第六十四頁 CATALOGUE 1
期末試験が近いという事で図書室はそこそこの数の生徒で賑わっていた。
この学校の図書室は大きい。他校を見た事はないけど、多分そんじょそこらよりも大きいんじゃないか、と思わせるくらいのサイズはあった。
来たのが早かったのも幸いし、まだ空席がチラホラある。椿木どる、丹後珠美、桜野あかね(偽名)の3人は荷物を置いて席についた。
「桜野さん、その…」
どるはやや目線を下に向け、とりあえず言っておくかといった口調で切り出した。
「どうかなされたか」
「刀…置かないの?」
どるは、着席してもなお桜野の腰に巻き付けられた刀と鞘が気になった。ボロボロの彼女の容姿には似つかわしくない、キラキラとした柄と鞘、"鉄"と書かれたケータイストラップ?のようなアクセサリー。これだけその辺のガチャガチャとか、100円ショップで手に入りそうだ。
「いや…まこと情けない話であるが、以前その辺に立てかけてらーめんを食していたら、何者かに盗まれてしまい…無事に取り返しはしたが、以来、肌身離さず持っておくことにしているのでござる」
桜野は何か大変な後悔をしているかのように、物憂げな顔で答えた。
図書室で日本刀盗む人なんていないと思うけど…
どると珠美はまずテスト範囲を確認する事にした。教科書を開きながら、先生が出る、出ないと言った部分を確認し合っている。
「ここは、出ないって先生言ってたよね」
「待って、担当あいつでしょ。たまに嘘つくじゃん、あいつ…」
「そうだっけ」
「…………」(きょろきょろ)
「そうだ、何なら今度あいつの頭覗いてみてよ。本当に出るのかどうか…」
「ええー。一番前の席とかならいいけどさあ。わざわざ近寄る用事が無いもんなあ」
「…………………」(きょろきょろ)
「どうしたの、桜野さん」
桜野は先程からずっと図書室中をきょろきょろと見回している。
「いや…」
珍しいのだろうか、戦国時代のお城にも図書というか、書物の部屋なんてのがありそうな気がするが。
「この部屋には、書物が多くあるのでござるか」
当たり前の事を聞く。
「そりゃあそうね。図書室だからね」
「あっははは!桜野さんは面白いなあ。気に入ったぞ!」
真実を知らない珠美は呑気に評価する。彼女も、桜野の頭の矢とか、顔面を流れ続ける血、ボロボロの服についてはノータッチだった。
これはどるの予測だが、自分は超能力者イコール普通ではない存在だから、同類の彼女を幽霊として認識するのだろうか。何とか同士は引かれ合う。はあ、幽霊と同類か。
次の瞬間、桜野はすっくと席を立ち…
「ちょいと、良いでござるか」
カウンターで読書にふける図書委員の女子に話しかけた。
「は、はいっ!何でござりましょうか」
突然の問い合せに、テンパッて若干喋り方が移っている。いかにも図書委員ですという感じの、メガネと三つ編み、おとなしそうだがどこか天然ぽさも感じられる女子だった。あらためて見るとこの学校って本当適当なアニメに出てきそうだな、とどるは思っていた。手には、何故か齧りかけのジャムパンを持っている。お昼それで足りるのかな。
図書委員が驚いたのは、あくまでジャムパンを食べる最中に突然声をかけられた事によるものであり、桜野の容姿を見ての事ではない。
「書物を探しているのでござる」
「あ、は、はいっ。どのような」
「…………」
沈黙。
聞いておいて沈黙とは武士の風上にもおけない失礼さ加減であるが、桜野は本当に分からないようであった。どるが駆け寄った。
「どうしたの」
「いや、かたじけない。書物を探しているのであるが…どのような書物か、よくよく考えれば分からぬのでござる」
「何わけの分からない事言ってるの…」
「た、タイトルとか、作者さんとか、出版社は…」
「タイトル?ああ、題名の事でござるな。分からぬ。著者も出版社も分からぬ…」
桜野は一体どうしてしまったのか。自分でも妙な質問をしている事は理解しているようで、ばつの悪そうな顔をしていた。
「ちょ、ちょっと、迷惑だよ桜野さん」
引き下げようとするどるを後目に図書委員はつづけた。
「うむ、そうでござるな。出直そう。まこと失礼致した」
「あ、あのっ!表紙のデザインはわかりますか?」
図書委員女史は引き止めた。天然っぽい雰囲気に似合わぬ、見上げた仕事魂である。プロの本屋だって、タイトルも著者も出版社も分からなければその時点でおとといきやがれだろう。それを表紙のデザインの情報だけで探そうとしているのか。
図書委員はカウンターを隔ててではあるがどるの半径2メートル以内に居た。かくしてどるは彼女の心を読む事ができたが、「何とか探してあげたい」という使命感で満たされていた。プロだ。プロの中のプロ。どるは感動したが、一体桜野は何を探しているのか気になるのは当然だった。
「表紙…そうだ。表紙は黒い。黒い表紙の本でござる」
これだ!という具合に桜野が笑顔で答える。
(そんなもん答えになるか!)
どるは心で絶叫した。表紙が黒い本がこの図書室に何冊あると思っているのか。
「タイトル、著者、出版社不詳…黒い表紙…う〜ん……」
図書委員は考え込んだ。もう無理しなくていいですよ、この迷惑オバケは私が責任持って連れて帰ります…
「こ、こっちです!」
と女史。
あるのかよ!
こういう時は意外と真面目に集中して勉強する珠美を差し置いて、どると桜野が案内されたのはあまり人の立ち寄らない、古い難しそうな本が並ぶ一角だった。窓の光も差し込まず薄暗い。
その中に、奇妙な空間があった。
真っ黒な本がギッシリ並んでいた。数十冊はある。大判だろうけど、背表紙には何も書いていない。やはり真っ黒だ。
「これは…」
桜野が気味の悪い本達をしげしげと見つめる。
「"黒い"以外に情報が無い本といえば、こ、これかな〜なんて…あ、あの、違ってたらごめんなさいっ!」
図書委員があたふたと取り繕った。
「何なのこれ…」
「分からないんですよ…私が入学して、図書委員になるよりずっと昔からあったみたいで…」
桜野が、真ん中あたりの1冊を手にとった。ズッシリとした、立派な布地のハードカバーだ。
「裏表紙に何か書いてるよ」
どるが気付いた箇所、裏表紙の下の方には、布地を彫るような形で小さく
-CATALOGUE-
とあった。
「かたろぐぇ?かたろぐえって何?」
「カタログ、ですねー」
うっ、とどるはまた自分の英語力の無さをかみしめる事になった。最後のE読まないの!?
「これがタイトルなのかどうかは分からないんですけど…図書室のデータベースには、とりあえずこれがタイトルとして登録されているんです。"読める文字がそれだけ"なんで…」
図書委員女史はカウンターの方にチラリと目をやり、言った。読める文字がこれだけ?どういう意味だろうか。
桜野は手にした本をパラパラとめくってみた。
「ひっ…」
とんでもないものが目に飛び込んできて、どるの背中に悪寒が走った。
文字、文字、文字。
本に文字が沢山書いてあるのは至極当然の事なのだが、その文字がおかしい。ページ中まんべんなく、一切の改行も無く敷き詰められていた。それだけではなく、どこの言葉なのか全く分からない。英語でもなければ中国語でもハングルでもなく、見慣れない文字だ。多分この世界中のどこかの国の文字だろう。ただ、どるには一切馴染みが無く、まるで"ヴォイニッチ手稿"の挿絵が無いバージョンのようだった。点と線の集合体、モノによっては人間の精子にも見える薄気味悪い字体がずっと連なっていた。モールス信号とも違っているようだ。
結局、読めるのは裏表紙の"CATALOGUE"のみだ。そういう事だったのか。
他の本も全部そうだ。1冊あたり数百ページのこの黒い本が、全部で78冊あった。
「ひょえー…なんでこんな本がいっぱい残ってるの…」
興味で覗き込んできた珠美も、さすがの奇妙な佇まいのシリーズ本には背筋が凍る思いだった。
「捨てるのも何か怖くて…あと、これを見てください」
おどおどしていた図書委員女史はほんの少し興奮気味だ。この本の事を誰かに話したかったのだろう。
女史が示したパソコンのモニタには、この本についてのデータベースが記載されていた。
¥67,800-
「た、高っ!?」
「一冊?一冊の値段が?」
「一冊です」
一桁間違えているとしか思えない、いくらなんでも法外な値段に一同は絶句した。
ただ一人、桜野だけがピンと来なかった。
「これは高いのでござるか」
どるは思いついて例えてみた。
「らーめん並、100杯分ね」
「………」
桜野は事の重大さを理解したようだ。
「あのさ」
珠美がまた割って入った。
「これ」
彼女の手には、一本の古いカセットテープがあった。
「一番最後の巻の中に、入ってたんだけど」
テープには、"KEY”とだけ書いていた。
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