22. 貧困撲滅~銭という化け物~

 ニューヨークで開催される社交界パーティーの誘いも有ったのだが、タイミングの問題と、どうせなら最も豪勢なパーティーに参加しようと言う理由で、アーネストとキャサリンは、ラスベガスで開催されるパーティーを選択した。

 ネバダ州の砂漠の度真ん中に突然出現するカジノのメッカ、ラスベガス。

 それほど中心部から離れていない場所に国際空港が有り、他にも自家用機の離着陸可能な国内空港が二つも有る。

 IT産業のメッカ、シリコンバレーの所在するサンフランシスコからは600㎞程度の距離なので、自家用機を飛ばせば、数時間でアクセス出来る。また、映画の都ハリウッドの所在するロサンゼルスとは200㎞程度しか離れておらず、車で数時間の距離に在る。

 つまり、交通の便が頗る良い。

 パーティー参加者はラスベガスの豪奢なホテルに滞在し、パーティー前後はカジノに興じたり、付近に幾つも有る国立公園まで足を伸ばして自然を満喫する事も可能だ。

 数日から1週間程度の滞在ならば、飽きが来ない。こう言う立地条件を活かして、アメリカ社交界は好んでラスベガスをパーティーの開催地に選んでいた。

 閻魔大王の憑依したアーネストと、旱魃姫の憑依したキャサリンは、金斗雲に乗って、会場となるホテルの車付けロータリーに白昼堂々フワリと着陸した。午後の早い時間帯だった。

 到着予定時間をホテルに予告していなかったので、人払いの措置は執られていない。付近を散策中だった一般観光客も集まって来て、ホテル前は一時、騒然となった。

 通常はホテル利用客が乗り付けた車の鍵を預かるフロントマンも、金斗雲にどう接して良いかが分からず、放心状態だった。閻魔大王が金斗雲を上空に浮上させると、フロントマンは安堵の表情を浮かべた。

 ラスベガスは北緯36度の乾燥地帯に位置しており、真冬の極寒気を過ぎたとは言え、2月末の気温は未だ未だ寒い。今の気温は16度。早朝の最低気温は5度を下回るはずだ。

 だから、アーネストとキャサリンは2人共、ダウンジャケットにジーンズ姿だった。最高級ホテルには場違いな服装だと自覚してはいたが、そうかと言って、何を着て行けば良いのか? 皆目見当が付かなかった。

 政府要人などのVIPにインタビューする時に着用する一張羅は持っているものの、其れを着用して1日を過ごすのでは窮屈だ。

 勿論、ラフな格好でパーティーに参加する程、非常識ではない。ホテルでタキシードとイブニング・ドレスをレンタルする手筈は取っていた。レンタルで十分。恐らく二度と着用しないのだから。だからこそ採寸の為、早目にチェックインするのだ。

 ホテルの女性コンシェルジェが控えるVIP専用デスクに歩み寄る。

 コンシェルジェはジーンズ姿の2人を見上げ、困惑気味の強張った笑顔を浮かべた。

「今夜のチャリティー・パーティーに招待されたキング閻魔とクィーン旱魃だ。

 でも、ホテルに泊まるのは俺達、アーネスト・オブライエンとキャサリン・ウィーバーだけどね」

 アーネストとキャサリンが自分達の社会保障番号カードを提示する。

 2人のカードを受け取りはしたが、思案顔のコンシェルジェ。意を決して、2人に通告した。

「御客様。此の招待状に記載された方でないと、当ホテルにお泊めする事は出来ません。申し訳ありません」

 慇懃無礼な態度で拒絶された2人だったが、予想された展開なので、アーネストは肩を竦めただけだった。

 すると、閻魔大王と旱魃姫が2人の背後からモヤモヤと幽体離脱して来る。そして、アーネストとキャサリンの隣に立ち並んだ。

 旱魃姫の方はアメリカ人にとって見慣れた身長だが、身長250㎝の閻魔大王はアメリカ人でも驚くほどの大男である。

 女性コンシェルジェがヒッと小さな悲鳴を上げた。目の前にゴーストが現れたとしか認識できなかったのだ。

『ワシらが閻魔大王と旱魃姫だ。

 スティーブ・シルバースタインと申す者が主催するチャリティー・パーティーの招待客だ』

『でも、御覧の通りでしょ? だから、アーネストとキャサリンの身体を、お借りしているの』

「し、失礼しました。直ぐにポーターが御部屋まで御案内致します」

 デスクから立ち上がったコンシェルジェは、小走りで付近に控えたポーターを呼び止めると、4人の前に連れて来た。腰の引けたポーターも少し緊張気味である。

 ポーターは、これから自分1人でエレベーターに乗り合わせる事を思い、ライオンの檻に閉じ込められる様な心細さを覚えた。哀願の目付きでアイコンタクトを投げるポーターに、無言で首を横に振り、身体を強張らせたままのコンシェルジェ。

「御案内致します。どうぞ、こちらへ」

 諦めて気持ちを切り替えたポーターは、アーネストとキャサリンの小さな旅行用トランクを引き継ぐと、閻魔大王の一行を最上階専用のエレベーターに案内する。

 異変に気付いた何人かの宿泊客が、チェックインの様子を遠巻きに眺めている。閻魔大王達の姿が見えなくなると、フロントエリア前の喫茶スペースで午後の紅茶を優雅に楽しんでいた老夫婦が、

「おい、婆さん。見たか?」

「ええ、見ましたとも。あの方がキング閻魔なのね。それにしても、立派な体躯をされているのね」

「そうだな。アメリカ海軍が敵わないはずだよ」

 ささやき声で、そう言う内緒話をした。

 最上階でエレベーターを降りた一行は、ワンフロアに数部屋しかないスウィートルームに案内された。

 キャサリンはVIPインタビューでスウィートルームなる部屋を何度か経験していたが、現場一筋のアーネストには経験が無い。自分がニューヨークで住んでいる賃貸マンションと比べ、何倍も広いスウィートルームに仰天した。キョロキョロと周囲を見回し、幾つもの部屋を順繰りに探検して回る。

 余裕の有るキャサリンの方が、部屋を辞そうとしていたポーターを呼び止めた。

「タキシードとドレスの採寸をお願いしたいの。

 今夜のパーティーで着用するから、直ぐに係を寄こしてちょうだい」

 指示した後、ダイニングルームに移動し、ルームサービスのメニューのページを繰った。

「アーネスト! 私、お腹が空いたわ。あなたも何か食べない? パーティーの前に食べておいた方が良いわよ」

 キャサリンの呼び声に、「ジーザス、クライスト!」を連発して戻って来るアーネスト。

 幽体離脱したままの閻魔大王と旱魃姫は、壁一面のガラス窓に見入り、最上階からの眺めを確認していた。金斗雲に乗り慣れた2人にとっては今さら楽しむ景色でも何でもない。

『アーネストよ。此のホテルの前に有る大きな池だがな、あの水は湧いておるのか?』

「いいや。近くにミード湖って言う湖が有るんだよ。其処のフーバーダムから水を引いているはずだ」

『そうか。それでは、パイエスト共和国の砂漠を同じ様にするのは無理だな。

 あの砂漠を耕作地帯に変える事が出来れば、もっとパイエスト共和国の民も豊かになると思ったのだが・・・・・・』

「残念ながら、人類にそんな技術は無いな」

『そもそも、何故なにゆえ、サハラ砂漠の様に不毛な土地が広がっているのだ?』

「そりゃ、ニューヨークに戻ってから、ドクター学鬼に質問した方が早いと思うぞ。

 一言で言えば、地球には色んな気候が有って、偶々、アフリカ北部にはサハラ砂漠が広がっているとしか、俺には説明できない」

「でも、キング閻魔。地球温暖化の影響で砂漠は広がっているのよ。南極の氷も溶けて、海面も上昇しているみたいだし・・・・・・」

「そうだな。地球温暖化で気温が上がって、徐々に農作物の収穫量も不安定になっているし、異常気象で生活基盤が脅かされてもいる」

『そんな事態が進行しておるのか。現世の人間共が幸せをつかむのは、一体いつになるのだろう?』

 ドアチャイムが鳴り、閻魔大王との遣り取りは中断した。

 採寸屋が訪ねて来たのだ。採寸屋はテキパキと、アーネストとキャサリンの身体のサイズを測って行く。

 閻魔大王に解脱して貰ったが、採寸屋は測るまでも無く、

「申し訳ありません。御客様のサイズに合う衣装を当店では準備致しておりません」

 と、恐縮した口調で断った。

 閻魔大王には幽体離脱の状態で、パーティーに参加して貰う事にした。旱魃姫が解脱する事は叶わないので、閻魔大王が幽体離脱のままであっても釣り合いは取れた。

 採寸屋はアーネストとキャサリンに衣装のデザインリストを差し出した。

 アーネストの方は、黒いタキシードと注文すれば、事足りる。でも、女性のキャサリンの方は、選択肢が多過ぎて注文に時間が掛かってしまう。

 旱魃姫に意見を求めようにも、現世の衣装センスに関しては当てに出来ず、買い物慣れしていないキャサリンはウンウンと悩み込んだ。

 採寸屋が「後ほど部屋の電話でお知らせください」と言って引き下がると、待ち構えていたかのように、ルームサービスのコックがスウィートルームを訪れた。

 食材と調理器具を満載したワゴンを押しながら、宿泊客の目の前で調理するのだと言う。出来たての料理を提供するのが、スウィートルームのサービスらしかった。

 料理が出来上がるまでの数十分。キャサリンは衣装選択の時間的猶予を手にした。


 中途半端な時間の食事を済ませると、アーネストは3人に「腹ごなしにホテル付近を散歩しないか?」と提案した。

 閻魔大王と旱魃姫に憑依して貰い、ダウンジャケットにジーンズ姿の2人が外を散策するのであれば、奇異の目を向ける者は誰も居ない。

 趣向を凝らしたデザインのホテルが立ち並びテーマパークみたいな街中を、2人してブラブラと歩く。

(アーネストよ。ワシはテロ撲滅作戦で忙しくて、普通のアメリカ人を見るチャンスが殆ど無かったんだが、やはり豊かな国だけあって、肥満体型の人間が多いな)

「まあね。金持ちと言うよりは、ジャンクフードの食い過ぎだけどな」

「何、何?」

「キング閻魔が、デブが多いってさ」

 15号線を南に下り、中心部から離れる方向に歩いて行った。

 マッカラン国際空港を左手に眺めつつ、更に南へと歩く。徐々に、旅行客の滞在場所ではなく、地元住民の居住区の色合いが強くなる。

 交差した215号線に入り、ミード湖の方へと進路を東に変えた。SALEと書かれた派手な張り紙をドアに貼られた民家がポツリポツリと目に付く。

 更に進むと、ミード湖から市内に流れ込む河が見えて来た。コンクリートとアスファルトの道路橋が、1羽の寂しそうな水鳥が水面に浮かぶ河を跨ぐ。

 橋桁部分の下に建ち並ぶバラック小屋の列が見える。廃屋の壁の木材を剥ぎ取ってバラック小屋の壁とし、朽ちたドアをバラック小屋の屋根としていた。

 壁板は如何いかにも不安定で、強風が襲えばクシャリと崩れそうである。雨は頭上の橋脚で凌げるとしても、下は剥き出しの地面であり、冬の寒さは防げそうにない。

 そんなバラック小屋が幾つも集まり、小さな貧民窟を形成していた。

『あれは何だ?』

 道路脇を歩く人影も無く、幽体離脱して来た閻魔大王は貧民窟を指差した。旱魃姫もキャサリンから幽体離脱して来る。

「浮浪者だな」

『浮浪者?』

「ああ。仕事にあぶれて、普通の生活が出来なくなった者の事だよ」

『だが、此処まで来る途中。住む者の居なくなった家屋が幾つも有ったぞ。

 何故なにゆえ、其処に住まわぬ?』

「今は不動産屋の所有物だからな。彼らの所有物じゃない。

 もしかしたら、彼らの住む家だったのかもしれないけれど・・・・・・」

『彼らは金銭を失った者と言う事か?』

「そう言う事」

『金銭が無くて、如何どうやって暮らしておるのだ?』

「安い賃金の日雇い仕事をして、其の日の食費だけは細々と賄っているのだろう」

『あの場所に近付く事は出来るか?』

 近くに歩み寄ってみると、貧民窟の半分以上はもぬけの殻で、日雇いの仕事か粗大ゴミを漁りに街の中心部を出歩いているようだった。

 1軒のバラック小屋の前で、老いた黒人が薄汚れたコートを身にまとい、焚火の燃えるペンキ缶に手をかざしていた。用心深く警戒した目付きで、近寄って来るアーネスト達を見ている。

 老人の横には、スーパーで使用する買い物カートが錆びた状態で停まっている。カゴの中には、傷みの目立つ果物、油汚れと埃で薄汚れたバスタオル、殆ど骨だけになったフライドチキン、3分の1ほどの量が残った炭酸飲料のペットボトル、そんな物が入っていた。恐らく、今日の徘徊の成果なのだろう。

『此の様な暮らしは、長いのか?』

 閻魔大王を凝視していた警戒の目付きは、既にドンヨリとして空虚な目付きに変わっている。老人の視線は川面に向けられていた。閻魔大王に返事をする事無く、再び自分だけの世界に閉じ籠った様だった。

 アーネストとキャサリンは踵を返した。少しの間だけ閻魔大王は其の場に佇んでいたが、浮浪者との会話を諦めると、アーネストとキャサリンの後を追った。旱魃姫も無言で寄り添う。

 橋桁の陰から出て、澄み渡った青空を見上げると、金斗雲を呼んでホテルに戻った。


 チャリティー・パーティーの開催時間が近付くと、エスコートのホテルスタッフが部屋の呼び鈴を鳴らした。

 タキシードに蝶ネクタイ姿のアーネスト。キャサリンは、シルク製で濃い黄色のロングドレスに同系色のハイヒールを履き、首には金のネックレスを架けている。少し前には、ホテル内の美容サロンで、肩まで伸ばした金髪の毛先を整え、軽くウェーブさせて来た。

 キャサリンの方がアーネストよりもハイヒール分だけ背が高いが、キャサリンはアーネストの左腕に自分の手を絡ませ、ホテルスタッフの後に続いた。

 パーティー会場の入口で、ホストが笑顔で2人を出迎えた。

 ホスト役は、綺麗なロマンスグレイの髪をした老夫婦。老夫婦と言っても、髪の色から推察するだけで、顔には小皺こじわも殆ど無い。セレブはアンチ・エイジングの手入れに余念が無いので、外見から年齢を推し測るのは難しい。

 黒いタキシードに黒いドレス。無数のダイヤモンドを蝶の模様に組んだネックレスが、女性の胸元に光輝いている。購入金額が幾らなのか? 豪邸を買える程の金額だとは理解できても、宝石と不動産に縁が無いキャサリンには具体的金額の想像が全く付かなかった。

 閻魔大王宛ての招待状だと気付いた受付係が、ホストに走り寄り、小声で耳打ちする。

「本日は、ようこそお越しくださいました。

 ホストのスティーブ・シルバースタインです。こちらは妻のマリー」

「アーネスト・オブライエンです。初めまして」

「キャサリン・ウィーバーです。初めまして」

「マリーよ。初めまして」

 互いに握手したり、女性の右手の甲に口付けの挨拶をする。

 オパールの指輪とサファイヤの指輪が、シルバースタイン夫人の指には嵌まっている。ダイヤモンドのネックレスに比べれば安いのだろうが、其れでも目玉の飛び出そうな購入価格なのだろう。

「ところで、キング閻魔とクィーン旱魃は、お越しなんですよね?」

「もし御希望ならば、此処で2人に登場して頂きますが?」

「勿論ですとも。ホストの特権を行使して、誰よりも先に御目に掛かりたいものです」

 閻魔大王と旱魃姫がユラユラと幽体離脱する。

「いやあ! ようこそ、ようこそ。キング閻魔をお招き出来て、望外の喜びです。今日は是非、楽しんで行ってください。

 キング閻魔とクィーン旱魃は本日のメイン・ゲストですからな。パーティーの冒頭に御二人を御紹介させて頂きます。

 其の時だけは前に出て来て頂きたいのですが、後は飲んだり、食べたり、好きにして頂いて結構です。

 まあ、キング閻魔と話したがっているセレブは多いでしょうから、色々と五月蠅いでしょうが、そこはまあ、御付き合いください」

『ウム。かたじけない』

「はい。では、部屋の奥へ、どうぞ。

 私共は此処で、未だ来場頂いていない御客様を出迎えないといけません。後程、お目に掛かりましょう」

 シルバースタイン夫妻は閻魔大王と旱魃姫に軽く会釈した。


 ホールに入ると、天井からは大きなシャンデリアが幾つも吊り下がっていた。まるで光の大木が天井から逆様に生えて来た様である。

 床にはフカフカの赤い絨毯が敷き詰められ、白いクロスを被った丸テーブルが幾つも並んでいる。それぞれのテーブルには、一口サイズの小皿に取り分けられた料理の数々。

 ホールの片隅では、余興も兼ねて、子豚、七面鳥、マグロを招待客の注文に合わせてコックが長いナイフで切り削いでいる。ホールの前の方では、バンドマン達が軽妙なジャズを奏でていた。

 白いスーツを着たフロアスタッフが手に銀盆を持ち、立ち話している歓談グループを回っては、飲み物を薦めていた。

 閻魔大王と旱魃姫の前を進む露払い役として、アーネストとキャサリンは軽く左右を見渡しながら、ステージの方に向かって歩いた。

 少し薄い映像の閻魔大王と旱魃姫を見遣った招待客達は、立ち塞がる海原がモーゼに路を開けるかのように1歩下がった。1歩下がらないと身長250㎝の閻魔大王の顔を見えないと言う事情も有る。

 最前列の丸テーブルの脇に到着するものの、其の先は何をすれば良いのか分からない。

 何せ、パーティー会場にアーネストとキャサリンの知い合いは1人も居ない。ホールスタッフからシャンパングラスを受け取ったアーネストとキャサリンは、手持無沙汰に佇んだ。

 だが、パーティーに参加するセレブと言う者は好奇心が旺盛で、おしゃべり好きである。特に女性はそう。

 早速、無邪気な若い女性が2人して、閻魔大王に近寄って来た。彼女達にとっては、交際相手と知り合う事もまた、参加理由の一つなのだろう。

「初めまして。キング閻魔。私は、ルーシー・キャロウェイ。ルーシーって呼んで」

「私は、ミシェル・マクニール。ミシェルと呼んでください」

『ウム。閻魔大王だ』

「こちらは奥様?」

『はい。旱魃姫と申します』

「キング閻魔は有名人だし、やっぱり、こんなパーティーには何度も参加しているんですか?」

『いや、初めてだ』

「あら、初めてなんですか。どうです? パーティーに参加した御感想は?」

『感想も何も・・・・・・。こんなに大量の料理。汝らは全て平らげるのか?』

 右手で口元を隠し、2人はホホホッと笑った。

「殆ど食べないでしょうね。パーティーは食事を楽しむ場所ではなくて、会話を楽しむ場所ですもの」

『それでは、食べ残した料理は?』

「さあ、知らないわ。そんな事はホテルの人間が考える事ですもの」

 キャサリンが小声で閻魔大王に解説する。

「恐らく廃棄処分するでしょう。食べ残しを他の宿泊客に出すはずないし、下手に食中毒を発生させては、ホテルの信用に傷が付くから」

『何と! 先程、ワシらは直ぐ近くで、食うにも困る人間を見て来たと言うのにか?』

 少しの間、閻魔大王が絶句する。替わりにアーネストがセレブの若い女性に話し掛けた。

「ところで、今日は何のチャリティーなんですか?」

「さあ、知らないわ」

「でも、パーティーの最後に、貴女達も小切手を切るんでしょ? 使用目的も分からないんじゃ、気持ち悪くないですか?」

「募金する行為が重要なのよ。困っている隣人を助けよと、イエス様は教えているでしょ?

 世の中には困っている人が多いんだから、其の中の誰を支援するかは大した問題じゃないと思うわ。

 募金先を決めるのは、ホストのシルバースタイン夫妻の役目。彼らとは知り合いだし、其の彼らを私達は信用しているもの」

 “困っている人”と言うのは漠然としたイメージで、具体的な人物像を想像した事が無い雰囲気である。実際、彼女達の生活の中では一般庶民とですら接する機会が殆ど無い。其の彼女達に貧困が何たるかをイメージしろと言うのは、酷でもあった。

「それじゃ、あのシルバースタイン夫妻は、の様な方なんですか?」

「中西部のご出身で、広い牧場を持っていると聞いたわ。でも、牧場だけじゃなくて、色々とビジネスを遣っているはずよ。詳しくは知らないけれど・・・・・・」

 丁度その時、シルバースタイン夫妻が閻魔大王に近寄って来た。

「キング閻魔とクィーン旱魃を皆さんに御紹介させてください。

 どうか、ステージの上へ。私が案内致しましょう」

『ウム。承知した』

 アーネストは其の場に留まった。アーネストの身体から風船の糸の如き物が伸び、閻魔大王がスーッとスティーブの後に続く。

「奥様も、どうか御一緒に」

 スティーブ・シルバースタインが振り向き、旱魃姫を手招きする。旱魃姫もスーッと閻魔大王の後に続く。

「紳士淑女の皆様。本日は、チャリティー・パーティーに参加頂きまして、有り難うございます。

 本日の募金は、UNICEFを通じ、アフリカで飢餓に苦しむ子供達の為に使われます。

 ですから、御帰りの際には、出口に準備しております大きな募金箱に、ゼロの多い数字を書き込んだ小切手を投函して帰ってください」

 スティーブの冗句に誘われ、軽い笑い声が会場に広がる。

「皆様の財布の紐が緩むように、本日はスペシャル・ゲストを御迎えしております。御紹介させてください」

 紹介するまでもなく、会場の参加者は既に知っている。

 だが、スティーブは焦らす様に一拍空け、大声を張り上げた。

「キング閻魔! そして、奥様のクィーン旱魃です! 盛大な拍手で御迎えください!」

 別にスティーブに促されたと言う風ではなく、熱狂的な拍手が自然発生した。

 顔を見合わせ、戸惑う閻魔大王と旱魃姫。

『もしかして、ワシは何かを言うべきなのか? 何分、ワシは現世の習慣に不慣れなものでな』

 閻魔大王がスティーブに問う声をマイクが拾い、会場に流れた。

 本音を漏らした台詞せりふを最高の冗句と解釈した招待客達は、ドッと笑い、もっと大きな拍手を閻魔大王に送った。

「もし宜しければ、キング閻魔から何か御言葉を頂きたいと思います」

 少し苦笑いしながら、スティーブが閻魔大王にお願いする。

『ウム。ワシは、人間共が性根しょうねを少しでも曲げずに一生を終えられる世の中を作ろうと思い、現世に遣って来た。だが、ワシが出来るのは手助けであって、汝ら自身が世の中を変えていかねばならぬ。

 先程、チャリティーと言うのは、弱き者を助ける事だと聴いた。

 此のスティーブ殿の話では、今度はアフリカの弱き者を助けると言う。ワシは良い事だと思う。恐らく、汝らの性根は真っ直ぐなのであろうな。

 だがな。現世の時間で3時間ほど前の事だ。此処から僅かに離れた場所で、食うに困っている者達を、ワシは見た。彼らも弱き者達だ。

 一方で、此の会場に並べられた料理は食べられずに捨てられる、とも聴いた。

 どうだろう? 食べ残した料理を、其の弱き者達に振る舞ってはどうだろう?』

 話の後半はセレブ達にボランティア精神の発揮を促す内容だったので、閻魔大王の話が終わっても、互いに目配せする招待客が多かった。だが、全体的には自分達を非難していないと言う事が分かる。

 居心地の悪い沈黙の後、パラパラと拍手が起こり、そして、割れんばかりの拍手が沸き起こり、閻魔大王の提案に賛意を表した。

 招待客の1人である年配の男が、大声で閻魔大王に逆提案した。

「キング閻魔! 残り物と言わず、今からパッケージに包んで届けようではありませんか!」

 そして会場を見渡し、「どうです? 皆さん!」と大声を張り上げた。

「賛成!」「賛成!」と言う大声が、あちらこちらから挙がった。思わぬ展開に、ホストのスティーブもステージの上で戸惑っている。

「分かりました。皆さんに賛同頂けるのなら、そう致しましょう。本日はドリンクだけのパーティーです」

 招待客の大半は既に酔いが回り始めている。スティーブの宣言に呼応して大いに盛り上がった。

 直ぐにスティーブの指示で、フロアスタッフが料理の皿を取り下げ、厨房でパッケージに詰め直す作業を開始した。

「ところで、キング閻魔。其の弱き者達の居場所は何処なのですか?

 如何どうやって届ければ良いのでしょう?」

 招待客達を代表して、スティーブが閻魔大王に確認する。

『そうであったな。近くにる邪鬼共を呼び寄せ、其奴そやつらに運ばせよう。今暫いましばらくお待ちくだされ』

 すると、5分も経たない内に、金斗雲に乗った1鬼目の邪鬼がホールに乱入した。マッカラン国際空港から急行した邪鬼だった。

 更に20分もすると、6鬼の邪鬼達がホールに乱入した。サンフランシスコとロサンゼルスの国際空港から急行した邪鬼だった。

 金斗雲に乗った邪鬼を間近で見た事の無い招待客達は、頭上に浮かぶ彼らに目を奪われた。

 ホールスタッフが何人も行き来し、床に着地した金斗雲の群れに何百もの弁当を載せた。

 アーネストが気を利かせて、閻魔大王に提案した。

「キング閻魔! 邪鬼が届けたら、浮浪者は警戒してしまうはずだ。

 招待客から立候補を募って、彼らにも金斗雲に乗って貰ったら、どうだ? 人間の手でパッケージを手渡した方が自然だよ」

『ワシには分からぬが、アーネストの提案はどうだ? 誰か金斗雲で行ってくれる者はるか?』

 浮浪者に接しろと言われれば、普段は躊躇するに決まっている。

 だが、閻魔大王のミッションであるし、金斗雲に乗ってみたいと言う気持ちも多分に有る。若い招待客を中心に挙手が相次いだ。

 こうして、閻魔大王と旱魃姫は会場に留まる一方で、招待客と弁当を乗せた金斗雲がホールを後にした。

 此の30分余りの出来事は、他では経験できないイベント・アトラクションとなった。

 招待客の誰もが閻魔大王を同志だと感じ、パーティーが終わるまで、閻魔大王と旱魃姫を囲む人集ひとだかりが絶える事は無かった。そして、招待客達は、いつもより多額の金額を記した小切手を募金箱に投函し、上機嫌で帰路に付いた。


「しかし、疲れたなあ。でも、成功裏に終わって、良かったじゃないか」

 スウィートルームに戻り、リビングルームの長椅子に身を投げ出したアーネストが言った。

「でも、あの浮浪者達は今晩の食事にありつけただけであって、明日からは元の暮らしが続くのよ」

 ラスベガスの煌びやかな夜景が広がる窓ガラスに背中を預けたキャサリンが、ミネラル・ウォーターを飲みながら、現実的なコメントで応じた。

『キャサリンの言う通りだな』

 幽体離脱した状態の閻魔大王が相槌を打つ。

『でも、アメリカの中でも貧しい人が居るって、意外だったなあ』

 閻魔大王の横に浮かび、旱魃姫も素直な感想を呟く。

『旱魃姫の言う通りだな。ワシも少し驚いている』

「ニューヨークでも時々デモ行進が有るのよ。此の国では1%の金持ちが99%の富を独占しているって、彼らは社会に問題提起しているの」

『そんなにか? 何故なにゆえ、そんな事になるんだ?』

「キング閻魔。金銭って言うのはさ。集まるものなんだよ。

 金持ちは資産運用を通じて、どんどん資産を膨らませる。一方で、一旦貧乏人に転落してしまうと、借金ばかりがかさんで中々貧乏から抜け出せない」

『金利と言う奴だな? ワシらも最初は金利で苦しんだ』

「そう。金利って言う奴は、金銭を持った人間の懐に入るんだ。だから、金持ち連中は今日みたいな慈善活動で幾ら募金しようが、自分達の資産は殆ど減らないのが現実なのさ」

「悔しいけど、アーネストの言う通りだわ。

 彼らは自分の懐を殆ど痛めずに、慈善活動をしているって言う自己満足に浸れるわけ。

 金持ちの性根が曲がっているとは言わないけれど、其れが資本主義のカラクリ」

『だが、アメリカ政府は何をしている?

 最高権力者のウィットモア大統領は、指を咥えて見ているだけなのか?』

「本当は、所得格差を再配分する手段が税金なんだけどさ」

「そうそう。金持ちに高い税金を課すと、彼らは税率の低い国に資産を移して、逃げて行ってしまうのよ」

「だから、アメリカ政府も簡単には増税できない。

 全世界で足並みを揃えないと効果は無いんだけど、アメリカ大統領の権力はアメリカ合衆国にしか及ばないから、ウィットモア大統領だって何も手出しが出来ないのよねえ」

 閻魔大王はウ~ムと唸り、腕組みをして考え込んだ。

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