23. 心強い援軍
ラスベガスでのチャリティー・パーティーを終えた翌日、解脱した閻魔大王と、旱魃姫を憑依させたキャサリンは、金斗雲で日本に向かった。
アーネストについては、邪鬼の1鬼がニューヨークに送り届ける。
チェックアウトの際、わざわざホスト役のシルバースタイン夫妻が階下まで降りて来て、閻魔大王に別れの挨拶をした。宿泊費はシルバースタイン夫妻が負担したので、一体幾らだったのかは分からない。少なくとも、シルバースタイン夫妻の財布の重荷になる事は無いのだろう。
日本行きの金斗雲の上で、旱魃姫がキャサリンに質問した。
(キャサリンさんって、結婚したい相手は居ないの?)
「居ないわね」
(瑠衣みたいに、子供が欲しいって思わないの?)
「クィーン旱魃。プライベートな話だから言わなかったけど、私には娘が1人居るのよ」
(えっ!? 結婚していないのに、子供が居るの?)
「結婚していたの。でも、離婚しちゃったの」
(何故? 今、子供は?)
「前の夫も私も忙し過ぎてね。摺れ違いが生じてしまったの。
今は前の夫も再婚していてね。彼の奥さんが家事に専念しているから、娘も育ててくれているわ。
つまり、私は娘と一緒に暮らしていないの」
(寂しくないの?)
「月に一度だけ娘とは会えるの。其れが離婚の条件」
(フ~ン。キャサリンさんも一緒に住めば良いのに・・・・・・)
「そんな事、出来ないわよ。今となっては他人の私が、あっちの家庭に入り込むなんて、出来ない相談だわ。
それよりも、クィーン旱魃。今度、娘と会う時に、憑依して貰えないかしら? そうすれば、心で会話する
(良いわよ。喜んで憑依するわ)
瑠衣の実家に到着すると、旱魃姫はキャサリンから抜け出し、瑠衣に憑依し直した。
ワザワザ来てくれたキャサリンだったが、「日本を案内するよ」と言う猛の申し出を辞退した。
「『キング閻魔』の校正作業に取り掛かっているの。日本で油を売らずに、アーネストを助けなくっちゃ。
それに、面倒臭いから、パスポートを持って来ていないの。下手に不法入国で日本の警察に捕まると、話がややこしくなるし・・・・・・。
無事に出版できたら、改めて日本に来るわ」
キャサリンは、日本に駐在していた邪鬼の1鬼に送られ、ニューヨークに戻って行った。
改めて瑠衣から幽体離脱して来た旱魃姫は、瑠衣の両親と挨拶する。
『御迷惑かもしれませんが、御世話になります』
「御迷惑だなんて、とんでもない。旱魃姫は娘の命の恩人ですもの。
狭い家ですけど、ゆっくりしてくださいな。
ところで、御供え物なんて、何か要ります?」
『御供え物?』
「だって、神様の1人みたいなものでしょ? 閻魔大王も、旱魃姫も」
「嫌だわ、母さん。2人とも拝む相手じゃないわよ。世直しに尽力してくれるのは事実だけど、そんな気遣いは要らないわよ」
「でも、部屋の中に神棚とか添えなくて大丈夫なのかい? 2人共、休む場所が必要でしょ?」
「だって、猛なり私の身体が2人の休む場所。憑依しているんですもの」
突然、旱魃姫が『あっ!』と声を上げた。皆が旱魃姫の顔を見詰める。
『お腹を内側から押す力を感じたわ! もしかして、赤ちゃん?』
瑠衣は既に何度も経験していたが、旱魃姫にとっては初めての感触である。
「そうよ。旱魃姫。今、赤ちゃんが私のお腹を蹴ったの。元気良いでしょう?」
『うわぁ~。凄い、凄い! 赤ちゃんが育っているのねえ~。閻魔大王も触らせて貰ったら?』
『そうか?』
解脱状態の閻魔大王がキッチンの隙間を窮屈そうに移動して、瑠衣のお腹に手を伸ばす。
だが、赤児がお腹を蹴る事はそんなに頻発しない。神妙な顔をして
「閻魔様。其の内、もっと頻繁に蹴るようになりますから、チャンスが出て来ますよ。
猛さんだって、未だチャンスに恵まれていないんですから・・・・・・」
経験者として、母親が閻魔大王を慰める。
『そうか。其れは楽しみな事だな』
満更でもない表情で、閻魔大王が屈めた腰を伸ばす。
『それにしても、ワシの身体は邪魔だな。猛。久しぶりに汝に憑依するとしよう』
猛に憑依し、猛の頭の上から自分の首を出す閻魔大王。
旱魃姫はキッチンの天井の方で浮遊している。
「そう言えば、旱魃姫。7年前に使っていた胡弓が実家に有るの。
これから、気が向いた時だけで構わないから、胡弓を弾いてくれない? 胎教に良いの」
『胎教?』
「うん。妊娠中に音楽を聴かせると、胎児の情操教育に良いんだって。旱魃姫の胡弓なら、最高の胎教になるわ」
旱魃姫が瑠衣の実家に居着いてからは連日、就寝前の
3月が過ぎ、満開に咲いた桜の花が散って葉桜の時期に移ると、夜更けに窓を開けたままで過ごす日も増える。旱魃姫の胡弓を耳にする住民も増えた。
暖かくなった事を幸いに、集合住宅の周辺地域から夜の散歩で訪れる老人も増えていた。想い思いの場所に腰掛け、怪談『耳無し芳一』に登場する琵琶の音に耳を傾ける落ち武者の様に、自分の半生を振り返るのが老人達の日課となった。
5月の或る夜。
旱魃姫の存信を頼りに現世に
旱魃姫よりも大振りの
気配を感じた旱魃姫が、瑠衣の身体から幽体離脱して、ガラス戸を抜けて行った。
瑠衣と猛も旱魃姫の後を追い、ガラガラとガラス戸を開ける。瑠衣の両親も後に続いた。
最も腰を抜かしたのは、瑠衣の母親である。
「阿修羅様?」
興福寺の阿修羅像ソックリの素女を指差し、そう呟いた。
『此の人間は何か勘違いしておるぞよ。旱魃姫、正しく教えよ。
他の者と一緒にされるのは、気分が悪い』
『お母様。こちらは素女様。私と同じ、七天女の1人です。
素女様の方が、私よりも格が上ですけれど・・・・・・』
正直に言うと、瑠衣の母親は信心深い方ではない。そもそも信心深い日本人は多くない。阿修羅と素女の違いも
父親の方はいよいよ分かっていないが、兎に角、新たな種類の鬼が遣って来たのだと、大して驚きもしないで様子を見守っている。
『それで、素女様。どうして、此処に?
現世に来る事は、西王母様から禁じられているのではありませんか?』
幽体離脱した閻魔大王の横に立った猛が、素女を家の中に招き入れるべきかどうか、悩んでいた。
狭いキッチンなので、素女が入って来ると、通勤電車の中みたいに暑苦しくなる。左右の隣家のベランダを見ると、誰も出て来ていないので、此処で会話を続けた方が良さそうである。
『少し事情が変わったようじゃ。私が説明するよりは、西王母様の
素女は、鶴の如き鳥を留まらせていた腕の一つを、旱魃姫と閻魔大王の方に伸ばした。
『私は西王母。先だって、閻魔大王には厳しい事を言いましたが、私も考え直す処が有ります。
もう一度、旱魃姫と共に崑崙山にいらっしゃい。
此の度は、閻魔大王が望んでいた素女を現世に遣わせます。素女に頼みたかった事、気兼ねなく頼むと良いでしょう』
猛と瑠衣の2人は青鳥の言伝を理解する事が出来た。
瑠衣の両親は鬼に憑依された事が無いので、青い羽根の鶴が騒々しく鳴いているとしか聞こえなかった。寝静まった隣近所を起こさないかと、其れだけが気懸りだった。
『閻魔大王? 西王母様の御怒りが静まったようですね。私の思い違いかしら?』
『いえ。私も其の様に感じました』
『そう、そう。旱魃姫。西王母様から此れを土産として持参せよとも言遣っています』
素女は腕の一つを差し出し、二つの仙桃を載せた掌を開いた。
『現世に行きっ放しであろうから、そろそろ精気も養わねばならないでしょう。そう、おっしゃっていましたよ』
『其れはかたじけない。ですが、旱魃姫は、此の現世で解脱しないように、気を遣っております。
此処では仙桃を食するのが
『そうですわね』
「閻魔さん。横から不躾だけど、折角、素女さんが持って来てくれたんだから、俺と瑠衣を通じて食べたらどうなの?
其の精気とやらは、憑依した閻魔さんや旱魃姫には吸収されないのかい?」
『ならぬ。ワシらにとって意味を為さんだけでなく、猛と瑠衣に千年の寿命を与える事になってしまう。
此の人間社会で次々と周りの知り合いが寿命を尽かす傍ら、千年も生き永らえる覚悟が猛と瑠衣には有るか?』
良かれと思った提案だったが、軽弾みだったと反省した。猛も瑠衣も強く首を振って否定した。
『素女様。折角、お越し頂いたのですが、素女様に御尽力をお願いしたいと考えた悩み事は、別の策にて何とか乗り切りました。当面は、素女様の御力を当てにせずとも、大丈夫です。
それよりは、早速地獄に戻り、西王母様の元に馳せ参じましょう。
実は、西王母様が御許しくださるならば、素女様とは別の方の御力を頼みたい儀が有ります。ワシの方でも改めて、其れを西王母様に御相談申し上げたい』
金色門を潜った閻魔大王、旱魃姫、素女の3人。
金斗雲に乗り、係昆山の近くを通り過ぎようとした時、素女が閻魔大王と旱魃姫に話し掛けた。
「そう言えば、閻魔大王よ。私が旱魃姫に授けた房中術は、
旱魃姫の虜になったであろう?」
目を白黒させて返答に窮する閻魔大王。頬が真っ赤になる。閻魔大王の横で旱魃姫も、恥ずかしさの余り下を向く。
「そうか、そうか。私も迂闊であった。
旱魃姫は現世で解脱しておらぬ故、閻魔大王は未だ、旱魃姫の房中術を堪能しておらなんだな」
早合点する素女。
憑依状態だったが、猛と瑠衣の“愛を深める儀式”を何度も経験したので、楽しんだと言えば、楽しんだし、直には楽しんでいないと言えば、楽しんでいない。
それに、房中術の助けを借りなくても、最初から閻魔大王は旱魃姫の虜になっている。
「旱魃姫。此の儘、係昆山の庵に立ち寄り、存分に閻魔大王を楽しませて上げなさい。
私はゆっくりと先を進んでおるので、閻魔大王が貴女の房中術を堪能した後、追い付いて来るが良かろう」
下世話だが、想い遣りの配慮を示す素女。
閻魔大王と旱魃姫は顔を見合す。2人共、庵に立ち寄りたい気持ちは強いのだが、だからと言って羞恥心が邪魔をする。
「何を躊躇っておる!
折角、私が房中術を伝授して遣ったのだ。秘伝を活かさぬは、師に対する侮辱と言うものぞ」
素女に背中を押されては、断る事も出来ない。
「御配慮、痛み入ります。それでは、御言葉に甘えて、失礼つかまつる」
最後は、閻魔大王が男らしく引き取った。
旱魃姫は俯いたままであるが、閻魔大王の金斗雲が方向を転じると、旱魃姫も後に続いた。
ぎこちない仕草で立ち去る2人の後ろ姿を見て、素女は愉快そうに笑い声を上げた。
崑崙山の西王母の部屋。閻魔大王と旱魃姫が西王母に拝謁する。
「閻魔大王、旱魃姫。
西王母の表情は相変わらずだが、
「閻魔大王も、すっかり現世に感化されたのう。
以前の衣装を脱ぎ、見た事も無い衣装を
夏王朝から進呈された装束は既に捨てられ、今はアメリカで新調したスーツを着ている。靴は
隣で旱魃姫も正座をして平伏するが、フワリとした衣装の裾から可愛らしい素足が覗いている。
「これまで着ていた装束は現世の不届き者に破られました故、改めて作り直しました。
現世には既に職人が
「別に気にはせぬ。そなたの衣装が変わったなと、事実を言ったまでじゃ」
ハハーっと、閻魔大王が額を床に付ける。前回、厳しい叱咤を受けただけに、些細な事にも緊張してしまう閻魔大王と旱魃姫であった。
「ところでな、閻魔大王。あれから私も、黄帝様と話をする事が有っての。
黄帝様がおっしゃるには、現世、地獄、極楽の三界を
図らずも、閻魔大王と同じ事を、黄帝様もおっしゃったのだ。
黄帝様も、現世の人間を死後に極楽に召し上げ、菩薩なりの雲上人に封じて、輪廻転生の渦には投げ込まなんだ者が
そう言われてみると、私の配下にもまた、黄帝様の思し召しで輪廻転生の渦には投げ込まなんだ者が
そうだけれど、私はな。其れは一方的に現世から極楽に召し上げただけで、現世に干渉したわけではない。
だから、閻魔大王の遣っている事は越権行為だろうと考えたのだが、黄帝様は其れも可なりと言うお考えの様じゃ。
それでな、黄帝様は、こうもおっしゃったのだ。私が閻魔大王に手を差し伸べれば、きっと閻魔大王は馳せ参じる。参上した折には、きっと私に新たな願い事をするであろうと。
実際、そなたは馳せ参じた。果たして、私に新たな願い事なぞ、有るのだろうか?」
不思議な事に、皇帝は全てをお見通しのようだ。ハハーっと、閻魔大王が
「黄帝様のお見通しの通り、西王母様にお願いしたい儀が、私には有ります」
「何じゃ? 閻魔大王の願いとやらを申してみよ」
「西王母様が統率する仙女達の中で、是非にも彼女らの力を頼みたい者が
「誰じゃ?」
「
「ほう。彼女らは崑崙山ではなく、皇城にて仕えておるが・・・・・・」
釈迦が極楽の筆頭菩薩に封じられて以降、寿命が尽きた途端に極楽に召し上げられた女性達が居る。
釈迦は現世に存命中、他人の赤子を殺して食べていた女に向かい「赤子の替わりに
彼女達は女としての罪を犯した経験を活かし、極楽で同じ間違いが起きないように目を配っている。
極楽の役務は単調である。
菩薩は皇城の中で輪廻転生の宛先である梵字の短冊を書き、仙女は菩薩の世話を焼き、内城では
代わり映えのしない役務が永劫に続く。
疲労や倦怠とは無縁の彼らも、道を踏み外さないとは限らない。菩薩は男であり、仙女や産女は女である。子供を産めないとは言え、恋慕の情を失ったわけではない。
潜在的な恋慕の情が頭を持ち上げて来た場合に備え、
「
「はい。現世にて同じ事を」
「同じ事? だって、現世では、男女は戯れ、子供を産むのが定めでありましょう?
現世の摂理に逆らおうと言うのですか?」
「現世の人間共の全てに同じ事を施すのではありません。一部の人間共に限って。
抜け穴から潜り抜けようと図る、不届き者に限っての話でございます」
「何やら、閻魔大王の話は理解できませんねえ」
「西王母様。現世には“税金”と言う仕組みがございます」
「“税金”? 其れは何じゃ?」
「詳しい事までは、私も理解できておりませぬ。
ですが、簡単に言うと、金持ちから徴収し、貧乏人に施し、人間共の社会全体を幸せに導こうとする仕組みでございます」
「“金持ち”? “貧乏人”? 何じゃ、其れは?」
「此れは、現世で過ごしてみなければ、中々理解し難き事。此の閻魔の言う事を、今は信じてくだされ」
「分かった」
「さて、税金の仕組みでございますが、一部の人間共が抜け駆けをすると、上手く働きませぬ。
自分本位に抜け駆けする者を成敗する為に、
「大概の趣旨は理解したが、其の“税金”とやら、そなた自身も詳しくないのであろう? 上手く統べる事が出来るのか?」
「西王母様の御指摘は御尤も。
「別の者?」
「はい。皇城に仕える菩薩の1人。
彼は、先程の話で出た、黄帝様が召し上げた現世の人間の1人。私が耳にした処では、“税金”なるものに最も長けた雲上人でしょう。其の
イエス・キリストとして現世を生きた頃。
彼は、処刑前夜のイスラエルで、当時の権力者達から「ローマ皇帝に税金を納めるべきか?」と誘導質問された。
「神の前に全ての人間は平等だ」と説く彼が、「平等な人間同士での一方的な金銭授受は認められない」などと回答しようものなら、不敬罪と言う処刑の大義名分が立つと考えた意地悪い質問であった。
イエス・キリストは「デナリウス銀貨の肖像は誰か?」と問い返し、「ローマの物はローマに、神の物は神に返しなさい」と畳み掛けたのである。
統治機構のローマ帝国には納税せよ。ローマ帝国は見返りに、神の創造物たる人間の幸せを確かなものにせよ。そう宣告したのだ。
更に生き返って、聖徳太子として現世を生きた頃。
彼は、十七条憲法を設定し、其の十二条で「国司や国造と言った役職に就いた地方豪族が民から勝手に徴税する事は許さない。税金は国家にのみ納める事」と、明確に定めた。
閻魔大王は、そう言う風聞を現世で耳にし、助力を頼むならば
「それでは、これから黄帝様にお願いする為、皇城に参内するのですか?」
「はい。そのつもりです。
西王母は閻魔大王に言わなかったが、実は、黄帝は西王母に対して、
「閻魔が助けを求める相手は汝だけではない。ワシにも助けを求めて来るはずじゃ」
そうも言ったのだった。
黄帝が見通していた事は、
全てが予定調和の如くに進んで行く様を実感し、久方ぶりに西王母は少し背筋が寒くなった。
黄帝の許しは直ぐに降りた。
「既に釈迦には伝えておる。
「黄帝様は、私が御頼み申し上げる事を予知しておられたのですか?」
「ワシは三界を統べる黄帝だぞ。閻魔よ。汝の思う通りに遣ってみるが良い」
ハハーっと、閻魔大王が額を床に付ける。
「ところで、旱魃姫や。閻魔との
優しい父親の顔に戻った黄帝は、旱魃姫との会話を楽しんだ。
閻魔大王には追い風が吹き始めていた。西王母や黄帝との話が順調に進むのを横で聴いていた旱魃姫は、ホっと胸を撫で下ろしていた。
恐らく、父親として気を回した黄帝が、西王母に口添えしてくれたのだろう。其の前には、母親の雲華婦人が黄帝の耳に入れていたのかもしれない。
今回は雲華婦人と会う機会が無かったので、真相を確かめようが無かったが、きっとそうだろうと旱魃姫は思った。
極楽を辞して地獄に戻ると、閻魔大王は役鬼に命じて、三途の川を渡って来た場所に、菩薩が鎮座するに
軽度の
此の間、旱魃姫が地獄に留まると、また三途の川の水位に影響を与え兼ねないので、旱魃姫は早々に現世に赴いた。
閻魔大王は、
アーネストとキャサリンは、2人の勤務先の新聞社と昵懇の出版社のオフィスで、『キング閻魔』の装丁の打合せをしている最中だった。
会議室の打合せデスクの上には、装丁のデザイン画が何枚も並べられ、
其処に突然、閻魔大王が現れる。
スーツを着ているので異和感は無いが、出現の仕方に驚いた出版社スタッフは、椅子と一緒に後ろに倒れ込んだ。
学鬼と怠鬼が幽体離脱して来る。
「閻魔様! 日本にいらっしゃったのではありませんか?
不覚にも、アメリカに閻魔様の存信が近付く気配に全く気付きませんでした」
『ウム。ワシは地獄から直接、此処に遣って来たからな』
「其れは、どうして?」
『学鬼には一度、地獄に戻って貰いたい。其の上で、地獄に連れて来て貰いたい菩薩が
「私の様な鬼が菩薩様をお連れしても宜しいのですか?」
『心配は要らぬ。黄帝様には御許しを得ておる。
それに、汝は極楽を見てみたかったのだろう?』
「はい。有り難うございます。それで、どなたを?」
『ウム。
「
『そうだ。三途の川沿いで、汝も会った事が有るだろう? だから、菩薩探しで迷う事も有るまい』
「それで、
『三途の川沿いに新たな
其の
「吟味とは、何を?」
『脱税だよ』
「「「脱税?」」」
“脱税”と言うキーワードには、学鬼だけでなく、アーネストとキャサリンも声を裏返した。怠鬼だけが黙って、だが興味津々の顔付きで遣り取りを眺めている。
『そうだ。脱税した亡者を探し出し、
そして、通常よりも性根の矯正を急ぐのだ。
自白させた脱税情報を現世の税務当局に通報し、納税額を回復させる。国家財政が潤沢に潤えば、弱き者の救済に回す金銭も増やす事が出来るであろう。
入口の脱税した亡者を探す役務を、
「キング閻魔。其の徴税官みたいな事を、イエス・キリストに遣って貰うわけなの?」
『そうだ。ワシら鬼には不得手な分野だし、現世を経験した者が
汝ら人間を採用するのが最適なのだろうが、地獄の役務に人間を遣うわけにも行かんだろう?
此れが次善の策であると、ワシはそう思う』
「そう言われれば、そうだけど・・・・・・。アーネストは、どう思う?」
「イエス・キリストの前で嘘を
「少なくともキリスト教圏の人間はそうね。キリスト教を信仰しない人間に何処まで効果的なのかは疑問だけど・・・・・・」
「それよりも、キング閻魔。着想は良いと俺も思うけど、脱税防止だけでは大して社会は変わらないと思うぞ」
『アーネストの指摘は
「「「二の矢?」」」
『汝ら2人、以前に教えてくれたであろう。
税金とは金持ちから徴収し、貧乏人を救済する為に遣うのが理想だ、と。
だが、金持ちは税率の低い国に逃げてしまうので、現実にはアメリカ大統領と
アーネストとキャサリンは、閻魔大王の確認する内容に無言で首肯した。
『だから、金持ちが税率の低い国に逃げられないようにするのだ』
「「「
『現世の人間には一律、同じ税率で税金を納めて貰う』
「国に依って税率は違っているわよ」
『そうだな。ワシも勉強したので、其れは知っている。
だが、此れは閻魔税とでも言うもの。現世の国の税率と、閻魔税の税率の差額を、閻魔社に納税して貰う』
「「「閻魔税?」」」
『亡者となった者には、死んだ時点での金銭の半分を国か閻魔社に納税させる。
全部とは言わぬ。半分は子供に分け与えても構わぬ。子供に残すものと閻魔税とで折半だ』
「キング閻魔のアイデアは相続税みたいなものね。相続税の税率を50%にすると言う事だわ」
「キング閻魔。金銭じゃなくて、資産にしないと抜け道が生じるぞ。金銭を不動産や債券に変えて、抜け駆けを働く奴が絶対に出て来る」
『分かった。アーネストの言う通りにしよう。ワシは現世の事に疎いからな』
「でも、50%の相続税を納めたかどうかを、
『だからこそ、
「でも、脱税した亡者を探し当てても、既に子供に相続されてしまっているわ。手遅れじゃないの?
それに、脱税した亡者を懲罰するにしても既に死んでいるわけだし、だからと言って、相続した子供を懲罰するのも難しいと思うわ。刑務所に入れる?
50%もの相続税を納税していなくても、所属する国家の定める相続税を納めていたなら、現世では罪に問えないわ」
『だからな。直接は誰も懲罰しない。
其の替わり、抜け駆けして相続した子供には、更なる子供が生まれないようにする』
「孫が生まれないようにするの? そんな事、出来るの?」
『そうだ。出来る。子供を産ませない為の助っ人を、
ワシの考えた策だと、既に命を授けられた者を懲罰する事にはならないだろう?』
「でも、孫を産めなくなった子供世代は可哀そうね」
『そう思うのであれば、50%の閻魔税を納め直せば良い。どちらの選択肢を選ぶかは、本人次第だ。
2回目の子供が生まれなければ、抜け駆けして相続した子供が亡者になった時点で、全ての資産を徴収できる』
「閻魔税の構想を、いつ世界に告げるの?」
『其れを汝らと相談したい』
アーネストとキャサリンは『キング閻魔』の出版時期を延期する事にした。明らかに、新たな章を追記する必要が有ったからである。
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