第九頁 パンク作家と嘆きのカイン 5
悪魔の姿を見てはいけない。
悪魔の姿を見て、それを悪魔だと認識する事はより悪い。
サシはそれを知っていた。妖怪とて同じことであって、街田康助の部屋の向かいの美術館の屋根にいるヤツが視界に入って以来、彼女の身体はみるみるうちに弱っていた。悪魔と認識したが最後、もう動く事が出来なかった。街田が抱きかかえていたが、全ての体重を預けるより他は無かった。かろうじて意識は残っているが、恐らく今からヤツの体に触れでもすれば、気を失ってしまうに違いない。
「悪魔と言ったのか、今」
サシに確認し、街田が立ち尽くし地面を見つめる黒ずくめの男をもう一度見たその時。
「ちっくしょうーーーーーーーーー!!!!」
突然の咆哮。コヨーテのような雄叫びでも悪魔らしい?唸り声でもなく、何かを悔しがる意外な咆哮。
「また、死ねなかった…………」
情けなく大袈裟に、軽く折り曲げた足の膝に両手をつき、頭を下げて項垂れるトゲトゲ頭の男。昔読んだヤンキーものの漫画にこんな奴が出てた気がする。
街田は耳を疑った。今何と言ったんだ。死ねなかった?
「おい」
「…………」
「おい、貴様だ、トンガリ頭」
街田はなんとなくイライラして即席で考えた悪口を添えて怒鳴ってみた。
こちらに気付き、ゆっくり視線を街田に向ける悪魔とかいう男。歳は20代半ばくらいの青年に見えるが、鋭利な目付きに通った鼻筋は見るものを凍らせるような迫力がある。街田は少し身構える。
「は、はいっ!?俺っすか!?」
意外にも男の口から発せられたのは何とも威勢の良い返事だった。入部早々先輩にパシリを頼まれテンパる野球部員のように。上司に呼び出される新入社員のように。自分の顔を指差し、鋭いはずの目をパッと見開き、まっすぐに街田を凝視した。
「って!あの、大丈夫なんすか!?俺の事こんなに見て…そっちの女の子はちょっとヤバそうで、あっすいませんそれは俺が悪いんすけど…あなたは?大丈夫なんすか?」
黒いマントを翻し、大袈裟に身振り手振りするトゲトゲ頭。未整理でフランクな口調も、チャラい大学生のようで街田は余計にイライラした。何者だこいつは。雰囲気的に敵では無さそうだが、サシがこの状態になったのはどうもこいつが原因のようなので警戒は怠らない。いつでもドツける準備をする必要があった。
「このくたばってる猫が言っていたが、悪魔なのか、お前は」
単刀直入に問いただす街田。妖怪と動物霊の次は悪魔。まあ妖怪や動物霊が居るなら悪魔も居るだろう。もう驚かないが、何故また自分の所に。またイライラしてきた。
「そっすね、悪魔っすけどね…一応…はぁ〜…」
またトンガリ頭を斜め上に向けてため息をつく。ネガティヴな態度がカンに触る。
「ダメなんすよ…俺。このままじゃ悪魔失格っす。先輩に、人間の世界に直接行って勉強してこいって言われたんすけど、やっぱ上手くいかないっすし…」
情けない愚痴を零す悪魔とやら。街田は完全にナメきって、場所移動を提案した。「あ、いいっすよ、大丈夫っすよ」と悪魔。大丈夫っすよ、がまた新入社員くさい。バット男が居た例の公園に移動して、サシをベンチに横たわらせた。夕方になり、日も沈みかけて涼しい空気が辺りを包み始めていた。
「お前はここで何をやってるんだ。目的は」
興味無かったが形式的に聞く街田。優しくなったなと自分でも思う。
「勉強してこいって言われただけなんで、マジで何すればいいか分からなくて…とりあえず、"仕事"の練習してたんすけど、どうも不発で」
悪魔は項垂れながら喋り出す。
「仕事とは何だ」
「あの…人間って生まれつきは善人だと思うんすよね俺は」
悪魔のくせに性善説を唱えやがるぞ。
「でもですね、やっぱ生きてると悪い事ってするじゃないすか。人をドツいたりとか物を壊したり…刺そうとしたり」
引っかかる言い方だ。
「人間がやる悪事って全部、俺たち悪魔がやらせてるんすよ」
「じゃあ何か。ニュースでやるような殺人犯とかああいうのは全部お前らの仕業だと」
「そういう事っすね」
どうも夢のない話だな。街田はもちろん作品中に"悪人"を描写する事があったが、全ての悪人や悪事には理由があった。誰かにやらされているとかそういう軽い物ではない。そこに至るまでの生い立ち、環境、人間関係、動機。様々な要素が絡み合って悪事に手を染める。悪事というのはある意味最もドラマが詰まった現象と言えよう。街田は自論が間違いない事を見直すように考えた。
「勿論、悪事ってそこに至るまでの生い立ち、環境、人間関係、動機、様々な要素が絡み合って発動するもんじゃないすか。ある意味ドラマみたいって言うか…僕らはそれをそっと後押しするのが役目なんす。天使と悪魔が頭の中で喧嘩するシーンあるっすよね。あれの悪魔が買ったパターンす」
ムカつく奴だ。悪魔だからって人の心を読むな、阿保。
「でもダメなんすよ俺は。才能無いんす。誰かに悪事をやらせようとしても、全部中途半端で…"魔がさした"みたいなくだらない結果に…」
「今何と言った」
「魔がさした、みたいな…」
こいつやっぱ殴っていいか。聞こうとしたが猫はベンチですやすや寝ている。幸いにも顔色は良くなっていた。
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