第四十八頁 暴いておやりよ椿木どる 5

「あ…あんた、家まで行ったの!?」

「あー、うん、まあ」

「やめときなって言ったでしょー。迷惑だったんじゃないの!?プライバシー侵害じゃん、それ。能力を悪用すんなって言ってるでしょ」

 人の心を読める超能力者、椿木どる。その親友・丹後珠美は怒っている。親友が能力を使ってファンの作家の家に押しかけたのだ。彼女を思う友人なら怒って当然だろう。ただ…

「で、どうだったのよ。サインもらった?」

 やっぱりね。珠美は怒っちゃいるけど内心興味がある。どるにとっては手に取るように分かる事だし、珠美自身もそれを読まれたから何だと普段から思っている。

「あー、うん、いい人…だったよ」

「………」

「あたたたた!!」

 いきなり珠美がどるの耳をつねり上げた。

「隠し事は無し、て言ってるでしょ。私は人の心なんて読めないんだから」

「ちょ、ちょっと変わった人過ぎて、サインだけ貰って帰っちゃった。さ、作品だけでいいかなあ、私は」

 人の心、情報を読み取る"サーチライト"という能力。

 人生を生きる上で椿木どるのこの能力は一見無敵であり、使う人間によっては社会で大成功できる。気に入らない人間を陥れる事も、詐欺を働く事も簡単だ。しかし、使い手が悪かった。この椿木どるという女子高生、嘘をつく事が究極に下手だった。隠し事をしている事がすぐ顔や雰囲気に出る。どるは度々、人の心を読んだ後にその"人の心を読んだという事実"を隠す努力をするのに骨が折れた。さすがに自身の能力を具体的に明かす事は珠美以外にはしないが、何となく心を見透かしているようなどるの態度は周りの嫌悪感を買い、クラスメイトをはじめ多くの友人が離れて行った。

 丹後珠美はそんな椿木どるを気味悪く思うどころか、面白いと思った。珠美は昔から思った事は言う、隠し事はしないということを信条として生きてきた。多少敵も作る事はあるが、それ以上に人が寄ってくる。裏表のない性格はまだ10代の友人達にとっては彼女は輝いて見えた。

 そんな彼女だから、どると居ても苦痛は全く無いし、何より話が面白い。どるは流行には疎かったが、普通の大衆は見向きもしないようなアングラというか、サブカルチャーの世界に詳しかった。まだ無名なインディーズ・バンドとか、少年少女漫画とは程遠い何だか訳のわからない漫画とか映画、そして小説。珠美は中学まで流行の音楽とかファッションを友達と追いかけていたから、どるから聞くどんな話も斬新で面白いと思った。

 珠美は、街田康助の家で何かあったんだな、と察した。でもこうやって元気に登校はしてるんだから、何か酷い事をされたとかではなさそうだ。おおかた、想像していたのと大きく違ってた、かっこいいだろうと思ってたら冴えないオジサンだった、とかそういった所だろう。よくある事だ。


 ただ、どるはさすがに珠美にも、あの日あった事は言えなかった。


「はは、ありがとね珠美…ああでも、先生は冴えないオジサンではないよ。これは本当」

「そっか」

 街田先生のある過去を見ようとしたら彼が豹変した事。彼に憑いている犬の霊が彼を止めた事。

 そして少し覗いてしまった、彼が過去に3人の人物を殺している事。

 これについては彼の意識の中にある"何か"に邪魔をされて、「3人を殺したという事実」以外は分からなかった。こんな事は初めてだった。

 ここからはどるも珍しく推理をするしかなかったが、そもそも3人も人を殺して、数年後すぐに小説家として世に出られるものだろうか。そんなに甘い世の中ではない。異性関係のスキャンダルとか、百歩譲ってクスリで捕まったとかでは復帰もなくも無い。しかし殺人はさすがに無いだろう。街田康助は法的には罪に問われていないはずで、色々あって結果的に人を死に至らしめる形になったとか、正当防衛だったとか。何かしらの理由があるはずに違いない。

 そう考えると、どるの中の街田康助へのモヤモヤした警戒心は薄れ、自分の能力ですら読み取れない神秘的な過去を持つ人、としてますます魅力が高まっていった。彼はきっと、そんな過去を拭い去るために執筆活動をしているし、偏屈な性格だってそういう所から来ている。か、かっこいいじゃない?


「んでんで、どんな人なの?イケメン?」

 珠美が本来のテンションを取り戻し、興味津々にどるに訊いた。

「イケメンって…そうだなあ、着流しで、髪が長くて眼鏡で、まさに文豪!って感じの」

「そんな漫画みたいな小説家いるの?」

「いるよ、ほら!丁度あんな感じ」

 どるが指差した先には、着流し長髪眼鏡の文豪。猫耳黒ワンピースの妖怪。おまけに不自然に髪が逆立った悪魔がいた。

「ひえっ!?」

 街田先生だ、と瞬間で気付き思わず悲鳴をあげた。サシちゃんもいるし、あのトゲトゲ頭は…実際会うのは初めてだが悪魔のカインだ。街田先生の情報の中で間違いなく見た。

「うっ、椿木どる…だったか」

「フーーーーッ!!!」

「え!この子が?街田さんが言ってた超能力者っすか!?」

 構える文豪、威嚇する妖怪、なんか興味津々の悪魔。種族もリアクションもそれぞれの、星凛の街角に奇妙な対峙があった。

「ど、どうもー…」

 どるが無理に笑顔を作って会釈するより先に、妖怪サシはとっさに2メートル以上の距離を取った。

 心を読まなくとも、うわ〜嫌われちゃってるなあと悟ったのは致し方ない。

「あ、あの、先日はもーしわけございませんでしたっ!」

 すっかり反省したどるはまた深々とお辞儀をする。全く何をやったのか、と珠美は苦笑いをして、うちのどるがご迷惑おかけしました、と謝った。

「わっ!!」

 顔をあげたどるの顔を、悪魔のカインが覗き込んでいた。その距離ゆうに2メートル、いや1メートル以内。間近で見るとど迫力だ。

「あのー、俺の情報って読み取れるんすか!?ちょっとやってみてくれないっすか!」

 突然の出来事にどるは焦ったが、自動的にカインの情報が脳内に入り込んできた。

 しかし。なんとなく闇がかっていて、モヤッとしている。

 読めない事はないが、まるでパソコンのモニターにノイズがかかって見辛くなっているかのように、かろうじて読めるという具合だった。本来、悪魔の心など読む事はできないはずなのだが、カインの場合は人間界に嫌という程馴染んでいるので例外と言った所だろうか。

「い、いいんですか」

「どーぞどーぞ!」

「…カイン、悪魔。えー…5万21歳。あまりの性格の良さ故に魔界で落ちこぼれ認定を受け、人間界で修行中。えーと…さんさんハウス星凛駅前店でアルバイトをしており、その際は麦竹という苗字を名乗っている。魔方陣を使っての魔術が使える…技名、空間移動のハリー・アップ・モード、有機物だけ燃やすイーヴィル・フラワー、物や人を探索するトゥ・サーチ…ええと、なお、この技名はバイト中に自分で考えた…甘いものが好きで、キャンディとチョコレートは特に好物…ちょっと方向音痴で、魔界でもどこだ、どっちだと慌てている姿が目撃され…」

 モヤがかった情報をなんとか読み取り、朗読するどる。

「おおお〜〜すげーっす!全部合ってるっすよ!あははは!」

「所々情けない気がするが…お前5万21歳だったのか。まあ面白い能力だとは思うがね。小生もこれが使えたら作品のネタには困らんだろう。もっともリアルでは下らないから、めちゃめちゃに脚色してやるがね」

 どるは面喰らったような顔でカインと街田を交互に見つめた。カインもそうだが、あんな迷惑をかけた街田までこんな反応をするとは予想外だった。大体の人は気味悪がるか怒るだろうと思っていたのに、この2人は楽しんでいる。珠美だけでは無かったのか。サシは相変わらず警戒しており、ウーと唸っているのだが。

「どうしたのよ、どる…泣いてる?」

「い、いや別に……」

 どるは慌てて目をごしごしやった。


 街田は、まあここまで来れば人の心を読める奴だって居るだろうな、と思ってしまうのが癪だった。慣れは、怖い。


「あのー」


 そこへ一人の少女が現れた。

 サシはハッとした。

 奇抜な衣装と鮮やかな銀色のロングヘアーのこの少女に見覚えがある…。

 どころでは無い。


「らいふちゃん!?」

「サシちゃん」


 突然の有名人の登場に場は騒然となった。

 少女は相変わらずの無表情で一同を見つめていた。

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