は居ないようだが、一体全体何がどうなったのか、ラサには理解出来なかった。


「もしかして時間切れか…タイムリミットなんてあったのかって感じだが」

 ガガは呆れながらも、「ま、だとしても超グッドタイミングだったな」

 ラサの頭に突き付けた銃口を挑発的にグリグリ動かした。

「あの大きさのままあれを喰らってたら確実にやられてたぜ。粉々だ。ラッキーこの上ねえよ。とっさに元に戻って、爆風の勢いでここまで乗り込んで来られたんだからな」

「う、ウソだろッ待て待て待て!そんな都合よく…非科学的だッ!」

 ラサは両手をホールドアップしながら必死に頭を整理した。

「アホか、これだから優等生のお子様はよ!都合は、良かったからこそ都合良いって言えるんだぜ!結果だよ結果!グチグチ文句言ってんじゃねえ!」

 いつも最新技術がどうのとか言っている割に、非科学をあっさり受け入れるらしい。


 要約すると、ザンバラの爆撃は確かにガガに致命傷を喰らわせるはずのものだった。量、角度、スキマの無さ、全てにおいて申し分ない。ザンバラの操縦者たるラサ少年も、手応えで勝利を確信した事だろう。

 ただそれは、ガガがあの大きさであれば、の話だ。

 彼女の察した通り、あの巨大化にはタイムリミットがあった。宇宙技術はどういうものなのかよく分からないが、あれは改造というより一時的な魔法のようなものだった。その辺は本当によく分からないので勘弁願いたい。

 爆撃を喰らうその瞬間に、ガガの身体は時間切れとなって、街田とらいふは同時に外側に放り出された。

 普通に考えると3人はそのまま地面に落下するのだろうが、そこでらいふがこれまた謎の能力"オール・ナイト・ロング"を発動する。"対象物を右に寄せる"という用途の分かりにくいこの能力だが、"彼女から見て右"であれば落下中であろうが何だろうがその方向に移動する。

 かくして、ガガだけは"らいふから見て右"…の先にあるザンバラの内部入口に向かって、爆風も手伝って高速で移動した。

 らいふは自分を右に動かす事は出来ないから、街田と一緒に落下した。そこそこの高さだが、まあ大丈夫なのだろう。

 この一連の流れだけで、非日常さ加減ではここ魔界のそれを軽々と飛び越えている。宇宙は広い。


「アタシがここに来て手前にリクエストする事はひとつだ。サシちゃんを出せ。この要塞の中に居るんだろ」

「そ、それは…」

「ああ!?イエスかノーかどっちなんだよ?」

 ゴリッ、とラサの頭に突き立てた銃口をこすりつけた。

「ヒッッ!」

 ラサは震える手でコクピット後方の部屋を指差した。

 そこにはコクピットの入口とはまた別であろう、重々しい鉄の扉があった。パスコードで開くかのような近未来感のある扉だ。

「あそこにサシちゃんが居るんだな」

 気が緩んだのか、一瞬だけガガが銃口を下ろし、ラサから目を離して扉に目をやったその瞬間だった。


「待ってくださいよ」

 ラサは立ち上がり、先ほどの怯えたような目はどこへやら、またも不適な目で少し背の高いガガを見上げている。


 ドガガガガッ。


 ガガの銃口から数発の弾丸が暴れ出た。弾丸は壁に3〜4個の穴を開け、わずかにラサの左肩の皮膚をかすめた。子供ながらに高級感のあるスーツの肩が破れ、少量だが血が飛び散った。

「ひ、ひぃぃぃっ!痛っ!痛い!!何てヤツだ!」

「何てヤツだじゃねーよッボケ!妙な動きをするんじゃねえッ!」

 このクレイジーな女に生身で立ち向かう事は自殺行為だ、とさすがにラサも理解し、ホールド・アップさながらに両手を上げた。

「そうだ。そのままアタシの質問に答えろよ」

「待ってください…」

「人の話聞いてんのかガキ!アタシが聞いた事以外…」


「これ以上僕を撃てば!サシさんが死にますよ」


「………」


 ガガは途切れた台詞を続ける事もできず、そのまま固まった。

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