第二十三頁 パンク作家と模型店 2

 一瞬の出来事であった。ガガの身体がすごいスピードで細かく空中分解し、"プラモデルになってしまった"。何を言っているか分からないと思うがそのままだ。バラバラになって内部の内臓や骨格…彼女の場合は部品…まで出てきたのに、血やその他の液体などは一滴も出なかった。とにかくガガは一瞬にしてプラモデルになり、ご丁寧にパッケージングまで完了していた。

「ああー。そっちの赤い子が持ってた商品ね。その子、あのベースギターを壊して捨てちゃったんだなあ。さっき聞いてたよ。そんな事しちゃあいけないよね。楽器が可哀想だなあ。いらないなら、お店に売るだとか、誰かにあげるとかして処分しないと。そしたらさ、他の誰かがまた使うわけだし、役割は死なないよねェ」

 初老の男、模型店「プラ・モデル」の主人はありゃりゃ、という感じで解説する。特にプラモデル化したガガを覗き込むでもなく、元の椅子に脚を組んで座った状態のままでいる。

「まさか…ここに売ってる商品は皆…」

「え?ああうん、そうそう。ぜーんぶこの星凛町でみんなが無駄に捨てちゃった"物"だよ。まだ使えるのに捨てちゃった物。ちょっと機種が古くなっただけの冷蔵庫とか、パラ見しかしてない雑誌とかさ。彼らはみーんな、プラモデルの姿になって"次の持ち主"を待ってるんだ。ああ勿体無い勿体無い」

「ガガはどうなったんだ?」

「ガガ?ああ、赤い子ね。ここの九十九プラモはね、次に誰かが買って組立ててくれるかもっていう希望と一緒に、自分を捨てた奴は許さないぞーっていうね、怨念みたいなモンも持ってるわけ。みーんなね。だから元の持ち主が自分が捨てた物のプラモに触れると…道連れにされちゃう。一緒にプラモになっちゃうのよ。そっちの棚見てみてくれる?」

 街田がレジ向かって左側の奥の一角の棚を見ると、また大量のプラモデルの箱が積み上がっていた。しかし箱のパッケージに写っているものは物ではない。すべて人間で顔写真と名前が丁寧に記載されている。特に有名でもない一般人ばかりのようだった。これは店主が言うように、すべてガガ同様、ここのプラモデルに触れて「道連れ」にされた元の持ち主達だった。

 概要を理解した街田はサシに向かって注意した。

「サシ、この店の商品に触れるなよ」

「先生」

 サシはなぜか涙声で街田を呼んだ。

「私…その……う、ううぅっ…」

「まさかお前」

 目に涙を浮かべて街田を見つめるサシの手には一箱のプラモデル。タイトルは…「グミチョコパインジュース 賞味期限切れ」。

「ご、ごめんなさい…ごめんなさいっっっ…」

 サシの身体にピリピリと線が入る。

「あ、いっっ嫌、いやああああああああああああ!!!!!」

「お前なんだそりゃあああああああ!!!」

 二人がそれぞれ絶叫した途端、サシの身体はガガ同様バラバラになった。手足、頭部が分離し、前後に切断され骨や内臓がバラバラと分解される。耳や尻尾もしっかり外れ、部品のひとつとしてキチンとカスタマイズされた。縮小してフレームにかっちり収まり、あっという間に"1/8 SASHI"の出来上がりだった。「グミチョコパインジュース 賞味期限切れ」というふざけているにも程があるプラモデルと並んでコトンと床に落ちる。

「うーん、良くない!ジュースは賞味期限内にちゃんと飲まないとね。そういうのもあるからね、ここには」

 共に店に入った二人が一瞬にしてプラモデルになり、店には店主と街田のみになってしまった。何ともバカバカしいが恐ろしい店だ。サシは、ついでにガガはもう元に戻らないのだろうか。

「あ、そうそう。二人は別に死んじゃいないよ。ちゃあんとね、プラモデルとして生きているんだよね。第三者がきれーいに組み立ててあげれば、元の元気な姿に戻るんだよ。親切システムだね」

「神だか何だか知らんがゴタゴタと説明ばかりしている暇があったらさっさと二人を元に戻せ。お前がだ、店主の旦那よ」

 街田が店主を指差した。眼鏡の奥の目は店主を鋭く睨みつける。

「いやいや、勘違いしてもらっちゃ困るんだよねェ。これ、別に僕がやってんじゃないんだよね。みーんなそれぞれ九十九神達の意思でこうなってんの。僕はね、あくまで彼らを管理して場所を作ってあげるだけの役割だから、僕がどうこうできる事じゃないんだよね。説明くらいはこうやってしてあげるんだけど。僕は君らの敵じゃないよ。その辺は何卒よろしくね」

 僕は悪くないよ、という様子で店主は淡々と説明してみせる。どうも嘘をついているような雰囲気でもなかったし、自分から何か仕掛けてくるという訳でもなさそうだった。

 街田は比較的物持ちの良い方であり、古くなったからといってすぐに物を捨てるような性格ではなかったが…サシのような例を見てしまうと分からない。賞味期限切れで食べ物を捨ててしまった事など長年生きてればあったかもしれない。雑誌や新聞だって興味のある記事だけで、満遍なく隅々まで読んだりなどしない。どんな物がこの棚で、街田が触れるのを待っているか分かったものではなかった。街田はなるべく棚から距離をとって、どんな商品にも触らないようにした。

「組み立てれば元に戻ると言ったな」

 街田は店主に確認した。

「そうだよお。第三者が組み立ててやればいい。それこそ普通のプラモデルを丁寧に組み立てる感じでね。でもね、ちゃーんと綺麗に組み立てなきゃいけないよ。あー、ハサミとかヤスリはここにあるからね。使っていいよ。あとさっきも言ったけど僕は対象外ね。僕が組み立てる事はできないよ」

 店主はレジ机の引き出しからハサミ、ヤスリ、接着剤を取り出して前に並べた。何の変哲もない、その辺に売っているものだ。接着剤は有名模型ブランド「キリショー」のもの。ラベルには特徴的な星マークが並んでいた。

 街田は正直な所を言うと自信がなかった。彼は手先が器用ではない。ましてや模型を組み立てるなどほとんどやった事がないし、やる必要が無かった。この店主を脅してやらせる事も考えたがルール違反のようだ。

 やるしかないのか。街田は足下の"1/8 SASHI"のプラモデルを拾い上げ、机に置き、来客用の椅子に腰掛けた。店主は呑気に欠伸をしている。なめやがって、こいつの仕業ではないにしてもいけすかない野郎だ。

 箱を開けると、約10枚ほどの大小のプラスチックフレームが入っており、サシの身体の各パーツがくっつけられていた。顔はそっくりだったし、耳や尻尾の毛の質感なども驚くほど精巧に出来ていた。塗装フリー式なのか色も細かくつけられており、丁寧に組立説明書まで入っている。

 まずはこのパーツをフレームから切り取る事だ。まずはサシの頭の部分、フレームとパーツを繋ぐ部分を店主が用意した小型のハサミでそっと切っていく。

 パチン。ハサミは少し行き過ぎてしまった。サシの、躍ねた髪の毛をバッサリいってしまった。

「気をつけてねェ。もしハサミでパーツ自体を傷つけると、完成した時の本人の身体に影響しちゃうよ」

「………」

 やはりか。髪の毛でまだ助かったが、もしこれが腕やら足だったらどうなっていた事か。しかしパーツをフレームから外すだけでこの体たらくでは先が思いやられた。何度も言うが街田は決して手先が器用ではない。早くも街田の額には汗が浮かんでいた。

 パチン、パチンと集中してフレームからパーツを切り取っていく。まずは全てのフレームからパーツを予め切り取っておく事にする。服は万一切ってしまっても身体には影響はないと思われるので少し気が休まった。

 パーツを切り取り終わると次はヤスリがけだ。フレームからパーツを外したとしても、フレームとパーツを繋ぐブリッジの"バリ"がパーツ側に残る。これは神経に悪い作業だ。ヤスリだってもし行き過ぎてしまえば、顔や手などのパーツなら皮膚を削いでしまう。街田は細心の注意を払いながら丁寧に丁寧にヤスリを使ってバリを落としていった。

 20分ほど経っただろうか。ようやく全てのパーツのバリは落とされた。しかし恐ろしいのは尻尾。精巧に出来ているがゆえに、少しでも力を加えるとポキリといきそうな細さでできていた。こいつが犬やタヌキならこんな事は無かったが、猫だという事が災いしている。街田の顔には汗がダラダラと流れ、呼吸も荒くなっていた。店主は街田に目もくれず、呑気に新聞を読んでいる。

 次は接着剤で順にパーツを組み立てていく作業を開始する。説明書1ページ目は頭部。奇妙にもこのプラモデルは骨格までもが再現されており、まずは髑髏を組み合わせその上に目玉や顔や頭のパーツを被せていくという趣味の悪いものだった。

 頭部の骨格が完成し、次は顔のパーツだ。サシの顔は無表情だったが、なんで私がこんな目に…という情けない悲しみの表情にも見えた。サシでこれなのだから、身体の造りがより複雑であろうガガはもう諦めるしかないだろう。あいつは危険な奴だし、運が悪いと思ってもらうしかない。

 接着剤の蓋は硬かった。接着剤が入口で固まってしまうのでよくある現象ではあるが…本体を片手で机に固定し、もう片方の手で力を込めてやっと開けたその瞬間。

 ゴトン!!

 街田はうっかりキリショーの接着剤の瓶を倒してしまった。中からトクトクと流れ出す透明の接着剤が流れた先はサシのパーツ、まさに顔。鼻と口が接着剤で塞がれる形になってしまった。

「しまった……」

 慌てて着流しの袖で拭き取ろうとするが、さすが強力なだけあってすでに固まってしまった。カリカリと爪で剥がそうとするが上手くいかない。

 街田は恐ろしい事に気付いた。さっきまで鮮やかな肌色であったサシの顔パーツが、青白く変色しているように見えた。まさか。

「あーあー可哀想に。プラモデルだって生きてるんだからね」

 チラリと様子を見て、接着剤に気付いた店主が口を出した。

「やはり……そういう事なのか」

「察しがいいねえ。プラモデルも人間や生き物がモデルだったら"呼吸"をしているんだよね。それをさあ、接着剤で塞いじゃったら…わかるよねえ〜。フ、フフ、フルヘッへッへへへ!!」

 店主はこりゃ傑作、という感じで妙な高笑いを上げた。サシの顔はみるみる青くなり、側に転がる目玉のパーツは黒目がくすんで光が失われていた。非常にまずい。サシが窒息して死んでしまう。もしこの接着剤の塊をヤスリで落とそうとも、鼻や唇を削ぎ落としてしまうだろう。何より既に街田の手は緊張で震えており、とても精密な作業が出来る状態ではなかった。

「組み立てれば復活するとは言っても簡単ではないのだよねえ。プロのモデラーでも連れてくれば話は別だけどね、もし仮に君にそんな知り合いが居てもここに連れてくるまでに猫ちゃんが持つとは思えないねえ」


 そこまで言って、店主からマイペースで呑気な表情が消えた。


「物を大事にしないってのはねえ。君らが思ってる以上にでえぇええっかい罪なんだよ。その子らは報いを受けたんだ。そうそう簡単に元に戻れるなんてなァ、甘い話は無いんだよ!!!!この馬の骨どもがァ!!!!」

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