第七十八頁 ゴールド・サン・アンド・シルバー・ムーン
「やるか、人間よ。来い…」
ダスピルと名乗った屈強そうな男は、腰を落とし、両拳を前に構えた。
彼も先程のスミレという少女と同じく、四天王の一人という事らしい。スミレは幻術で子供騙しといった風だったが、この男からは小細工も何もない直球勝負、凛とした佇まいが感じられた。
ストリート・ファイター。昔のゲームではないが、正にそう言った風格である。構えに隙はなく、丸腰なのに超合金の甲冑を着込んでいるかのような防御力を思わせた。
「ちげーよ…人間じゃあねえ、改造人間だ。後ろの弱そうなおっさんと一緒にするなよ」
ガガが両手を広げると、腕は金属製のシャフトに変形し、その周辺を銃器ユニットが衛星のように浮遊していた。小さいTシャツから少し露出した腹部はガチャリと左右に分かれ、二本のガドリングガンが恐ろしい形相で顔を覗かせる。脚は先程と同じく、ジェット噴射やホバリングが可能な飛行ユニットに包まれていた。左耳がカシャッと外に押し出されたかと思うと、内部からスコープらしき物が左目を覆った。
明らかに前に見た時より迫力が増している。知らない間にアップデートでもしているのか。
ガガは何故かサイボーグと言われると文句を言う。人間も駄目らしい。こいつは結局のところ自分のこんな身体のことを誇りに思っているのだろうか。未だに、誰が何のために彼女をこんな身体にしたのかが分からない、と街田は唖然と見守りながら考えていた。
「全身兵器か…成る程」
ダスピルは一寸も怯む事なく、片足を後ろへ少々ずらして構えを強く取り、
「子供騙しのオモチャに過ぎん」
タッ、とガガに向かい走った。闇雲ではない、角度、速度、追いついてからの動きを全て計算しての、一直線のダッシュ。街田にはそう見えた。
「もっぺん言ってみろテメェ!」
ガガが、彼女へ向かうダスピルに照準を合わせたのも束の間。
パシッ、と片腕で衛星をひとつ跳ね除け、そのまま同じ腕の指先を伸ばし、ガガの喉元へ突き立てた。
「ぐ………ぇっ!?」
ガガには肺の機構は残っており、喉元は生身。一瞬息が出来なくなり…態勢を崩した。
そのまま、地面に片手をついたダスピルはぐるりと廻り、その脚がガガの脚を払った。脛が飛行ユニットに直撃した。弁慶の泣きどころというか、本来であれば頑丈なユニットで骨が砕けてもおかしくはない。
しかしそうではなかった。確かな、重く鈍い衝撃がガガの下半身を襲い、彼女はそのまま地面に横向けに倒れた。
(どうして!?)
ガガには分からなかった。生身の相手など敵ではないと思っていたからだ。奢りの気持ちではない。実績があった。武器を持った複数の人間とやりあって、圧勝した事もある。
ダスピルはそのまま高く空中へ飛び上がり、膝を折り曲げて彼女へ急降下した。
悪魔だからなのか、妙に跳躍力が高い。ガガは横になりながらも、しめた、と思った。
空中で、落下する向きを変える事は出来ない。奴は自分に向かって真っ直ぐ降りてくる。
コイツは悪魔でありながら、格闘家だ。カインやスミレとは違い、何の能力も持たない生粋の格闘家。素手を信じており、拳こそコイツの武器なのだ。
ガガは悟った。
人にはそれぞれ得手、不得手がある。オモチャでも何でもいい。コイツが何と言おうと、アタシの武器はこの全身だ。
アタシはアタシのやり方で、アタシを乗りこなしてやる。
「STRRRRRRRRRRIVE!!!!!!!!!」
身体を仰向けにし、冷静に照準を合わせ、落ちてくるダスピルに向けて全力発射した。
「うぅう……うぇ……え………げほっ……」
全弾を発射しつくしたガガの全身は力なく伸び、口からは先程とは比べ物にならない量の液体が吐き出されていた。赤茶色のそれは仰向けになったガガの頬を伝い、アスファルトの地面に染み込んでいった。
ガガの胸部には、凄い勢いで急降下したダスピルの膝が、杭を打つかのようにめり込んでいた。
信じられなかった。そのまま降下するはずのダスピルの細くも強靭な身体は、彼がグイッと腰をひとひねりした瞬間にその起動を変え、ガガの攻撃を華麗に躱してしまった。
馬鹿な…と思った瞬間にはもう、皮膚の下に肋骨の換わりに内蔵されたプロテクターはひしゃげ、その一部が肺に刺さっていた。ガガ自身にはそれが自分でよく理解できた。
「ハッ……カハッ……あ……」
ガガは満足に呼吸が出来ない様子だった。
このダスピルという男が只者ではないという事が分かる。全身兵器のガガを、素手で倒してしまったのだ。
「さて…お前はどうだ、人間…か?お前は…」
ダスピルが立ち尽くす街田の方を振り返り訊いた。
「小生は普通の人間だ…そのつもりだが」
「ここから立ち去ってもらうぞ。弱い者相手にこの拳を振るう事は道に反するのだが、カイン様の命令は絶対なのだ…この拳はあの方と、スリル様の為にある」
真っ直ぐな目でカインの名を告げる。道に反する、という表現を使うあたり流石ファイターと言ったところか。生半可な姿勢で拳を振るっているわけではないようだ。
「カインは何を考えている。サシの居場所はどこだ…何のために…スリルとは誰だ。まだ誰かいるのか」
「お前ができる質問はひとつだ。"生きて帰っても良いかどうか"」
ダスピルが片足で勢いよく地面を蹴る。
「そして答えはノーだ!」
同時に、真っ直ぐと街田に向かって駆け出した。
ダスピルが自分に到達し、一撃を与えるまで1秒とかからない。ガガでさえあの状態なら、生身の人間である自分は一体どうなるのだろうか。そんな分かり切った事を考える間も無く、ダスピルの握り拳が街田の腹に炸裂した。肉はひしゃげ、胃が破裂してしまう事は回避できないように思えた。
「…………」
街田の腹部に拳を入れたまま、ダスピルは一瞬固まった。
強く握り、鉄球よりも硬くなったダスピルの拳は街田の腹の表面から奥へめり込むでもなく、そこから引っ込められるでもなく、動く事は無かった。固定されているようであった。
((何が起こっている))
仲が良い悪い以前の問題にある2人だったが、この時ばかりは同時に全く同じ事を考えた。
街田ですら、ガガとは比にならない大ダメージを一瞬覚悟していたし、ダスピルとて一撃必殺、むしろ弱い人間相手に申し訳ない、これは命令なのだ…という鬼に変えた心でそれを喰らわせた。
すぐに終わると思っていた。
メキメキメキ。
鈍い音が響き、くっ、とダスピルが顔を歪めた。
「貴様…人間…なのか?何者だ…」
街田の腹部から伸びた別の手が、ダスピルの拳をメキメキと万力のように握り潰していた。
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