第六十五頁 CATALOGUE 2

 時間は遡る。

 桜野踊左衛門(さくらのだんざえもん)という落武者の幽霊が、桜野あかねという偽名を使って、星凛高等学校に入学する2日前。


「おい!しっかりしろおっさん!サシちゃんは!サシちゃんはどこなんだよ!?」

「う…くそ……」

「おお息があった!?アンタが生きてるかどうかなんてどーでもいいけどよ、サシちゃんはどうしたんだ?何で家がめちゃくちゃなんだ?強盗か!?」

「口の減らん娘だ…痛っ……背中を打ったか…なぜここにいる、松戸ガガ」

「いや…買い出し行ってたらこの家の方から…ありゃ何だったんだ?黒い光の?柱?よくわかんねーけど、変なもん出てたから来てみたんだよ」

「くそ!あの野郎…」

「何があったんだよ」

「悪魔…やはり悪魔だった!あの男…」

「悪魔ってあの?悪魔クンか?」

「カイン…あの男、何のつもりなんだ!サシ…」

「サシちゃんが何だって!?悪魔クンが何かしたのかよ!?」


 ……


「自分でもちょっと都合がいいなと思うんですけど、カセットデッキならここに」

 図書委員の生徒は、"黒い本"の一冊から出て来た1本のカセットテープを見るなり、気を利かせてラジカセを取り出した。古い型というか、もうカセットテープなんて絶滅危惧種であるご時世によくラジカセなんて残っていたなと思う。

 黒い本のうち一番最後の巻、即ち78巻目は中がページではなく、ケース状になっておりその中に古めかしいカセットテープが埋め込まれていた。

「聴く?」

 珠美が興味津々に促す。

「まあここまで来たら…というか桜野さん、桜野さんはこれを探していたの?」

「うーむ…」

 桜野は考え込んだ。

「黒い本、高等学校…うむ、これしかないとは思うが」

「…?」

 どるはまだ、桜野が意図する事が分からなかった。


 4人は他の生徒の邪魔にならないよう、図書室の隣にある物置に移動した。

「じゃ、じゃあ、再生しますね」


 図書委員が再生ボタンを押してから13秒ほどの空白のあと、何やら音声が聞こえて来た。

 その音声は、謎の文字で記載された本よりも奇妙なものだった。よくドキュメント番組などで、プライバシー保護の為に音声を変えるエフェクトがあるが、あれに近い潰れた音声がゆっくり流れ出した。

「ひ、ひぇぇ…何これ……」

 珠美が引きつるのも無理はなく、4人しかいない物置に響くこの世のものとは思えない音声。何かを話しているようにも聴こえるし、唸り声のようにも聴こえた。

 何語なのかは分からない。おそらく、本にあるものと同じ言語で話しているのだろう。

「気持ち悪いよ、やめよう」

 どるが怖がってやめさせようとするが、桜野が呟いた。

「何かあるのか…この声と、本と…何を意味するのでござろうか」

「これ、文章なんでしょうか」

 図書委員は深刻そうに意見を言う。まさかオカルト好きか。顔がちょっと嬉しそうだ。

「文章を喋っているというよりは、何か単語を羅列しているように聴こえますね…私には…」

「成る程!」

 意気投合する図書委員と幽霊。どるは早く帰りたかった。


 その日は下校時刻になり、お開きになった。

 どるが通う学校は定時制も導入しており、夕方5時半になると全日制の生徒は有無も言わさず強制的に下校となる。

 図書委員の名前は高木香奈といった。予想どおりオカルト好きの彼女は、本は膨大な暗号であり、テープの音声はそれを解く鍵なのではないかという。確かに"KEY"と書いてあるし、そうなのかもしれない。


 ……


 期末試験の結果はまずまずだろう。

 それもそのはず、超能力者である椿木どるの能力"サーチライト"は半径2メートル以内の人間の心を読む事ができる。

 どるはいつも通り、周りの人間の思考を読み取って、見事全問正解…ではなく、時折わざと違う答えを書いて全教科を70〜80点台におさめた。

 罪悪感。

 真面目に頑張って勉強して、自分の実力で受けたテストの点数に一喜一憂する経験はこの能力が消えない限り、出来ない。ろくな将来が待っていないだろうな、と暗い気持ちになる。


「さて…」

「桜野さん、どこ行くの」

 彼女にとって試験はどうだったのだろうか。古(いにしえ)より語り継がれてきた、"試験もなんにもない"はずのお化けの概念を覆す革命児かもしれない。

「無論、図書室でござる」

「試験は終わったよ」

「また冗談を、椿木殿。あの黒い本についてでござるよ」

 椿木どるの忘れっぽい性格は健在だった。あ、そっか…という具合で着いていった。

 珠美は、ちょっとだめみたいだ。どるの能力をすんなり受け入れている割に、オカルトは苦手らしい。あの不気味なテープの音声が夢に出そうだと言っていた。まあ、確かに。


 図書室は期末試験終了日という事で閑散としていた。解放感に背中を押され、念願のライトノベル・タイムを楽しむオタクな生徒が2人ほどいるだけだった。連れのようだが、向かい合ってそれぞれ別のライトノベルを読んでいる。楽しいのだろうか。

「む?」

 カウンターには、図書委員の高木香奈は居なかった。見慣れない別の生徒が居た。大人しそうな男子生徒だ。

「おや…高木殿はお休みでござるか」

「はい、高木さんは…2日程前に急に倒れて…入院しています」

 予想外の答えが返ってきた。

「入院…?」

「僕も見舞いに行ったんですが…」

「容態は」

「何でも、悪魔がどう、とか寝言ばかり言ってて。悪い夢でも見ているのか」

「悪魔…?」

 桜野の形相が変わった。ラーメンを食べたり世間話をしている時の顔とは違う、鬼のような…

「どこの病院でござるか!」

「O市民病院…」

「くそっ!迂闊!!!」

 物凄い勢いで図書室を飛び出した彼女を追うどるは思った。

(合戦に挑む時の、侍の顔かな…)


 星凛の駅からかなりはずれた場所、星凛高等学校からも徒歩、いやダッシュで行くにはかなり骨が折れる場所にO市民病院はある。

「桜野さん、さすがに走って行くのは」

「しかし椿木殿!この時代に馬は無いのでござろう!?駆け足で行くほかは…病院はどちらでござるか!」

「落ち着いて桜野さん、どうしたの」

「高木殿が危ないでござる!」

 冗談で言っているとは思えなかった。興奮のせいか、顔面を流れる血の量が増えている。傷口が開き、ドクドクと追加の血が噴き出しグロテスクそのものだった。

「馬…」

 どるはふと思いついた。

「馬ならあるよ、桜野さん」

 どるが目をやった場所はタクシー乗り場だった。一人だけ、若い男がタクシーを待っている。

 どると桜野は男の後ろに並んだ。と同時に。


「あーあ、残念だなあ」


 突然、どるが大袈裟に嘆き出した。

「椿木殿?どうかされたか」

「いやー、今日さあ、私の好きなバンドのCD買いに都心のトゥリー・レコード都心シカクビル店に行こうと思ってたんだけどね。改装で臨時休業なんだって。また明日出直そうかなって」

「この非常事態に何を…」

 その瞬間、前の男が突然ベンチを立ってどこかへ行ってしまった。

 間も無くしてタクシーが到着し、二人は乗り込み「O市民病院」と告げた。


「椿木殿、先程のは一体」

「あのタクシー乗り場、あんまりタクシーが来ない事で有名なのよね。あのお兄さんの後待ってたら多分30分は待ったんじゃあないかな」

「青年が都合良く去ってくれたが、運が良かったという事でござるか」

「ううん。"私がどかした"のよ。あのお兄さん、"トゥリーレコード都心シカクビル店"で"アレキサンドの極みウィンプス(バンド名)"店舗数量限定仕様新作CDを買いに行こうって思ってたのよ。だから一芝居打ったわけ」

「な、成る程!青年の心を読んで芝居をしていたわけでござるか!店が休業していると聞いたから、青年は行くのをやめた…見事でござる」

「まあ、お兄さんには悪い事しちゃったけどね」

(てか、私も本当なら買いに行きたかったんだけどさ…)


「お客さん、O市民病院ですね」

「そう、O市民病院」

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