第十八頁 パンク作家とライブハウス 4
赤髪の派手な女の名は松戸ガガ。3年ほど前からライブハウス「ヒューマニティ」のスタッフをやっているらしい。元々は地元の年輩の社会人バンドがたまに集まる社交場のようになっていたが、ガガが来てからは彼女の趣味的なロック、パンク、ハードコア系統のバンドも集まるようになり、若者の出入りが増えた。しかしながら元々の社交場的な役割も崩さず、年輩と若い世代のバンドや音楽ファンが上手く繋がれる空間を創り上げたのは彼女の業績だった。
コツは、最低限マナーには気をつける事。ライブハウス前にたむろする事もそうだが、ハコ内での喧嘩やら、他人を巻き込むほどの危険行為(自爆はご勝手に)、酒類が原因の迷惑行為などは全てガガが一喝し、沈めてきた。それさえ守れば後は自由に楽しめばいい。それが彼女の信条であり、怖い女のスタッフがいるという噂とは裏腹に出入りする人間はどんどん増えつつあった。
「入って入って。気をつけてな、階段けっこう急だからさ」
「ヒューマニティ」の裏側は草むらになっていたが、よくよく見ると壁に小さなドアがあり、開けると地下へ続く階段があった。人ひとりがやっと入れる幅で、多分相撲取りなんかは入れないだろう。サシは「面白画像集」的な本をコンビニで立ち読みした時、体が大きくて入口から会場に入れず、元力士タレントのコンサートイベントが中止になった画像を見たのを思い出した。
階段を下りきるともうひとつドアがあり、その中はオシャレかつパンキッシュな彼女の部屋が現れた。壁にはいろいろなバンドのポスターやイベントのフライヤーがベタベタと貼られ、デスクに置かれたパソコンには昔活躍したパンクバンドのアーティスト写真がデスクトップに表示されている。横の棚には無数のツマミがついた謎の機械、多分音楽関係のミキサーだかエフェクターだかが並び、別の棚にはぎっしりと漫画本や音楽雑誌。隅にはベースギターが立てかけられていた。この人自身も音楽をやるのだろうか。
「わー…」
いつも本だらけの街田の書斎しか見ていなかったので、新鮮だった。二人はさっき買ったグミチョコパインジュースを開け、ソファに並んでつくろぎ始める。ガガは冒頭と同じ、自分がここで働いている事、気をつけている事などを細かく語った。サシも人の話を聞くのは好きなので、ふんふん、と興味深く話を聞いた。
「私、ちょっと勘違いしてました…ガガさん、見た目も派手だし、怖い人だと思ってました。いい人なんですね」
「あっはっは!私はいい奴がどうか知らないけど、音楽の世界ってそんなもんだぜ。例えばモヒカン、刺青、革ジャンのゴツいハードコアバンドの奴が実は動物とか美少女アニメとか大好きで、意外に酒も全然飲めなかったり、話すとすっげー優しいお兄さんだったりすんのよ。逆にさ、ほわほわキラキラなポップスやってる華奢な兄ちゃんが裏ではファンの女の子次々と喰ってたりとかもあるんだよなあ。見た目って分かんねえよなあ」
しょ、食人族がキラキラポップスをやってるのか。サシは震えたが、ガガの話は面白かった。他にも、ガガが片手間にやっているバンドの話。サシと街田が知り合った時の話などで小一時間ほど盛り上がった。
「あのさ…」
ひとしきり談笑し少し途切れると、ガガが真剣な顔になり切り出した。
「ちょっとよく顔、見せてくれない」
「え?顔ですか」
ガガは自分の顔をサシの顔の前10センチほどの場所まで近づけた。サシはドキッとした。派手な身なりやラフな喋り方の影に隠れがちだが、近くで見ると改めて綺麗な人だと思う。キリッとした目はまるでガラスのようで、じっと見つめられるとより心拍数が上がりそうになる。
次にガガは両手をそっとサシの頬に触れさせた。
「ひゃっ………」
サシは驚いたが、頬を触れられた事に驚いたのではない。自分の頬に当たるガガのこの両手。驚くほど冷たかった。死体というか、人の一部なのに何か無機質なものであるような冷たさがあった。
「ごめんな、冷たいよな」
ガガは軽く笑うと次はサシの背中まで両腕を回した。
「ごめん、ごめんな、わかってるんだけど……ちょっとだけ…」
ミシッ。
ミシミシミシッッッッ!
「あ、あああ………あ!!!!」
ガガはサシの身体を抱きしめるが、不自然なほど力が強かった。これが人間の力?サシの身体はみるみるうちに万力のような物凄い力で締め付けられ、どんどん呼吸が困難になった。
「が、ガガ……さん…………痛………あ………」
「アスミ」
「え……?」
「アスミ…アスミ………はぁ……はぁ……アスミ!アスミ!アスミ!あああああ逢いたかった………」
先程までのラフで陽気なガガはそこには居なかった。サシを凄い力で締め付けつつも呼吸は荒く身体はガタガタ震えており、「アスミ」という知らない名前をひたすら連呼していた。
殺される!サシは咄嗟に猫に変身し、ガガの腕をすり抜け、一目散にソファから入り口のドアに駆けて行った。ドアは閉まっているから、元に戻らなければ開けられない。
ドアにはいつの間にか内部から鍵がかけてある。開けようとしたその瞬間、ガガの両腕がサシの身体を捉えた。
「あ…あれ!?」
気付けばサシはドアから離れた位置に戻っており、再度ソファでガガに抱きかかられる形に戻ってしまった。ドアまで行ったはずなのに何故戻っているのか理解が出来なかった。
「アスミ、あのさあ…あたしの、胸、触って……」
ガガはおもむろにサシの片手首を掴むと、開いたパーカーから見える胸の左側に触れさせた。
「あ、あわわッッッッ」
ガガの白いファッションブラの上から弾力のある乳房に強制的に触れさせられる形になり、サシは顔を赤くしてパニックになった。彼女の胸元は手と違ってちゃんと体温がある。しかし…
「ほ、ほら、ね、鳴ってないし、もう無いんだけどさ、心臓は…でも、生きてるんだアタシ、こうやって…生きてるから……」
その通りガガの胸からは鼓動が感じられなかった。体温はあるのに、心臓が動いていない。どういう事だろうか、咄嗟の事に焦りつつもサシには彼女が、松戸ガガという女性が何か異様な存在であるように思えた。自分と同じ妖怪だとも思えなかった。悪魔でもなく、一体……それよりもアスミとは誰なのか。サシの顔を見つめた途端、ガガはアスミという名を連呼して様子がおかしくなった。
「アスミ…アタシ、いい事考えたんだ。フフ…安心して、アタシならできるぜ。これならアスミとずっと居られる、最高なアイデアだ………こっち、おいで」
相変わらず物凄い力でサシは引っ張られ、訳の分からない事を呟きながらガガは部屋の奥にある扉を開けた。
この部屋、風呂やトイレではない。ガガの部屋そのものよりも大きな部屋。中央には金属で出来た台と天井からは大きなライト。台の周りにはおびただしい数の計器やコンピュータ、キャスター付の台の上には鋭く尖った器具のようなものが無数に並べられていた。星凛町の地下にこんな場所があったのか。
ガガのガラスのような目は既に瞳孔が開いており、ハァハァと激しい呼吸を繰り返しながらサシを台の上に押さえつけた。サシは気付いた。これは手術台だ。現物は見た事がないが、テレビか何かで見た事がある。まさか!
「服脱いでアスミ…アスミもさ、アタシと同じになればいいんだ。そしたら、ずっと一緒にいられる…あんな酷い事はもう起こらない……ちゃんと麻酔するし………痛くないから、大丈夫。ね?」
ガガは汗だくで、口からは涎が垂れていた。完全に狂っている。
「アスミも……あたしと同じ!改造人間になれば……いいんだよ………!」
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