第二十二頁 パンク作家と模型店 1

 星凛の駅には西側・東側の出口があり、それぞれに商店街がひとつずつある。ひとつは西側、お洒落なスーパーマーケット「ファンタジー」がある栄えた商店街。もうひとつは喫茶「ケラ」があるロータリー側。しかしこちら側は開けたロータリーの真ん前にある割には少々寂れていた。老人がやっている古い文房具屋、やってるのかやってないのか分からない小さな居酒屋などが立ち並び、人通りも多いとはとても言えない。

 そんな辺鄙な商店街を闊歩する3人組。小説家の街田康助。彼の家に住み着く妖怪サシ。近所のライブハウスのスタッフである松戸ガガ。3人が向かう先はこの商店街を抜けた場所にあるという星凛唯一の模型店であった。単純に、サシがプラモデルに興味を持ち、調べるとここに模型店があるという事が判明したので行こうという流れだ。

 街田は手先が器用ではないしそもそも模型などに興味は無かったので、サシだけ置いて帰ろうと思ったがそうも行かなかった。この前はお遣いに行かせたら変な改造人間の女に家に連れ込まれアブない事をされそうになっていたし、今まさにその超本人…松戸ガガという女…がここにいる。悪魔だが気が弱く人畜無害なカインと違いこいつは危険だ。サシに平手打ちを喰らい叱責され、改心した様子ではあるがまだ何をしでかすかという不安もあった。こいつは妖怪や悪魔に比べると一応人間側ではあるが、いやはや恐ろしいのはいつだって人間である。街田も人間の狂気的な部分を作品のテーマにしているが、皮肉にもこれでまた自信が持てた。

 寂しい商店街を抜けると、一軒の模型店が目に付いた。全く目立たない、色褪せた地味な看板に「模型 ホビーの店 プラ・モデル」とロゴがある。

「こんな所に模型店があったのか…プラモデルって名前の模型屋なのか?」

 たまにここを通る事はあったが、こんな店がある事を街田は全く意識していなかった。しかし本当に地味で目立たない、商売をする気はあるのかと問いたくなるようなヒッソリ具合だ。しかも不自然にも、ショーウィンドウが無い。模型の店といえば、戦艦だとかロボットだとかの模型の完成品が店頭ショーウィンドウに飾られていて目を引くようになっているのが大抵のパターンだが、この店はそれもなく、無愛想にシャッターの閉まった窓があるだけだ。入口、白いすりガラスのドアには"OPEN"と札がかかっており、中も明かりがついているので営業はしているようだった。

「見るだけ見たらさっさと帰るぞ」

「分かってますよ〜」

「ワクワクすんなぁ〜!あたしもモノづくりの化身みたいなもんじゃん?シンパシー感じるよな〜」

 わけのわからない事を言う仮面ライダーは無視して一行は入店する。

 店内はやたらと狭く、人の背よりも高い商品棚が人一人がやっと通れるスペースを作りながら並んでいた。

「へぇ〜…凄い数のプラモデルですねえ」

 サシは感心しながらどんどん進む。

「あれ?店員いねーのかな。あたしの目のレーダーに生体反応が無いぜ」

 侵入作戦でもないのにガガは何を発動させているのか。しかし確かに店員が居るような気配はなく、奥にあるであろうレジも棚のジャングルに隠れてよく見えない。


「しかしなんだこれは。模型とはこういうものが主流なのか」

「んん……?」

 街田とサシが視線を落とした先には、「車」「バイク」などのよくある模型に混じって、「机」「タンス」「ゲーム機」「ぬいぐるみ」「雑誌」「ギター」「扇風機」「冷蔵庫」といった、やたらと細かく生活の、身の回りにあるものを象ったプラモデルの箱が積み重なっていた。

「なんだーこりゃ?机とか冷蔵庫は分からんでもないけど、ぬいぐるみとか雑誌って何なんだよ。雑誌のプラモデル??プラモデルなのそれ?」

「メーカー名も書いてませんね」

 しかも奇妙な事に、どれも1個ずつしかない。普通同じ商品を複数ずつ並べて置いているものだが、様々な種類の箱が1種類ずつ、無造作に積まれていた。「机」の上に「車」、その上には「雑誌」と規則性もない。サシの言う通りメーカー名もなく、完成品でもないイメージ写真が箱に印刷されているのみであった。

「へえーこんなのもあんの!?」

 ガガが手に取った箱は「ベースギター」。独特なモデルの造形で、楽器そのもののメーカー名と型番までもがしっかり記載されていた。

「驚いたぜ!これ、あたしがちょっと前に持ってたベースだ…しっくりこないからライブでぶっ壊して捨てちゃったんだけどさ、これ超マイナーなモデルなんだよな。信じ難いけどプラモになってたのかこれ…」


「ふぅーー……どこの馬の骨かなあ」

 突然、奥から気だるげな男の声が聞こえてきた。3人はびっくりして奥に目をやる。

 敷き詰められた商品棚の向こうにはレジらしきカウンターがあり、店員と思わしき初老の男が脚を組んで座っていた。短髪に背広という紳士的な出で立ちの男だった。ガガが言った通り全く気配は感じられなかったのに、まるで元々そこに居たかのように座っていた。

「ゲームゲームのこのご時世にプラモデルとは嬉しいねえー。最近のゲームはお金を払うと強くなれるらしいじゃない。ナンセンスだねえー。あー僕はここの店主だからね。ゆっくり見ていってね」

 態度や口調からもアンニュイな雰囲気を醸し出す不思議な男だった。やる気があるのか無いのか、元々こういう人なのか、とても客商売とは思えない異様さがあった。

「そっちの猫ちゃんは妖怪だねえ。人間と一緒とは珍しい。仲良くするのはいい事だよねェー」

 えっ!と驚きを隠せないサシ。自分を最初から妖怪と認識する者は大概何かしら異質なもののはず。…このお姉さんとか。

「そっちの赤い髪の娘さんは…ああー、親からもらった体は大事にしなくちゃあいかんよぉー。眼鏡の君は…犬が憑いてるねえ。へぇー」

 ガガが改造人間である事、更には街田が犬憑きである事も容易く見抜いたかのようだった。しかも特に珍しくもないといった不自然な雰囲気に3人は身構えた。この男、只者ではない。

「お、おじさんは…?」

 サシが切り出した。こんな時天然が居ると話を進めるのがスムーズで良い。

「あー僕はね、神。しがない神。神の中でも下級の九十九(つくも)神だよ。ああ正確にはね、九十九神達をまとめてあげる神だねェ」

 あっさり正体を明かす神という男。九十九神とは、長年使われなかったり、役割を全うしない内に捨てられたりした「物」に宿る神である。有名な絵巻にも登場する「百鬼夜行」の大部分を占める存在でもあり、昔の人々はこれを恐れて物を大事にした。


「あ……あれ?あ…ああっ!あっ!」

 突然ガガは身体の異変に気付いた。何かが内側から張り裂けるような感触。痛みはないがこれは…と思ったと同時に、ガガの身体はバラバラに分解し出した。生身ではなく取り外し可能な腕、膝から下の足、首が胴体から離れ、衣服も不自然に外れていく。次にバラバラになった各部分が前後にスッパリ分かれ、生身の内臓と複雑に絡み合う機械の動力回路、頭部に至っては脳やそこから伸びたチタン製のチューブが断面図のように剥き出しになる。更にはその内部までもが細かく分解されていった。

「な、何!?あああ!ぎゃあああああああーーーーーーッッッッッッッッ!!!」

 断末魔と共にバラバラに分かれた彼女のパーツはみるみる小さくなり、どこからか出現したプラスチックの四角いフレームにキッチリと並んで一体化し、ひとつの箱に全てが収まった。

 箱の蓋面には、ガガの顔写真と「1/8 GAGA MATSUDO」とタイトルが印字されていた。箱は先ほどガガが手にした「ベースギター」のプラモデルの隣にゴトリと落ちた。なんという事だ。ガガが一瞬にしてプラモデルになってしまった。

「お、お前…こいつに何をした!?」

 問いただす街田を無視して店主は一言主張した。

「プラ・モデル。このお店の名前ねー。プラ、と、モデル、の間に"・"をお忘れなく」

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