第四十九頁 なんとも言えない町中でわびしい有名人に会った事があるかい?

「うううう宇宙人系アイドルの亀ノ内シャングリらいふちゃん!?本物!?マジで!?かかかか顔ちっちゃ!髪もサラサラだ!うわあああー!!かわいいー!!」

 さすが、流行に敏感な丹後珠美は彼女の事はよく知っていた。ここ最近テレビや雑誌でしょっちゅう見る。カインも芸能人は少し知っていたので、へえー…という顔で彼女を見ているが、白衣にスクール水着風のレオタードというステージ上そのままの姿をしているので、少々目のやり場に困った。

 逆に、彼女の親友である椿木どるはあまりピンと来なかった。何故ならどうしてもこのアイドルについては、「敢えて奇を衒ってアングラ方面にも振り向いてもらえるようにしました」といった雰囲気があったので、チェックはしなくていいか、という気持ちがあったからだった。私は、作られたアングラには騙されない。アングラとはもっとその人の生い立ち、私生活、これまで受けた影響が色濃く出てこそなのだ…この子の個性は、所詮は事務所が作ったものに過ぎない!という謎の拘りがどるにはあった。


「らいふちゃん。ひ、久しぶり…!」

「サシ」

 らいふは表情を変えずサシの方を向いた。サシは嬉しかった。この前は色々偶然が重なって会えたに過ぎなかったから、彼女にはもう会えないだろうと思っていたし、"友達"と言ってくれたのもアイドルならではのリップサービスだろうなと思っていた。彼女だって今をときめく芸能人だ。こんな辺鄙な住宅街に住む妖怪なんかにいちいち構う暇なんてないと、再会は諦めていた。しかも名前も覚えてくれている。

「この前。ありがとう」

 らいふは深々とお辞儀をした。

「覚えたから。地球の、にっぽんのお礼」

「え、何々?君、らいふちゃんと知り合いなの!?」

 珠美がいそいそと割って入った。

「助けてくれた」

「え?」

 うわーおしゃべりしちゃった!という興奮はさておき、珠美はハッとした。

「も、もしかしてこの前の誘拐事件で、らいふちゃんを助けた人って…」

「ん」

 らいふはサシをまっすぐ指差した。

「こ、この子がそうなの!?うっそーー!!わ、わ、私は今とんでもなく凄い現場に遭遇しているのでは…!つ、呟いていい?SNSに書いてもいい!?」


「すみませんが、それはご勘弁ください」


 珠美の行動を制しながら、らいふの背後から一人の青年が現れた。スラリとした細身のスーツに整った髪、キリッとしたキザったらしい眼鏡が凛々しい好青年だった。

「こ、この人…!」

 珠美は見覚えがあった。らいふが誘拐された際、責任がどうのこうので槍玉に挙げられていたマネージャー、嘉門レイだ。

「やれやれ、意図せず僕も変に有名になってしまったってわけか…」

 嘉門はクイッと中指で眼鏡の蝶番を上げ、愚痴のような独り言を述べた。

「って、探したよらいふちゃん。すぐ一人でどっか行ってまた攫われたらどうすんの…コホン…さて、サシさんと言いましたか。ご本人ですね?私、亀ノ内・シャングリ・らいふのマネージャーを務めております、嘉門レイと申します」

「は、はひっ」

 嘉門は丁寧に名刺を差し出した。サシはわたわたとそれを受け取り、突然の指名に情けない、変な返事が出た。

 名刺には、確かにらいふが所属するプロダクション名と嘉門レイの名前が表記されていた。CDのクレジットにも表記されていたので、プロダクション名にも見覚えがある。

「事務所まで来てもらえますか。遅くなりましたが…彼女を助けてくれたお礼をさせて頂きたい」

「え、ええっ!?」

 サシはピンと身体と尻尾を硬直させ驚きの反応を見せた。

「お、お礼だなんてそんな…」

「いえ。彼女が今も事件前と変わらないスタンス、人気で芸能活動をしていられるのもあなたのおかげです。是非ともお礼を。おっと失礼…見た所あなたも亀ノ内と同様に未成年。保護者の方は…」

 嘉門は目線を上げて街田の方を見た。この場にいる成人は街田康助と悪魔のカイン、ただカインは若く身なりもちょっとおかしい。消去法で街田だと推測した。

「ご一緒に来ていただけますか」

 街田はまた面倒事に巻き込まれるのは嫌だし気乗りしなかったが、サシを一人で行かせる方が不安だ。仕方ない、と合意した。

「しかし何があるか分からんからな。カイン、お前も一応…」

「すんません街田さん。嫌っす」

「………」

 妙にきっぱりと断るカインに、街田とサシは少々違和感を覚えた。

「あ、いやその…バイトあるんで…」

 よそよそしく弁解するカインの横から、ちゃっかり"サーチライト"を発動させた椿木どるが口を挟んだ。

「あ、あの街田先生。この人特に変な事とか、考えてませんよ。ほんとにお礼がしたいって思ってま…思ってらっしゃいます。事務所の面子というか形式…もががっ!」

 珠美は、「あほ、一言多い」と耳打ちしながら椿木どるの口を塞いだ。

 街田も、人の心が読める超能力者・どるのいう事なら信じても良いかと判断し、事務所まで行く事にした。

「で、でも、いいなあ…いや私ただのファンに過ぎないんだけどさあ…さ、サインだけでも…」

 珠美はもじもじと手帳をペン取り出す。

「ん」

「ほら行くよらいふちゃん。車に…」

 顔は無愛想ながらどんなアイドルよりもファンサービスのいいらいふは、嘉門を無視して珠美が差し出した手帳にサラサラとサインを書いた。名前なのか何なのか分からないフニャフニャした謎の幾何学体なのだが、珠美は感動で泣いて喜んだ。

 街田とサシは、嘉門の運転する車に乗り込んだ。


 残された椿木どる、丹後珠美、そして悪魔カイン。感動でホワホワになり、マネージャーのあの人も実物で見るとカッコよかったよねーとはしゃぐ珠美はともかく、どるとカインはそれぞれ妙な違和感を覚えながら立ち尽くしていた。


 カインは生まれてこの方、他人に対して"嫌い"という感情を持つ事がまずなかった。ちょっと苦手だとか、何か悪い事をした相手に対して許さないなどはあったが、心底からその人そのものが嫌いだと思う事はなかった。ましてや今会ったばかりで、会話もろくに交わしていない人間に対して。まさに直感に近かった。アイドルのらいふは別にいい。ただ、あのマネージャーの男を自分は何故か嫌いだと思った。

 自分も人間界に馴染んできて、人間っぽくなってきたのだろうか、と言い聞かせるようにしてみた。


 どるは…一瞬だけあのアイドルの心を読んだのだが、彼女の生い立ちも、今彼女が何を考えているのかも全く分からなかった。それこそ珠美がもらったサインのような、フニャフニャした幾何学的な何かで彼女の頭の中は埋まっていた。

 直接的には分からなかったが、もしかして亀ノ内・シャングリ・らいふはキャラ作りでもなく、本当に宇宙人なんだろうか。妖怪や悪魔がいるんだから不思議ではないかもしれない…そう思うとちょっとワクワクする。

(こんな能力要らないって思った事沢山あるけど…まんざらでもないかも。私の時代、到来!ってやつ…かな?)


 トップアイドルのマネージャーが運転する割には庶民的な、どこにでもある安物の乗用車は星凛町から都心へ向かう高速道路の入口に向かって走っていき、やがて見えなくなった。


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