第七十七頁 ラズベリー・タイム2

「キャハハハハッ!どお〜しよっかなァ〜ミンチがいいかな?それとも蜂の巣がいいかな!うーんスミレはグロいの苦手だからあんまり見たくないなあ。あっ!毒殺はどう?確実に行けるし、私も見ててあんまり怖くない!スウィ〜ト・ハ〜〜ト・デス!」

 訳の解らない言葉を混ぜながら、赤いロリータの悪魔スミレはうずくまった街田を挑発する。

 しかしスミレはある事に気がついた。脇腹を刺されたはずの街田の表情である。

 苦痛に歪みかけてはいるが、どことなく余裕のある表情。自分は勝ったと思っているから、尚更その顔がスミレには気に入らなかった。

「何よ。なんかおかしーわけ?それともおじさんってそういうシュミでもあんの?キャハハ!笑えなーい」

「うむ…妙な物だな。小生はお前のいうように…見下ろされて喜ぶような趣味は無い…が…」

 スミレはムッとしたように、偽物のサシ達に合図をした。偽サシの爪が、偽ガガの銃口が、街田にとどめを刺さんとばかりに向けられる。

「見下ろしているからこそ……負けるんだよ…お前は」

 スミレはハッとして、下の街田から視線を外し、自分の頭上を見上げるもそれはもう遅かった。


「アタシはもっとクールで知的だし、サシちゃんはもっともっともーーーっと可愛いわッボケェ!」


 怒号とともに、雨が降り注いだ。この雨が只の水だったらどれだけ良かったか。むしろ多少の酸性雨でも構わない。

 雨の一粒一粒は火を帯びた鉄のようであり、また形のない粒子の塊のようでもあった。それを認識する間もなく、スミレは、偽物達は無数の雨に撃ち抜かれた。


「ハッハァーおっさん!いいザマだなァ!魔界でも這いつくばってんのがお似合いだぜ!」


 こいつだ。脚が何やら空中にでも浮遊できそうなマシンに覆われていて、何かのアニメみたいだ。そこまで変態的な格好ではないが。

「ったく、偽物作るならもーちょい再現度ハイにしろよなぁー」

 年頃の女のくせに、年上の街田にも一切敬意を示さない品の無い台詞。本物だ。相変わらず癪だが、一緒にこちらに来たのがこいつだったならまだ安心だ。

 しかし。

「ガガ、お前な…礼は言うが、ふざけるなよ。小生に当たりでもしたらどうしてくれる。お前のように簡単修理仕様ではないのだぞ」

 街田は腕や、足元スレスレに地面に穴加工を施した銃痕を見ながら抗議する。

「ちゃんと当たらないよーに撃ったし、実際当たらなかったからいーだろ。だいいち、おっさんに当たったとしてアタシには何の問題もねーよ」

「この小娘…」

 街田は辺りを見回した。ガガの散弾銃雨あられにやられた偽物達の姿は無く、代わりにそこかしこに妙な物が散らばっていた。

 お菓子だ。キャンディにチョコレート、タルト、クッキーといったあらゆるお菓子が散乱していた。おそらくこれらを操って幻覚を見せるのが、スミレとかいう悪魔の能力"ラズベリー・タイム"だ。種明かしされてしまえば、何て事は無い。

「なあおっさん…ひとついいか」

 地面に降り立ったガガはお菓子の撒菱には目もくれず、急に真面目な顔で街田に問う。

「さっきのガキ、どこ行ったんだよ」

 確かにガガの言うとおり、スミレの姿が無かった。

「逃げたんじゃあないのか」

「ったく何が四天王だ…っておっさん、それ大丈夫なの?」

 ガガはそういえば思い出したという風に街田に聞いた。

 確かに街田の脇腹には、今はお菓子の残骸と化した偽物のサシが突き立てた包丁が刺さっており、痛々しく血も出ている。

「む……」

 街田は一瞬顔を歪めながら、刺さった包丁を抜いた。

「げっ!」

 ガガは驚いたが、意外に包丁が深くまで刺さっていなかったのだという事を理解した。

 偽物のサシが手加減したのだろうか。としても理由が思いつかない。

 街田にはそうは思えなかった。妙な違和感が残る。


「四天王って事は、あんなのがあと3人居る、て事かよ」

「くだらないが、そういう事かな」

「ま、あんなレベルだったら楽勝だな。しかしサシちゃんの居場所聞き出せなかったのがムカつくなあ〜、さっさと逃げやがって所詮はガキだなあ〜」

 物言いは呑気だが、彼女の表情は真剣そのものだった。サシを取り戻したい気持ちは彼女も街田と一緒、いや、おそらくは自分の方がより強いと思っている。

 かっこよくサシを助けて、ガガさんかっこいい、街田先生は頼りないから、これからはガガさんと一緒に暮らします!といった未来を想像するくらいには頭に花が咲き乱れていた。ガガちゃんPARKである。

 足元のお菓子を蹴散らしながら、ガガはビルに向かって進みだした。街田も体勢を立て直し後に続く。


「なあおっさん、ここは…」

 ガガが街田に話しかけ振り向いた瞬間、彼女は街田がえらく近いなと思った。後ろからついて来るというよりは、べったり密着するレベルの距離。

 ただそれは一瞬の事で、もう少し余裕があれば「アタシの髪はいい匂いかよおっさん」とでも吐いてぶっ飛ばしていたかもしれない。

 実際は違った。

 街田ではない誰かが、ガガのすぐ後ろにいた。ガガが違和感を感じ振り向いたとほぼ同時に、そいつはガガの腹めがけて拳を思い切り放った。

「っっっ…………!!!!!????」

 ガガの、年齢と性別、身長、体格に反して不自然に重いはずの身体が勢いよく吹っ飛んだ。

 ガガの口から、血と油が混じったようなものが吐き出され激突した壁が崩れ落ちる。

 あまりに一瞬の出来事に呆気にとられる街田と、投げ出されたガガの間。そこに人影がある。

 スミレでもなく、お菓子の幻影でもない、一人の見知らぬ男だった。

 少し長めの茶髪に、Tシャツとジーンズを着用したのみ、武器も何も持たない男だった。大柄という訳ではなくむしろ細身だが、短い袖からスラリと伸びた腕や安定した立ち姿から、それなりに立派な筋肉を持っているという事が容易に理解できる。

 男は、低い、しかしハッキリした声で告げた。


「魔王スリル側近四天王が一人、ダスピル。招かれざる者共よ。名を名乗れ」

 地を這うようだが丁寧な声が、ひるんだガガの元にも届いた。

「ガガ」

「引っ込んでなおっさん!テメーは弱いんだからよォー…」

 ガガは立ち上がったが、その腹部は強烈なパンチにより歪み、口からはまだ液体…人間でいうところの血反吐が垂れている。

「不意打ちで…暴力振るうやつに名乗る名なんてないぜ、このガガちゃんには…」

 しっかり名乗ってるだろうが。しかもお前もさっきスミレに不意打ちしたよね。街田は呆れつつ様子を見る事にした。ここはまだいけそうなガガに毒味をさせよう。

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