第十頁 パンク作家と嘆きのカイン 6
簡単な事だ。一連の不可解な事件…とまでは行かずとも、いたずらにしては度が過ぎており、犯罪にしては生温い中途半端な現象。バット男、ガラス割り、サシを襲った街田康助。これは全てこの悪魔がやった、いや、やらせた事だった。バット男達は行動直後に謝って非を認めたし、街田のやった事もなんちゃってで済まされるいたずらだ。包丁はまあ頑張りましたねと言いたい所だが。
「本当は人殺しとか爆破テロとか、本格的な事やってかなきゃなんすけど、中々踏ん切りがつかなくて…だって悪いじゃないすか?バットで人殴ったり、人んちのガラスを割ったり…悪い事したらやっぱ謝らなきゃっすよね…」
何を訳の分からない事を言っているんだと街田は思ったが、男は真剣だ。
「こういう事か。お前達悪魔の仕事は人間の悪事の後押しをする事。しかしお前はチキン野郎のヘタレだから、思い切った悪事もさせられずにどいつにも中途半端な悪さをさせた後、罪悪感で謝らせてしまう」
街田康助はいまいちパッとしない状況をスラスラと読み解いて見せた。
「す、凄いっすね!その通りっす!」
「お前は阿保か。我々は昨日バットで頭をかち割られる所だったし、小生だって先程はあの猫を刺身にする所だったんだぞ」
「えっ!あなた方を巻き込んでしまってたんですか。すんません!マジすんません!!」
悪魔は頭をペコペコと下げ謝罪する。下げる度に逆立った髪がファサファサと揺れて暑苦しい事この上ない。
「悪魔が悪い事して謝るのか。確かにお前は悪魔としては終わってるな…人間の方がもっともっと極悪な奴が居るぞ」
「そ、そうなんです!?人殺したり、建物を爆破したり…!?こ、怖ぇ……」
「それはお前らがやらせてるんじゃあないのか」
「そうでした」
こいつは頭脳もマヌケか。とはいえ、鶏が先か卵が先かみたいな話になってくるので深くは考えない方が良さそうだ。
「でも、悪魔さんいい人そうですよねえ」
さっきまで、悪魔を見て認識したせいで生死の境を彷徨っていた妖怪のサシが目を覚まし、意見を述べた。ベンチから身体を起こしており、回復したようだ。
「い、いい人?お、俺がっすか!?」
彼は悪魔として産まれてこの方、ヘタレだとかチキンだとかはともかく"いい人"だなんて言われた事が無かった。天使。天使だろうか、この少女は……。悪魔が天使に有り難がるというのも妙な話だが、ジメジメとした自分の人生、いや悪魔生に一筋の光をもたらすかのような輝きを、猫のような少女から感じた。
「身体はもういいのか」
街田が心配する。
「そうですね…なんだか楽になりました。この人、悪魔だけどいい人だなーって思った途端に身体が軽くなって」
良かったー!と悪魔は胸を撫で下ろしたが、本来「見たり、存在を認識すると精神や身体に異常をきたす」はずの悪魔たる自分が、いい人とか言われて目の前でピンピンされるというのは複雑であった。
「そういえば先生は大丈夫なんですか。お喋りまでしちゃってますけど」
「ん?小生か。全然問題ないぞ」
多分、先生には犬が憑いているからだ。猫娘は察した。その前に、サシにとっては「悪魔を見るとこうなる」という先入観があった。病は気からというがまさにそういう事だろう。人間の世界の、日本のいち住宅街では悪魔を見たらどうなるなどと言った認識を持っている方が珍しい。外国の、もっと悪魔や神の信仰が強い地域なら彼はおそらく大活躍できる。今回は場所が悪かったと思われる。
「小生が思うに、お前はもっと人間の事を勉強した方がいいんじゃないか。先輩とやらが言った勉強してこいとはそういう事だろうよ。人間の本質を知った方がいい」
「えっ。具体的に何をすれば…」
「そんなもの自分で考えろ」
吐き捨てるように街田は返す。ダメな社会人は1から10までアドバイスを求めるからな。
「私が思うにですね。その人の環境とか性格とか色んな要素が重なって発動するのが、本当の悪事だと思うんですよ。悪魔さんがやってるのは、闇雲というか、多分取って付けたような感じになっちゃってるというか…」
「ふむふむ」
口を挟む猫耳の少女に説教されるトンガリ頭の青年。街田は早く帰りたかった。
「だから、世の中にはこんな人間がいる!あんな人間がいる!この人ならこんな悪い事をするかも!とか、判断できるように訓練すればいいんですよ。そう…人間観察ですよ!人間観察!」
「おおおおー!!!」
悪魔は目をキラキラと輝かせて立ち上がった。異常な盛り上がりを見せるアホ達。もしこいつが力を付けだしたら昨日今日の比じゃなく面倒な事になるのを分かっているのかこの猫。まあ星凛の駅が爆破されたら、あの編集野郎が来られなくなるのでいいのだが。
「カイン。俺、カインって言います」
「私はサシ、妖怪です!この人は私がお世話になってる、街田康助っていう偉い、立派な小説家です」
「よろしくお願いします!俺、ちょっとこの町で頑張ってみますね」
偉くもないし立派でもないし、何より悪魔に個人情報を漏らすな。妙な打ち解けを見せるサシとカインに、街田はまた揺るがされるであろう自分の平穏を憂うしかなかった。
悪魔だけどいい人。それは小説家なのに文章力がないとか、歌手なのに歌が下手といったのと同じ事で、落ちこぼれには違い無かった。
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