宮廷魔術師ベアトリスと眠りの行方


 容姿端麗、眉目秀麗、沈着冷静、快刀乱麻。

 宮廷魔術師ベアトリスを語る人々は、皆その言葉のどれかを必ず口にする。

 どれだけの夏日でも脱がない紫のローブには王国の紋章を背負い、爪の先まで手入れの行き届いた細腕に抱えた大量の書物と羊皮紙。

 王と何者かが謁見する時には常に従い、油断のない鋭い眼差しを行き届かせ、“鷹の目ベアトリス”、“宮廷魔女”などと揶揄される事も多い。

しかし、顔の右側から金髪を垂らし、二重螺旋を描くような独特な髪型をした彼女が城内にいるだけで誰もが頼もしく思った。


 ――――彼女はこの暗黒の時代のために遣わされた、とも。


*****


 美貌の宮廷魔術師は、今日も城の敷地にある別館に籠もっていた。

 かつては地下牢獄として使用されていた地下五階までの堅牢な造りのそこは、今は魔女の館だ。

 出入りするのは王国の魔導士ギルドから選抜した、数十人の腕利きの魔術師、錬金術師、薬師、他には魔法生物学や解剖学に長じた者達まで、彼女の“ボス”から雇われ夜通し働いていた。


「報告いたします、ベアトリス様。耐火能力実験の結果、“羽根”の持ち主に火炎は効き目がありません!」

「やはりね。あの羽根、サラマンダーの外皮と組成が似ていた。続けて低温実験に移って。壊してしまっても構わない。……いや、壊す方法を探っているのだったわ。だが無駄にするのは許さない。心を込めて破壊しなさい」


彼女は大広間の一角で、書物と羊皮紙の海に投げ出されたように、絶え間なく羽ペンを滑らせていた。

机の上には薄青色の液体の中に浮かぶ変形した手首、瞳が四つ存在する異形の眼球、成長すればどうなるのかの予想すらおぞましい魔物の胎児といった、“研究資料”の瓶詰めが立ち並び、彼女を物言わぬまま睨み付けている。

 そんなものを机の上に並べておきながら、彼女は表情を変えない。

 無表情のゆえではなく――――使命に燃えるその顔は、彼らの怨念を跳ね返し、むしろ制していた。

 更に机上には顕微鏡、空になったインク壺、折れた羽ペン、封を開けた魔法薬の小瓶がいくつも転がっている。


「……それより、まだなの? まだ“石像”は到着しないの? いい加減に待てないわ。これ以上は……」


 彼女の美貌は、今は曇る。

 もう――――三日もの間、うたた寝すらも取っていない。

 机に向かって過ごし、その間も配下の者達は動き回り、時折入れてくれた茶と軽食以外は何も取っていない。

 日課の月光浴も、霊草を浮かべた沐浴も、季節の果物を齧る事も、彼女は全て放り投げて、一月もの間ずっと不休で臨んでいた。

 見かねた副官数名から進言された時だけは従ったものの、自分から休息は取っていない。

 彼女はそれほどまでの意義を、この使命に見出していた。


「……有翼の悪魔像“ガーゴイル”。空を飛んで人を襲い引き裂く魔物。……死ねばその身体は石像へと変わり、空で射落としてしまえば……その死すらも、石飛礫いしつぶてと化して地上へ降り注ぐ。その威力はさながら、攻城投石機」


 諳んじた内容は、もはや何も見ずとも答えられる。

 前線の兵士が戦い、日々報告してくる魔物達の新たな情報だ。

 広間の壁面には新たな魔物のスケッチの写しや報告が貼り出され、さながら冒険者ギルドのクエストボードの様相を示す。


 運よく損傷少なく運び込まれた魔物の死骸は別フロアで解剖され、腑分けられ、どのような戦術、どのような属性での攻撃が有効なのかを論じられる。

 骨格は外か内か、血液に毒性があるのか、再生能力はあるのか、切断した部位は運動能力を維持するのか、筋線維は持久力と瞬発力のどちらを宿すのか、骨格の継ぎ目はどこにあるのか、臓器はそれぞれがどこに、そしていくつ・・・あるのか。

 全てを丸裸にして――――成果を前線の兵士達へ届け、補充の兵士達へも突き止めた弱点と有効な戦術を教育する。


 ――――――“魔王の軍団、その強力な魔物達の弱点を突き止めよ”

 その任務を受けた日の事は、彼女は今も思い出せる。


「……無駄にするわけになんて、いかないじゃないの」


 そう、ぽつりと漏らしてしまったのは決意か。

 それとも……眠りの無さがたたって、言葉を心の中にしまう事ができなくなってしまったからか、本人にすらも分からなかった。



*****


「はぁ……もう、肌がガサガサだわ。眠気はどうでもいいけど、魔力が全然回復しないじゃないの」


 配下の研究員達に仮眠を命じて、彼女は今日も一人残っていた。

 白雪のように美しかった顔だからこそ、目元の隈が目立ち、反して血の気が薄れた顔色は、ベアトリスの疲弊を饒舌に語る。

 彼女はまたしても一週間眠らず、ごまかしの回復魔法とマジックポーションで体力を維持する有り様だった。

 窓の外に上る月を見て、星を読んで、彼女は独りごちる。


「満月はもう過ぎてしまったようね。……次の満月こそ、今度こそ……せめてそれぐらいしたいわ。一晩だけあれば……」


 満月の魔力を受ければ、その一晩だけで魔力がみなぎる。

 もしも、加えて霊草を浮かべた湯に身を浸し、巡り巡る季節がもたらす大地の恵みを齧る事ができれば――――彼女は再び、王国最強の宮廷魔術師としての力を取り戻せる。

 だが、その力は……今、夜を徹する作業の日々にしか投じられていない。

 机の上で煎じている霊薬は、全て自分の体力を穴埋めするため。

 マナポーションは、自分自身に回復魔法をかけるため。

 積み上げられていく実験報告書は、段々と増えるばかり。

 まだ今月に入って、二体の魔物の秘密しか解き明かせていなかった。


 “魔王”によって作られたゲートを通り、この世界へ現れた魔物はそのほとんどが未知のものだ。

 異世界の生態系をまるごと一つ相手にするような無理難題。

 この世界に住まう獣、起こる現象ですら全てを見つけ出せてはいないのに、いわば全く未知の“もう一つの世界”の神秘を解明せよと言われるようなものだった。


「……明後日には、ガーゴイルの死体が手に入る。対バンシー用声帯麻痺毒の調合は……急がせないと。錬金術師はいちいち休憩が多いのよ……まぁ安全上仕方ないのだけれど……」


 ぶつぶつと文句を言う彼女の顔は、疲れ切ってはいても倦んではいない。

 重ね塗られた疲労感の、その一番下には……今も曇らない意思がある。

 あの日受け取った、あの若い兵士の眼差しから注ぎ込まれたものだ。


「……はいはい、休まないわよ」


 ベアトリスが伸ばした手の先には、ぼろぼろにすり切れた手帳と、彼が届けてくれた、今は空っぽの大瓶。



*****


 失陥した砦から帰ったのは、若い、いや幼いとすら言えるような兵卒が一人。

 しかしその顔は気迫に満ちており、城に立ち並ぶ精鋭の衛兵にも劣らない。

 身のこなしは戦い、死地から生還した熟練兵にだけ身につくものだった。


 かしずき、魔物のパーツの瓶詰めと使い込まれて血すら滲んだ手帳を差し出す姿。

 城のエントランスホールにいたベアトリスの姿を認めるなり、兵士の制止も聞かずに迷わずそうした彼は、満身創痍だった。

 支給品のブーツは、彼の歳から言ってもまだ新品だったはずだ。

 マントはもはやボロ布を体に巻きつけているだけという凄惨さで、髪は長時間汗と泥にまみれて風雨に吹かれたせいで浮浪者もかくやの有り様だった。

 だがその顔は、違う。

 暗く沸きたつような怒りでもなく、復讐に燃えて淀んだ眼差しもなく、あるのは……“悔しさ”と、“使命”。

 そして――――“魔王”への、限りない闘志が彼を満たしていた。


「……宮廷魔術師、ベアトリス。確かに受け取ったわ。……あなたの、名は? 勇敢な兵士」


 彼を拘束にかかる兵士を目で制して、差し出された二つの“遺志”を、胸に抱く。

 これは、きっと……彼と笑い合った者達の、遺言だ。

 かの地で勇敢な者達はかくも戦い、かくも遺した。

 時を稼ぎ、この兵士を命からがら逃がし、自分たちは――――“魔王”を、押し留めるために。

 問いかけに応じた若い兵士はか細い声で名前を告げると、それきり気を失ってしまった。

 疲れ切った顔で寝息を立てる彼をどこかで眠らせてやるように指示するとベアトリスはそのまま研究室へ向かった。


「……後は、任せなさい。兵士セオドア・ハクスリー。ここからは、私の番よ」



*****


 彼女が追憶した翌日の午後、“石像”が運ばれてきた。

 荷車にくくり付けられ、覆いの掛けられたその隙間からは何のこともない石の塊が見える。

 魔女の館の玄関先で、何重もの鎖による封印が解かれ、掛けられていた覆いもはらわれた。

 荷台の上に横たわっていたのは、右腕の欠けた、でっぷりと肥えた悪魔の石像がひとつ。

 翼はそれで飛べるのが不思議なほどに小さく、残った片腕は太鼓腹と短い脚に比して不釣り合いなほど細長い。

 その爪は獰猛そのもので、一本一本が刺突剣の研がれた切っ先のようだ。

 受け口の下顎からはイノシシのような牙が上向きに突き出ており、そこを除けば顔面は人間を醜くしただけのような造作で、見ているだけでも不気味な迫力がある。

 これが生きて空を飛び、人を襲うのだ。

 前線の者達は、これと戦っているというだけで……尊敬に値する勇敢さを持つと、ベアトリスは内心舌を巻いた。


「とうとう手に入ったわ。……ただちに実験室に運び込んで。石化しているとはいえ、貴重な検体よ。石工いしくギルドのマスターに連絡を取って――――」


 ――――ぎしり、と荷台の軋む音がした。

 しかし、遠巻きに兵士が囲んでいる以外は、何も変化はない。

 誰も触れていなかったのに荷台は大きく揺れ動いた。


「……今、誰か触った?」


 彼女が問うも、誰も答えない。

 目を見合わせた兵士達の前で、再び、荷台がひとりでに揺れた。


「包囲せよ!」


 隊長の号令がかかり、兵士達が斧槍を向けるよりも先に、“それ”は起き上がった。


「ゴアァァァッ!!」


 野太く、不吉な蛮声とともに――――死んで石化していたはずのガーゴイルが目を覚まし、荷車を破壊しながら辺りを見回し、宙を舞う。

 空中に躍り出たガーゴイルが獲物に定めたのは、武具を身に着けずに立ち無防備に柔肌を晒す女。

 その表情が恐怖でも驚愕でもなく、薄笑いを浮かべている事に気付けないまま、ガーゴイルは動いた。


「っベアトリス様をお守りしろ!」


 兵士達が動くより早くガーゴイルは空を駆け、真っ直ぐにベアトリスの細首を掻き斬るべく向かってくる。

 だがそれに対しベアトリスは半身となり、左手の指先を遊ばせ、印を結んだ。

 光を宿した爪の軌跡が魔法文字ルーンを吐き出し、空中に羅列されると、ガーゴイルは目標を見失い……呆気なくも、再び石化し重い音とともに地へ落ちた。


「くそっ! まだ生きていたのか! 何という事をしてくれた! ベアトリス様を危険に晒すとは……!」

「そう怒らないの。……いえ、むしろ大殊勲だいしゅくん。礼を言いたいわ」

「は……?」


 石化したガーゴイルに近づき、彼女は顎に手を当てながら腰を曲げて見下ろす。


「その……死んではいないのですか?」

「眠らせただけよ。そう……眠っても石になるのね。これは、おもしろい。そして大手柄よ。パーツより死体まるごと。死体より、生け捕り。……フフっ。なかなかやるじゃない。感謝の言葉もないわ。直ちに地下五階へ収容して。これから忙しくなるわよ」


 仮死状態だったガーゴイルを固定していた鎖が、蛇のごとくひとりでに動き、再び動かなくなったそれへ巻き付き、いましめてゆく。

 週間単位の徹夜を経て魔力をすり減らして、尚もベアトリスは王の剣となる無双の魔女であった。


「さて……嬉しい誤算ね。この分なら……かなり速く済む」


 ガーゴイルが運ばれて行くのを見送りながら、彼女はポケットの内から青く透き通る液体で満たされた小瓶を取り出し、コルクを外して、艶めかしい唇に挟みこむように中身を飲み干した。



*****


 ――――――前線の要塞都市へ、奇妙な“砲弾”が到着した。

 木箱一つあたり六発しか入らない、蜘蛛の巣のような放射状の無数の刻み目が入った、見るも禍々しい、鈍い金色に輝く代物だった。

 何よりもそれは通常の円弾とは違い、寸詰まりの長楕円形。

 叩き上げの砲兵達ですら見た事の無い形状の、奇妙な“兵器”だ。


「……何ですかい、こりゃ!?」

「これは……対ガーゴイル用兵器。“麻酔弾”とでも言うものらしい」

「は? こんなもんで、あいつらを……!?」

「詳しい事は後だ。試してみるしかないだろう。……どの道、通常弾なんぞ無いんだ。試すしか……」


 その時――――城壁の上から、角笛の音が鳴り響く。

 魔王軍の襲撃を告げる、この都市ではお決まりの音色だった。

 見れば城壁の外縁はほとんどが欠け落ちて、固定砲の数も削られていた。

 そのほとんどの傷は、あの死骸すらも攻撃になる、往生際の悪い有翼の悪魔像によるものだった。

 さほど高くも飛べないくせに、速くも飛べないくせに、それなのに諦め悪く一人でも多くの兵士を引き裂くか潰すかしか考えていない、忌々しい怪物の特攻兵。

 死んだら死んだでゴツゴツした石塊が大量に足元に転がるせいで機動力まで削がれ、その処理にまた時間が削られる。

兵士達が最も毛嫌いする存在になるまで、たいした時間はかからなかった。


「……とりあえず壁上まで上げろ! コイツを試す! ……? なんだ、注意書き……か、これは?」


 緩衝材とともに詰め込まれた砲弾の隙間に、折り畳まれた羊皮紙が一枚だけ、挟みこまれていた。

 その中身を広げて見ると――――その通り、この砲弾を運用する際の取り扱いが書かれていた。

 最後の一節は、べにを引いたキスマークで結ばれて。

 やがて巻き上げ機を使って壁上まで運び上げられると、激が飛ぶ。

 彼方には、宙を舞う砂粒のような、闇の軍団の姿。

 地を這い進撃する、忌々しい獣の軍勢。


「もたもたするな! さっさと装填しろ!」


 激が飛び、“宮廷魔術師”からの贈り物が次々と大砲へ詰め込まれていく。

 その贈り物は、魔女から兵士へ。兵士から、魔物へ。

 もたらすのは“二度とさめない眠り”だと、魔女から兵士達へあてた恋文へは書かれていた。

 砲兵が駆け回り、弓兵が矢を握り締め、魔導士が詠唱を始める。

 彼方に見えた砂は小石になり、小石はやがて羽の生えた悪鬼どもの姿になっていく。

 存在自体が“砲撃”となる、ガーゴイルの姿に。

 やがて、近づいた時……大砲の有効射程ではないのに、守備隊長の怒声が大気を震わせた。


「撃てっ! 撃てぇぇっ!!」


 仰角は可能な限り上げられていた。

 その、殺傷を期待できない距離にも関わらず――――壁上に生き残っていた十数の砲台は轟き、宮廷魔術師の贈り物を、空を悠然と飛ぶガーゴイルの“雲”へ向けて吐き出した。

 発射炎の中で外殻は溶け、楕円形の弾頭に刻み込まれた、放射状の刻み目から自壊し、炸裂すると大量の“煙”が空中へばら撒かれた。

 ガーゴイル達はその煙をものともせず飛び込んでいくが――――異変が、起きた。


「何だっ……!? 奴らの様子がおかしいぞ!」

「ああ……何が起きている? ガーゴイルがひとりでに落ちていくぞ」


 砲兵達は、不思議そうに残っている砲弾を見て、こうしている場合ではないと自分に言い聞かせ、次々と大砲へ再装填する。

 煤を掻き出し、発火薬を突き固め、装填し、再び火種を押し付ける。

 再び、ガーゴイルを空から墜とす迎撃の“雲”が、要塞都市の空へ立ちこめた。


 ガーゴイル達へ起きているのは――――奇妙な自殺にしか見えない。

 死しても眠っても石化するはずの忌々しい魔物が、生身のままで翼の動きを止め、あるいは錯乱したようにデタラメな飛び方をして仲間とぶち当たり、道連れに墜ちていく。

 その真下には、行軍する魔王軍の地上部隊。

 生身のままのガーゴイルが墜落し、次々と絶命する。

 巻き込まれた魔物が二次被害で絶命し、その陣形が壊乱させられていく。

それは……鮮やかな“奇跡”を、見るようだった。


 その日、城門に到達する魔物はいなかった。

 誰一人として弓を番えることなく、魔法を放つ事なく、剣を抜く事無く、その日の戦いは終わった。

 要塞都市の兵士達は、その戦いを王都へ伝え、王都の民達の間でも語り草となる。

 誰一人の犠牲も出す事無く、城壁に指一本触れられる事無く魔王軍の襲撃を撃退した、“伝説の日”として。



*****


 “伝説”の報告を、美貌の宮廷魔術師は人からではなくカラスに聞いた。


「ふー……。上手くいくのは当然だけれど、まさかここまでとはね?」


 国王の城、その最も高い尖塔の上に彼女の“浴室”はある。

 何一つ遮るもののない屋上に、月虹げっこうを咲かせる満月が光を届ける。

 あるのは猫足のバスタブと数種の果実の乗ったテーブルと、裸身のベアトリス。

 バスタブから立ち上る湯気は幽幻な芳香を放ち、そこへ身を浸す彼女を優しく癒した。

 月光を照り返す水面には希少な妖精郷の花と、一枚当たりが金貨一枚で取引される、霊草の葉が惜しみなく浮かべられ、月光に負けず輝く白くきらめく肌が水面を飾る。


 あの日、兵士から受け取って以来――――初めて取る事ができた、至福の時を彼女は過ごしていた。

 葡萄の房から一粒もぎ取り、口に運ぶ。

 それだけで失われた活力が、魔力が、彼女の中へ再び満ちていく。

 もはやその顔は平素の“魔女”のものとして、名高い美貌を晴れ渡らせている。


「明日からはまた戦場へ。……やれやれ、全く損な時代だわ」


 こうしている間にも、“魔女の館”と揶揄されるあの建物ではありとあらゆる専門家が異世界の生物学を解き明かしていく。

 ガーゴイルに効果を及ぼす揮発性の麻酔を精製するには、薬師の力。

 空中で崩壊してそれを効率的に散布するために、錬金術に加えて彫金ギルドの加工術。

 あの砲弾一つに、十数人の“達人”の技と、“人類”の願いが込められた。

彼女がこぼした通り、せめて今夜は月光を浴びて沐浴し、眠り……明日からはまた、何週間も眠れぬ日々が始まる。


だが、せめて彼女は今この時だけは――――と黙って目を閉じ。

空中に差し伸ばした腕に湯をすり込むようにして、またしばらく拝めなくなる月明かりを受け止めた。






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