第七十六頁 ラズベリー・タイム1
「おーい!」
聞き覚えのある声に、街田康助は振り向いた。
派手なカラーリングと跳ね方が特徴的な赤い髪、英字で汚い言葉が無数に書かれたミニTシャツ、腕や首元にはジャラジャラと痛そうなアクセサリを光らせた女が駆け寄ってきた。
「ガガ」
「おぉーやっと見つけたぜ街田ー!何なんだよここは?何かよー建物みんなダサくね?センスねーっていうかさー…」
松戸ガガは街田を見つけて安心したという顔つきで周囲を見回す。
「魔界だ」
「はぁ?」
「魔界」
「お前なぁ、寝言言ってんじゃねえぞ。そんな非科学的な話がしたいんじゃあねーんだよアタシはよ…」
ガガは両腕を広げ、自分より身長の高い街田を見上げ否定した。見ろアタシの身体を。科学の最先端だぞ?といった身振りだ。大きめの胸以外は華奢な身体をしているが、この中には何でも一瞬で蜂の巣にする最新兵器がぎっしり詰まっている。敵に回すと厄介な女だ。
「さっき悪魔に襲われたのだ。撃退したがな。ここは見てくれは元の世界とさほど相違ないが、所々がおかしい魔界なのだ」
「撃退って…お前みたいな弱いのが?悪魔を?」
「小生がではない。ガガ、お前どこから来た」
「ヒューマニティ地下の自室だよ。眠ってたみたいなんだけどさあ。おかしいんだよな。アタシ寝る時は回路安定の為にケーブル接続して、オペ台で寝るんだけどさ。普通にソファで寝てやんの、フツーの人間みたいに」
「なるほど…」
街田は少し考えた。
これから先というよりは、今この状況を、だ。
「この世界に恐らくサシがいる」
「サシちゃんが!?」
「覚えているだろう。我々はヒューマニティで暗号を解読して、それから…」
「ああ、覚えてるぜ!で、ここのどこだよ?」
「それを今考えているのだ。ただ…」
街田は向こう、駅のあるはずの場所に空を突き破らんとそびえる高層ビルを指差した。
「あれは怪しいと思わないか」
「げ、何あれ。気づかなかった…あんなもん星凛町で見た事ねーよ」
「とりあえずあそこを目指そうと思う」
と言いながら突っ立って動こうとしない街田を、ガガは疑問に思ったのかじっと見た。
「ガガ、お前が先に行け」
「はぁー!?冗談!お前が行けよ!」
「小生の腕は銃器に変形しないし、目に敵のヒットポイントを図るレーダー機能もないぞ」
「いやアタシもヒットポイントなんてわかんねーけどさ…そりゃ正義の改造人間のアタシの方が強くてカッコよくて頼りになるけどよ、魔界だろ?悪魔とか非科学的なもん相手になんか勝てる気がしねーよ。どっちかってーとオカルトはお前の担当だろ、犬も憑いてるし」
ガガは実質カインにも負けた事があるし、オカルトなものには今ひとつ強みが無いようだった。窃盗犯を捕まえたりなど現実的な部分では大活躍するのだが。
「ちっ、分かったよ。ったく男らしくねーなあ」
「小生もお前を女と思った事は無いぞ」
やがて折れたガガはぶつくさ文句をいいながら街田の前を歩いた。
ドカッッ!
瞬間、ガガのボディに街田の蹴りが炸裂した。
街田は昔は喧嘩ばかりしていたので、相手が改造人間とはいえ普通の喧嘩にはそこそこ強かった…という説明もままならない一瞬の事である。
「そう、女と思っていないからこうやって蹴っ飛ばす事も躊躇なくできるぞ」
ガガは吹っ飛びながら体勢を整えたが、実のところ街田に蹴られる0.5秒前にマシンガンに変形した彼女の腕が街田に向いていた。既に振り向いていたから、蹴りは背中ではなく腹に入った。
「ってエェー畜生!何しやがんだよ!?やんのか!?」
「いい加減三文芝居をやめろ。貴様はなんだ。悪魔か?本物のガガはここに来ているのか」
ここにいる松戸ガガは偽物、という街田の判断だった。
理由は3つほどある。
本物のガガは彼の事を"街田"などと呼ばない。失礼にもおっさんと呼ぶ。街田は気に入らなかったが、19歳ほどのガガにそう言われても不思議ではない年齢である事は確かだし、否定するのも余計におっさん臭い気がして気が引けた。
また、ガガは街田を何故か恋敵だと思っている節があり、出会い頭には必ず罵声を飛ばす。"やっと見つけたぜ"で終わるのも妙だった。
更に決定的な事には、ガガが来た方向はライブハウス"ヒューマニティ"とは逆方向だ。後ろからやって来たが、前方、駅ですら超えてまだまだ歩かなければ辿り着けない。
街田はサイドに回り込んだ。ガガの反応は遅い。街田は勢いよくガガの頬を殴った。ガガはまたよろめきながら両腕の照準を合わせるが、街田は居ない。
ガスッ、と思い切り膝蹴りを背中に入れた。地面に情けなく倒れるガガ。
「ま、これだけ弱いのが確固たる偽物の証拠という事だが…賭けに近かったがな、本物相手なら小生は今頃返り討ちの蜂の巣だ」
街田はうつ伏せのガガを見下ろし問いかけた。
「サシはどこにいる」
ガガの頭がぐるり、と180度回りこちらを向いた。そういう風に出来ているのか、悪魔だからなのかは分からない。
「いるぜ、"そっち"に…」
街田の腰にしがみつく何かがいた。
いや、何かなのかはすぐに理解できたが…
問題は街田の脇腹に包丁が突き刺さっている事だった。
「せ、先生〜…ごめんなさい、先生刺しちゃった……」
探しているはずの彼女。黒いおかっぱに猫の耳、黒いワンピース、巨大な猫目。
「サシちゃんだけに☆」
街田の脇腹から血が噴き出し、地に膝をついてうずくまった。
「き、貴……様…………」
サシ…らしき何か…は街田を見下ろしヘラヘラ笑っている。
ガガもいつのまにか立ち上がり、街田を見下ろしていた。
「キャハッ!」
もう一人、見覚えのない誰かがしゃがんで街田を覗き込んでいる。
ピンク寄りの赤毛のツインテールに、ロリータ服に身を包んだ怪しい少女だった。
「はーい!魔王スリル様側近四天王の一人、スミレちゃんだよっ!どーでしょうか!無敵の能力"ラズベリー・タイム"の幻覚にやられる気分はっ!」
少女は高いテンションの割には丁寧に名を名乗り、解説した。
「幻覚……だと………」
街田は痛みに息を切らしながら頭上の少女を睨みつけた。
「そう、幻覚!私にはただの木偶人形だけど、あなたには大事な家族とか、お友達に見えてるんじゃあないかなー?…その割にはボコボコ蹴っ飛ばしてたからちょっとびっくりだけどね」
「悪魔とは…くだらん真似をするものだな……」
「"くだる"か"くだらん"かの感想はやられちゃった人の台詞じゃないよね!キャハハハッ!今頃一緒に魔界(こっち)に来た本物のお友達も同じ目に遭ってるかも!」
スミレのこざかしい高笑いが鼻に付くが、こちらに来ているのは自分だけでない事を、街田はこの言葉で理解した。
ガガか、桜野か、それともどるとかいう少女か。前二人はともかく、どるは超能力者とは言えせいぜい人の心を読む程度で戦いには向かない。最悪の自体という事もある。
先ほども言ったが街田は普通の相手との喧嘩であればそこそこ押す自信がある。しかしここ最近と言ったらやれ鎌鼬(かまいたち)だの、悪魔だのとまるでついていない。
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