第百二頁 Egos and Lies

 妙だ。遠くからは家やビルが立ち並ぶ町に見えたのに、緑色に空が光り、全体が砂煙に包まれたかと思えば、先程までの街並みが跡形もなく消えてしまった。

「どういう事なの」

「蜃気楼、でござろうか…」

 ジャージに矢に血まみれと、より奇妙な姿に進化した桜野躍左衛門は顎に指を添えて考察した。先ほどまで見ていた星凛らしき街が全て幻だったとでも言うのだろうか。

 しばし二人は歩いた。周りに何もないので遠近感が分からず、近付いている実感がない。

「あ!あれ…」

 桜野が元気になり、すっかり安心した椿木どるが指差した先、砂煙の向こう側に何やら巨大なものが聳え立っている。

 大きな球体で形成されているそれには頭や腕のようなものが確認でき、さながら巨人のようにも見えた。

 魔界には巨人までいるのか、とどるはまた不安になった。

 街田先生はここに来ているのだろうか。来ていたとしても、無事なのだろうか。


 よくよく見れば、巨人は動かずじっとしている。

 近付いてみれば、一部が崩れているが無数のブロックに覆われた大きなロボットのようなものである事が分かった。

 頭部は縄文時代の人形のような、不気味な形相をしている。何故こんなものがここに立っているのか、不安を掻き立てる構図だった。建造物や仏像など、"巨大なものが怖い"という恐怖症を聞く事があるが、サブカルチャーの申し子のようなどるはむしろこういう得体の知れない物には変なロマンを感じ、より一層近付いて見てみたい衝動に駆られた。


「椿木殿」

「凄いねこれ…昔アニメ映画でこういうの見たなあ」

「待たれよ、椿木殿」

 桜野がどるの肩をつかみ、それ以上進む事を制止した。

「何者かがいるでござる」


 桜野の視線の先、丁度巨人の足下のあたりに何やら人影が見える。

 砂煙の向こうで、得体の知れない人影はヨロヨロと立ち上がるように見えた。

「……」

 どのような敵が現れるか分からない。桜野は刀を抜き、いつでも戦える姿勢にシフトチェンジした。

 クライスや、彼のサポーター達のような紳士な悪魔ばかりとは限らない。やはり、こういう時はジャージよりもいつもの装束の方が良いなと桜野は考えた。


 ゆっくり砂煙が晴れる。

 あちらの人影も、中腰になってこちらの様子を伺っているように見えた。

「あ……」

 どるは思わず声を上げた。


「街田……先生!?」


 人影は街田康助に間違いなかった。さっきまで地面に突っ伏していたらしく、着流しが砂まみれになっている。長めの髪はボサボサで、眼鏡はズレているが幸い破損はないようだった。

「街田殿!来ておられたか」

 桜野も警戒を解き、刀を鞘に納める。

「桜野に…椿木どるか…お前たちも来ていたんだな………痛っ!」

 歳のせいではなく、高くから落下して地面に叩きつけられた衝撃で腰が痛む。情けない姿だが、こればかりはどうしようもない。

「先生、ガガさんは…」

 どるが問いかけると、街田はチョイチョイと指でどるを招いた。

「…身体中が痛くてたまらないのでな」

「成る程!ほら、椿木殿」

 街田の意図を理解した桜野が、どるの肩を優しく押した。

「わ、わわっ」

 突然押されてつんのめるどるだが、街田の半径2メートル以内に入って彼女も理解した。

 身体中が痛くて話すのも動くのもままならないので、どるに近付いてもらって勝手に記憶を読んでもらう、という事だ。


 ………


「うぅぅぅ…」

「どうされた、椿木殿」

「ワケ分かんないよ…何がどうなってるの、ここ」

 街田は落下の衝撃でトチ狂っているわけではなかったし、仮にそうだとしても記憶は記憶。二重人格のゴスロリ少女と格闘家、巨大ロボに変形合体する街の建物…全てここで現実に起こった事なのだ。

 桜野が、クライスとのテニス対決を街田に報告しても「意味が分からない」の一言に尽きたので、お互い様だろう。「大体なんだそのジャージは」という予想通りの質問もあった。


「あの中にガガがいる。らいふは…分からない。何処だ」

「宇宙人…是非お会いしてみたいものでござるな」

 桜野とらいふは面識がない。宇宙人と幽霊はどちらもオカルトの代表格であるが、意外と同場面で語られる事は少ない。

「相手は頭は良いようだが腕っぷしは弱そうな少年の悪魔だ。ロボット抜きではガガの圧勝だろう」


 ………


「いいですか…あの部屋はガス室です。簡単な取引ですよ…。あの中にサシさんがいます。次にもう一発でも僕を撃てば…僕の従者がガスのスイッチを押す。サシさんは…どうなるか分かってますよね」

 ラサは傷ついた肩を抑えながら、息も切れ切れにガガに問答を押しかけた。

「ハッタリこいてんじゃねえぞ。なんでコクピットに都合よくそんなもんがあんだよ」

「おや、都合は結果じゃあなかったんですか?…分かりました。じゃあ…五分五分にしましょう。あの中にサシさんがいる確率が50%、いない確率が50%」

「いるなら証拠を見せるんだな」

「ククッ、面白い人…いや、改造人間だなあ…証拠なんてないんですよ。いる証拠も、いない証拠も…」

 ガガはだんだんイライラしてきた。この子供の目的は何だ。

「いないと思うなら僕を撃てばいい!本当にいなければあなたの勝ちだ」

「いると思うんだったら」

「そのままその銃を自分の頭に向けて…引金を引くんです。脳が破壊されれば、流石のあなただって死ぬんでしょう」

 ガガの性格上、サシをここに置いてそのまま逃げる訳はない。ラサはそれを分かってか、恐ろしい取引を仕掛けた。子供らしいといえばらしい、実に単純な駆け引きだが、ガガのサシへの異常なまでの執着が裏目に出たのだ。

「50パーセントッ!50パーセントです…確率は……さしづめ…フフ、文字通りシュレディンガーの猫といった所ですか…」


「……………」

 無言。プライドが高く頭脳を武器にするコイツが、ここまで小賢しく、卑怯者のステレオタイプのような手を使ってくるか、という意外性にはガガも驚いた。

 これは何かしらの罠なのか。そうではない。この手の分野への頭脳に長けた人間は…この場合悪魔だが、例え策略であってもこのようにゲスのようなやり方は選択しない。経験上、彼女はそれをよく知っていた。

 それではどういう事か?

 簡単だ。

 もう後が無いのである。

 この少年の武器である無数のロボット兵器がここまで破られ、コクピットまでの侵入をも許してしまった。もう、プライドも何も選択する余地は無いのだ。


 ならば、松戸ガガとして、サシちゃんを愛する正義の改造人間として、出す答えはひとつだけだ。


 誰がどう見ても即決、ほぼ考えていない、と言えるくらいのタイミングで、ガガの銃口はラサを舐めるように蜂の巣にしてしまった。

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