第十四頁 妖怪サシと悪魔のカイン 4
「違う、そうじゃない」
ダメージを受けて弱ってはいるが、鋭い猫目でサングラスの悪魔を見上げ、睨みつけるサシ。
「人間は醜くなんかないです…私は人間が好きですよ、悪魔さん。きっとカインさんもね。先生だって、ケラの店長さんだって、さっきの親子だって絶対悪い人じゃない…みんな必死に生きてるんですよ。悪魔さんだからってそれを醜いだなんて言う権利、ない!」
小柄ながら、悪魔を睨みつける真っ直ぐな目にはそこそこの迫力があった。
「小娘。なるほどお前は妖怪か。妖怪のような低俗な種族に物を言われる筋合いはないよ」
悪魔は大体人間であったり、たとえ妖怪であろうと他の種族を見下す傾向にある。サングラスの悪魔とて例外ではなく、彼にはサシがその辺の動物…それこそ野良猫程度にしか見えていなかった。
「妖怪など人間の生活に入り込み、取るに足らない悪戯をする事くらいがせいぜいの取り柄だろう。カイン、お前もそうしたいのか?」
「サシさんの悪口言ってんじゃねえっすよ…俺は溶け込もうと思ってんじゃないっすね。人間を知るには人間と同じ立場にならなくちゃあ駄目っす。先輩は人間の立場に立たないで、外野からああだこうだと決めつけてるだけっすよ」
「人間の立場に立つだと?やはりお前は甘い、夢のまた夢しか語れない落ちこぼれ野郎だな!カインよ!人間の悪意を利用してこの町を壊滅させる事など造作もない事だぞ!落ちこぼれと言われたくなければ!それをやってみよ!」
人差し指をカインに向け言い負かしたつもりだったが、そこまで言ってサングラスの男は気付いた。
サシが尻餅をつく形になっている花壇の花。こんなに少なかっただろうか。いや、花どころか地面がゴッソリ抉れている。妖怪で影になってよく見えなかったが…
まさか!
「気付くのが遅ぇーんすよ先輩ッッ!」
サングラスの悪魔の頭上に大量の土と花が出現した。悪魔が気付いたその時にはもう遅く、ドサドサと悪魔の頭のてっぺんから落下する。
「うおっ!!あっ!」
サングラスと目の間に土が入り込み、視界が遮られた。
「無能がっ!姑息な真似を!」
瞬間、悪魔が前方に手を広げた先に円形のビジョンが出現する。ビジョンには中心の六芒星の周りに呪文らしき文章が散りばめられており、魔方陣の類であると見られる。魔方陣からは無数の黒い光の矢が放たれ、カインを襲った。
ドドドドド!
「うっ………ぐぅあ…」
矢を全て体で受け止めるカイン。カインの後ろには喫茶店「ケラ」があり、避ければ矢が店に打ち込まれる形になっていた。腕でガードしかろうじて大ダメージは防げたものの、矢が刺さった腕からは血が飛び散った。矢は「闇」で出来ており、程なくして消滅する。
「馬鹿め!人間の店などを身を挺して守ったのか!やはりお前は甘ちゃん…」
ガリガリガリガリ!!!!!
視界が狭まり、カインに集中した悪魔の背中を鋭い何かが切りつけた。
「うおおおおああああっッッッッ!!き、きさ…ま……妖怪の…分際で!」
悪魔の背中のマントは破れ、皮膚から鮮血が噴き出した。悪意の背後に立つサシの右手、メスのように鋭い猫の爪からは血が滴り落ちる。もちろんサングラスの悪魔の血であった。
「人間の…先生やカインさんの悪口を言うって事は…悪い人ですねあなた…悪魔だからじゃなくって、単純に私が嫌いな悪い人……!」
荒い呼吸をしながら、丁度街田の犬の霊と対峙した時のような鬼の形相で崩れ落ちる悪魔を睨むサシ。
サングラスの悪魔の額には、カインの人差し指が突き立てられた。
「俺のこの能力…D・T・Dって略してほしいんすけど…先輩の首を吹っ飛ばす事も出来るって言ったスね」
「カイン、貴様…」
「そんな事しませんよ。先輩にだって世話になってきたんす…ただね、好きなようにやらせてくださいよ。落ちこぼれでもデタラメ野郎でも、好きなように呼んでくださいよ」
カインは悪魔を睨みつけつつ少し表情を和らげる。
「…………」
悪魔は、怒りや悔しさという感情ではなく不敵な微笑みを浮かべ返した。
「…カインよ。お前の思うようにやってみろ。ただし…結果を出せ。我々はいつまでも待っている訳ではないからな…」
土まみれ血まみれでありながら、悪魔の男はその落ち着きと威厳を失う事はなく吐き捨て、姿を消した。
「ごめん…ごめんね!ごめんね!!!私はなんて事を……許して。もう絶対に、絶対にあんな事しない!ごめんね………」
路地裏では、幼い息子を泣きながら強く、しかし優しく抱き締める母親の姿があった。
「悪い先輩じゃないんすけどねえ。悪魔としちゃエリートな人だし」
「大変なんですね、悪魔の世界も…あの、良かったんですか。思いっきり怪我させちゃいましたけど。カインさんも…」
「あんくらい平気っすよ。悪魔っすから。それじゃサシさん、また。街田さんによろしくっす!」
一瞬でカインは姿を消した。普段どこに居るのだろうか、サシは知らなかった。
しかしサシは少したまげてしまった。悪魔カインは強い。落ちこぼれと言われていたし、優しくて気が弱いが咄嗟の時には容赦なく力を発揮する悪魔だった。本当に、落ちこぼれというのは悪魔にあるまじき「いい人」だからという理由に他ならないのだろう。
「お前なあ、留守番をしていろと言ったはずだぞ!どこをほっつき歩いてたんだ」
当然ながら街田にブチキレられるサシ。しかし猫娘はひるまない。待ってましたとばかりにドヤ顔で意見を叩きつける。
「先生!私は人間についてもっともっと勉強したいんです。もっと町を歩いて…いろんなお店にも行って、人と話して、人の心を知りたいんです!人間を知るには、人間と同じ立場に立たないとって、気付いたんです!部屋に篭ってばかりはもう…嫌なんです!!」
「分かったから、鍵はちゃんとかけて出掛けろ!アホが!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます