17. 閻魔債

 手っ取り早く資金調達しようと、まずは埋蔵金ハンターだった亡者フリードリッヒと一緒に、黒鬼と邪鬼達が金斗雲に乗って全世界を飛び回った。

 亡者フリードリッヒが生前、財宝の在り処に目途を付けつつも、深海の底とか密林の生い茂る山奥深くとかで辿り着けなかった場所。或いは、自分の体力不足で断念した場所を探し回った。

 残念ながら、現金としては埋まっていない。古き時代の金貨や銀貨、宝飾品、文化財的な価値の有る物である。其の筋の古物商を通じてしか現金化できないし、最終的な買手は各国の博物館なので、予算の縛りが有る。

 つまり、何件もの宝物を探り当てても数億円の金額にしかならない。貴重な現金収入だが、財務省の請求書を完済するには1桁少なかった。

 並行して、アーネストの発案で、チャリティー募金を募る事にした。各国の報道特派員を「難民キャンプに来ないか?」と誘い出したのだ。

 現実離れした強盗劇に対するマスコミの関心は高く、多くの特派員が集まった。政情不安定な東部アフリカが取材現場なので、流石さすがに中継車は来なかったが、録画用のテレビカメラを肩に担いだ撮影クルー達が多数、乗り込んできた。

 前代未聞の記者会見。解脱した閻魔大王と学鬼。黒鬼が並ぶ。猛、瑠衣、アーネストの3人も会見席に座る。

 まず、記者達は閻魔大王達、鬼の存在について矢継ぎ早に質問を浴びせた。質問には英語で猛が答える。

 地獄の存在や輪廻転生のことわりについて、何処まで欧米マスコミ陣の腑に落ちたかは多分に疑問だったが、仏教に馴染のある東アジア出身のマスコミ陣にはスンナリと理解が進んだようだ。ただ、頭では理解は出来たとしても、地獄の存在は驚愕の事実に違いなかった。

「キング閻魔を始めとする鬼ですが、特撮メイクをしているって言う事は無いですか?」

 と言う意地悪い質問が飛んだ。意地悪いが、質問したがる記者の心情も理解できる。

 身長が250㎝前後の人間が滅多に居ないと言う常識に照らし合わせれば、容易に本物だと言う結論に辿り着くのだが、疑って掛かるのがマスコミ人のさがであった。

「それでは、3人に憑依して貰います。特撮メイクなんかじゃないと、納得して貰えると思います」

 閻魔大王が猛に、学鬼がアーネストに憑依した。

 閻魔大王と学鬼の姿がユラユラと揺れ、2人の身体に吸い込まれる様子を見て、記者会見席に詰めた人間は一様に驚きの声を上げた。ただ、マジックを見せられた人間と同じ反応とも言える。

「バットマンは誰に憑依するのですか? 其処の女性ですか?」

「いえ。ミズ蓮華は男性の鬼の憑依を拒絶していますので、此処で立候補して頂ける方が現れるならば、其の方に憑依して貰います」

 記者達は互いの顔を覗き合っている。

 被験者として憑依を体験すれば、特ダネへの近道と言える。一方で、悪魔祓いなんかの先入観が有るので、我先にと立候補する度胸も無かった。

 そんな逡巡の雰囲気が漂う中、1人の女性記者が果敢に手を挙げた。身長180㎝程度の黒人女性。

「中央ニューズ・ネットワークのキャサリン・ウィーバーです。

 是非、其の憑依とやらを体験させてください」

「構いませんよ。それでは、前に出て来て貰えますか」

 猛の呼び掛けに応じて、他社の記者達がパイプ椅子をズラして作った小道を縫い、会見席を挟んで黒鬼と相対する場所まで寄って来た。

「気持ちを楽にしてください。別に痛くも痒くもありませんから。悪酔いする事も有りません。良いですね?」

 猛の念押しに、緊張した面持ちでキャサリン・ウィーバーが頷く。

 彼女の頷きを合図に、黒鬼が憑依を始めた。記者達が「オオーッ」と驚愕の声を上げる。

 そして、今度はキャサリン・ウィーバーに向かって質問を始める。

「どんな感じですか?」

「どんな感じって言われても・・・・・・。さっきまでと同じです」

「バットマンと会話できるのですか?」

 戸惑った感じで、キャサリン・ウィーバーが首を横に振った。

 其の時である。

(バットマンです。貴女の度胸に敬意を表します)

 黒鬼の声がキャサリン・ウィーバーの頭の中で響いた。

 記者達に向かって、大きく目を開くキャサリン・ウィーバー。彼女の表情の変化を注視していた記者達も、何か異変が生じた事に気付く。

如何どうしました? 何か変化が有ったのでしょう?」

 信じられないと言う顔付きで固まっていたキャサリン・ウィーバーだが、記者魂を取り戻して、経過報告した。

「今、私の頭の中で、バットマンが呼び掛けて来ました」

 再び、記者達が「オオーッ」と感嘆の声を上げる。

「意識を乗っ取られる様な感じは有りますか?」

「いいえ。有りません」

「何か、自分の感情を制御できない様な衝動に駆られませんか?」

「いいえ。何の変化も感じられません。普段通りです」

 記者達とキャサリン・ウィーバーとの遣り取りはしばらく続いた。

 其の間に、瑠衣は難民の子供達を記者会見場に招き入れた。

「皆さん。憑依された方には不思議な能力が身に着きます。其れは心で会話する能力です」

 猛はそう説明すると、子供達の1人に笑顔で話し掛けた。

「其処の君。君の村の言葉で彼女に自己紹介して貰えるかな?」

 大人数を前にして話す事に慣れていない子供はモジモジと、はにかみながら自己紹介した。東部アフリカで幅広く使用されているスワヒリ語ではなく、ナイル・サハラ語系の土着言語であった。

『私の名前はオボテ。6歳。私にも1人、憑依しているの。此の人達は良い人です』

 子供の言った内容を理解できた記者は1人も居ない。キャサリン・ウィーバーを除いて。

「ミズ・ウィーバー。彼女の言う事が、理解できましたか?」

「はい。理解できました。彼女にも1人、鬼が憑依しているそうです」

 三度みたび、記者達が「オオーッ」と歓声を上げる。驚愕に高揚の気持ちが加味された歓声。

「そうです。彼女には邪鬼さんが憑依しています。今から、邪鬼さんに幽体離脱して貰います」

 幽体離脱して来た邪鬼を目にして、またまた、記者達が「オオーッ」と歓声を上げる。

「それでは、皆さん。本日の目的はチャリティー募金を全世界に呼び掛ける事です。

 だから、此処に並ぶ子供達から、英語で、全世界に呼び掛けて貰います。

 子供達が英語を話せるのも、憑依されたからです。正確に言えば、英語を習得した邪鬼に憑依されたからです」

 今度は子供達に向かい、猛は「練習した通りにね」と声を掛けた。子供達が笑顔で声を合わせる。

「世界中の皆さん。私達を助けてください。キング閻魔が食糧を持って来てくれたので、今は食事を摂る事が出来ます。

 でも、キング閻魔には、お金が無いそうです。今の食糧は3カ月分しか有りません。

 それより先の食糧は買わないといけませんが、お金が有りません。それに・・・・・・、薬も足りません。

 だから、私達を助けてください」

 子供達の発表が終わると、解脱した閻魔大王が記者達に語り掛けた。初めて聴く閻魔大王の声。

『ワシは閻魔大王、地獄を統べる者だ。だが、此の現世では無力な存在に過ぎないと、身に沁みて心得ておる。

 ワシは、此処にる人間共を救いたい。だが、汝らの助太刀が無いと、ワシには何も出来ぬ。どうか、ワシに力を貸してはくれまいか。

 汝らの善意が遍く広まれば、此の者どもを救う事は容易たやすい事だと思う。

 どうか、自分の事だけを考えるのではなく、困っている者に手を差し伸べてって欲しい。

 此処の状況を他の人間共にも伝えて遣ってくれ。性根しょうねの真っ直ぐな人間であれば、黙って見過ごす事はしないはずだ。

 だから、此処の窮状を知らないだけだと思う。汝らには其れを知らしめる力が有る。どうか、宜しく頼む』

 腰を低くして頼む閻魔大王の姿に、記者達は意外感を持って聴き入った。

 地獄の王者とは思えぬ謙虚な態度に、それだけ閻魔大王の誠実さと本気を感じた。

 記者だって人の子。善行に依り世界に貢献したいと言う気構えは持っている。母国に帰って、少なくとも自分の遣れる事は遣ってみよう――と、各人が小さな決心をした。

 一連の記者会見の顛末だが、最後の閻魔大王のスピーチが視聴者に直接届く事は無かった。

 閻魔大王は地獄の言語で話しており、獅子が吠える様な感じで、聞いた事の無い言葉が流れるだけだった。

 閻魔大王の心で会話するすべに依り、会見場に集った記者達には閻魔大王の意思が伝わったのだが、テレビ画面を見詰める視聴者には及ばない。だから、テレビ画面の下にはテロップが流れる事になった。

 記者会見自体は全世界で視聴者の関心を惹き付ける事に成功したのだが、所詮はチャリティー募金。集まった募金額は数億円に止まった。やはり、アメリカ財務省からの請求額を支払う為には、抜本的な対策が必要だった。


 閻魔大王の憑依した猛、学鬼の憑依したアーネスト、亡者ジェイソンの3人は、金斗雲に乗って、アメリカのニューヨークを目指した。

 目的地は、マンハッタンにある投資顧問会社。生前の亡者ジェイソンが筆頭パートナーを務めた会社である。亡者ジェイソンは、財宝探しで手にした現金を使って、スーツを新調した。

「難民の身形みなりをしていては、流石さすがの私でも舐められますからな。金融で飯を食っていく者にはハッタリが必要なのです」

 高級スーツで身を固めた亡者ジェイソンは、一つの魔天楼ビルの前に金斗雲を降ろさせた。

 空から金斗雲の降りて来る様に、警備員が唖然とする。ビル前の歩道を歩いていた群集も歩みを止め、金斗雲の動きを驚愕の眼差しで追っていた。

 警備員は、金斗雲から降りて来た亡者ジェイソンの顔を見て、今度は愕然とする。

「貴方は、お亡くなりになったはずでは?」

「ああ。一度は死んだ身だ。だが、此のキング閻魔の求めに応じて、此の世に戻って来た」

 警備員が亡者ジェイソンの後ろを見ると、其処には猛とアーネストの2人。

 警備員の記憶には無く、貧相な一般人としか認識できない。其れが分かったので、閻魔大王が幽体離脱して来た。

「おおっ! キング閻魔!」

 今度は警備員も認識した。

 歩道に立ち止まっていた群集もまた、閻魔大王の少し薄い姿を見て、驚きの声を上げたり、スマホで写真を撮影し始めた。此の出来事もまた、インターネットを駆け巡る事になる。

「ついては、投資顧問会社のパートナー達に、私達を取り継いでは貰えんかな」

 警備員は、一も二も無く、亡者ジェイソンの指示に従った。


 ビルの最上階。贅を尽くした広い応接間に、3人は通された。

 亡者ジェイソンが生前に座っていた席と両隣には、存命中の現役パートナー達が3人。亡者ジェイソンは出入口側の訪問客が座る方の中央。左右に猛とアーネストが座る。背後に、幽体離脱した閻魔大王と学鬼が立つ。

 窓を背にした現役パートナー達の表情は逆光で見辛く、逆に昼間の光に照らされた亡者ジェイソン側の緊張した表情は相手方にとって一目瞭然であった。

 起債を目的に投資顧問会社を訪れる者は資金集めに窮した弱者であり、自分の立場を訪問者に自覚させ、起債条件を有利に交渉する為のテクニックでもあった。

「話は分かった。6千万ドルの資金を調達したいと言う事だな」

 亡者ジェイソンの意思を確認する現役パートナー達の表情は冷たく、かつて同僚だったと言う情けは微塵も無い。黙って頷く亡者ジェイソン。

「それで、返済手段に目途は付いているのか?」

「今、仕掛けようとしているサービスが有る」

「何だ?」

「お前達。こちらのキング閻魔が此のアメリカから食糧を強奪した事は知っているのだろう?」

 3人の現役パートナーが無言で頷く。

「それでは、其の過程でアメリカ軍のミサイル攻撃を防いだ事は?」

「そんな事は知らない。どうせ、国防上の秘密と言う奴で我々に情報公開される事は無いだろう。

 それよりも、ミスター・ソラリスのプレゼンするサービスと、どう関係するんだ?」

「キング閻魔の軍隊にはアメリカ軍でさえ太刀打ち出来ない。だから、国防サービスを始める」

「国防サービス?」

「国防を保障するのだ。国家レベルでぎ込む国防費予算よりは安い料金で」

「ミスター・ソラリスは戦争を始めるつもりなのか?」

「戦争はしない。の国の国民であっても、不幸にするつもりはない。専守防衛に徹する」

「ミスター・ソラリスの心意気は立派だが、キング閻魔の軍隊の実力を知っている国が、そんなに多いとは思えん。顧客開拓に苦労するだろう」

「だが、諜報機関を持った国ならば、既に知っているはずだ」

「そんな軍事大国は自国の国防産業を守る為に国防を外注化したりしないよ」

――俺達は夢想家でもないし、篤志家でもないんだぞ。

 現役パートナーは、そう言いたそうであった。

「ちょっと、ミスター・ソラリスが目論んでいる返済計画には納得できないな。昔のよしみで資金は出すが、金利は100%。1年後に倍額だ」

「金利100%とは非常識な金利設定だろう? 俺達の足元を見過ぎだ。

 お前達が金の亡者と言う事は知っているが、其れにしたって、信頼感と言うものは必要なはずだ」

「非常識なものか! 1年後、無事に返済されるかどうか、不透明なんだぞ。

 踏み倒される可能性だって十分に有る」

「だが、此の国防サービスが軌道に乗れば、桁違いの資金が転がり込んで来る事は、お前達にも分かるだろう?」

 元々が計算高い人種である。今は非現実的で考え難いと言うだけで、閻魔軍とやらの実力が世界に知れ渡れば、亡者ジェイソンの提案内容を戯言ざれごとだと完全否定するのは難しい。

「資金が集まるように成れば、お前達のファンドに全ての運用を任せよう。其れこそ昔のよしみでな」

 無表情のまま、現役パートナーが亡者ジェイソンに質問した。

如何どうしたいんだ?」

「金利は半分の50%。1年後の返済が滞れば、複利計算で構わない。

 年利50%の運用益なんて、手にした事は有るまい?」

「1年後に返済が滞っていれば、ミスター・ソラリスの目算が狂い始めた兆候だと、我々は解釈する。

 2年目以降は金利100%だ」

「良いだろう」

「よし。商談成立だ。キング閻魔が起債する6千万ドル分の債権を全額引き受けよう。

 起債条件は年利50%だから、1年後の償還金額は9千万ドル。償還が遅れれば、年利100%の複利計算だ」

「分かった。早速、起債の準備に入ってくれ」

「準備が整ったら、何処に連絡すれば良い?」

「ミスター鬼頭のスマホに連絡してくれ。スマホなんて、今の俺には無用の長物だからな」

 商談が済むと、無表情だった現役パートナー達の顔にも人間味の有る表情が現れる。

「ところで、ミスター・ソラリス。死んだら、一体どうなるんだ?」

「俺が言うのも妙な話だが、お前達、覚悟しておいた方が良いぞ。因果応報って言うのは免れないものだ」

 其れだけを言うと、亡者ジェイソンはクックッと小さな笑い声を立てた。土気色をした顔で陰気に言うものだから、相当に迫力が有る。

 現役パートナーの3人は居心地悪そうにソファーで座り直すと、互いに顔を見合わせた。


 難民キャンプに戻る道すがら。金斗雲の上では、閻魔大王が亡者ジェイソンに質問していた。

何故なにゆえ、6千万ドルを借りただけなのに、9千万ドルも返済しないといけないんだ?』

「増えた3千万ドルは金利ですよ」

「借金する時には金利を払うのが現世での慣わしです」

 学鬼も横から亡者ジェイソンに同調する。

『だが、あの話し合いで、6千万ドルから9千万ドルに、借金の額が増えた事になるんだろう?

 汝の古巣には行かない方が良かったのではないか?』

「ですが、閻魔大王。財務省の請求書の支払い期限に間に合わないでしょう?」

『返済が少し間延びしても構わないではないか?』

「いいえ、良く有りません。

 支払い期限を破ると、アメリカ政府からの信用を失います。アメリカ政府だけではありません。支払い遅延の噂を聞き付けた世界中の金融機関や企業は取引してくれなくなります。信用喪失は閻魔大王の活動を制約し始めるのです。

 借金の額が増えるのは仕方ありません。我々は、3千万ドルで時間を買ったのです。手に入れた貴重な時間を使って、合法的な金儲けの算段を見付けましょう」

『此の道のプロの汝が言うのだ。納得は出来んが、素直に従うよ。

 だが、現世と言う世界とは、貧乏人は益々貧乏になって行く酷い仕組みで動いておるのだな。

 貧乏人にならぬように絶えず気を付けておかねば、現世で安心して暮らす事は覚束おぼつか無いようだ』

 一つずつ貧乏人の悲哀を重ねる閻魔大王であった。


 閻魔大王のニューヨーク訪問のニュースは世間で広く知れ渡り、其の延長で、閻魔債の起債のニュースも世界中に知れ渡った。ただ、具体的な起債条件まで把握した者は限られる。

 そんな限られた者の中から、駐パイエスト中国大使が難民キャンプまで閻魔大王を訪ねて来た。

 中国政府との折衝に当ってのアドバイザーとして、亡者イーモウも同席した。

 難民キャンプに要人を迎える応接室が有るはずもなく、UNHCRのテントで会談する事になった。

 猛、瑠衣、アーネストの3人に加え、幽体離脱状態の閻魔大王と学鬼。そして、亡者イーモウの6人が出迎えた。

 テント内のパイプ椅子を中国大使と随行員2人に勧める。猛、瑠衣、アーネストの3人だけが椅子に座り、雑然としたテント内で車座になる。折畳みテーブルは全て荷物の保管場所と化している。

 車座になった御陰で互いが間近に座る事となり、特に緊張した中国大使側は閻魔大王らの顔をマジマジと眺めた。すると、中国大使が亡者イーモウの存在に気付く。

「もしかして、そちらはチン先生ではありませんか?」

 閻魔大王達5人が亡者イーモウを振り返る。

如何いかにも。私はチン・イーモウだ」

「先生。私を憶えていらっしゃいませんか? ガオ・チンピンです。

 山東省で勤務していた時には、先生に引き上げて頂きました」

「おお、思い出したぞ。シャオ・チンピン。

 お前はパイエスト共和国で大使をしているのか。出世したものだ」

「はい。アフリカの地で勤務しておりますので、先生の葬儀には参列できず。大変申し訳ない事を致しました」

「な~に、気にする事はない。現世の葬儀なんぞ、死んだ者には関係無いよ」

「先生には色々な事を教えて頂き、其の後の出世に役立てる事が出来ました。何とお礼を言ったら良いか・・・・・・」

 色々な事とは、賄賂の集め方である。

 2人の随行員が居る手前、口が裂けてもズバリとは言えない。

「まあ、お前の立身出世に役立っておるならば、同郷人として嬉しい限りだ。

 ところでな、シャオ・チンピン」

「はい?」

「お前に一つ伝えておこう。三途の川も金次第と言う諺だがな。あれは真っ赤な嘘だ。

 三途の川の渡河人に身ぐるみ剥がれて終わりだったよ。地獄では金の遣い道も無いからな」

「そうなんですか・・・・・・。蓄財した富は生きている内に使い切らないと駄目なんですね」

「そう言う事だな。必要以上に蓄財しても無意味だと言う事だ」

「聖人君主の様な発言を先生から聞く事になるとは、思いもしませんでした」

「うんうん。俺も地獄に行ってから魂が洗われたのだよ。結構、辛い目にも遭ったがな」

 今や好々爺となった亡者イーモウが、使役の刑場での経験をサラリと言う。

「それで、今日、閻魔大王を訪問して来た用事は何だ?

 閻魔大王は全てを見通す方であるから、嘘偽りは言わぬ方が中国共産党の為だぞ。同郷人として、お前には忠告しておくからな」

「はい、分かりました。

 我が共産党は、キング閻魔が多額の借金に苦しんでおり、返済の当ても無いので、高利貸しに好き勝手されていると、そう言う情報をキャッチ致しました。

 真実でございましょうか?」

 閻魔大王が『相違無い』と答えた。

「我が共産党は、キング閻魔にビジネスの提案が有って、参りました」

の様な?」

「アメリカから大量の穀物サイロを運搬したキング閻魔の輸送能力に、我が共産党は着目しました。

 そこで、或る物を運んで貰いたいと言うのが、ビジネスの御提案です」

「或る物とは?」

「パイエスト共和国の治安維持に必要な物です」

「其れは・・・・・・、平たく言うと、兵器じゃないのか?」

 好々爺然としていた亡者イーモウの顔付きが、徐々に厳しくなって行った。

「ご明察の通りです」

「閻魔大王に対して、中国人民軍に加勢しろと言う事なのか?」

「いいえ。加勢ではありません。運ぶだけです」

「だったら、自分達で運べば済むのではないか?」

「中国人民軍には十分な輸送能力が有りません。

 勿論、時間を掛ければ運べるのですが、テロリスト共が武装蜂起すると言う情報が有り、事は急を要するのです」

「やはり争いに加担するのではないか? 争いを招く加勢は閻魔大王の御志とは違うぞ」

「いいえ。争いを未然に防ぐのです。

 此の儘では共和国政府はテロリスト共に敗れ、惨禍はパイエスト共和国全体に及ぶでしょう。此処の難民キャンプどころの比では有りません。

 テロリスト共を武力で抑える戦力が是非とも必要なのです。

 それに、アメリカの投資ファンドには、国防サービスで償還資金を稼ぐと説明したのでしょう? 国防サービスの最初の仕事だと考えれば良いではないですか」

 人民解放軍の諜報網は侮れない。

 亡者イーモウが閻魔大王の顔を仰ぎ見る。苦渋の表情を浮かべた閻魔大王。

「だが、共和国政府は中国共産党の言い成りだから文句は言うまいが、欧米諸国を中心とした国際世論は、どう反応する?

 此処、東部アフリカが大国の代理戦争の場となってしまうのではないか?」

「先生の抱く心配は無用です。今だって、彼らは此の地の混乱を見過ごそうとしているではありませんか?

 此処の難民キャンプの運営費だって、中国共産党が半分以上を負担しているのですぞ」

 中国政府が東部アフリカの政情安定化に最も腐心しているのは事実であった。難民キャンプの負担についても、瑠衣が黙って頷き、中国大使の指摘は事実だと首肯した。

 だが、中国大使の申し出はキナ臭い。

「ガオ大使の提案は理解した。だが、即答は出来ない。

 明日、もう一度、此処に来てはくれまいか。それまでに閻魔大王と相談しておくから」

「チン先生。同郷人の先生を信じ、前向きの回答を期待しております」

 閻魔大王と亡者にうやうやしく頭を下げ、中国大使は引き揚げて行った。


 翌日の改めての会談。閻魔大王はガオ中国大使に回答した。

『二つの条件付きで、汝の提案を受ける事にする』

「其の条件とは?」

『一つ目は、武器以外の荷物もワシらに運ばせる事。

 武器だけを運んでは目立ち過ぎる。運搬対象の武器にしても、コンテナに積載可能な物に限る。コンテナに入り切らない大型の荷物は、汝ら自身の船で運んで参れ』

 密輸王の亡者アレッサンドロの入れ知恵だった。

 中国からパイエスト共和国向けの荷物は多くはなかった。一方、政情が安定し順調に経済発展中の隣国タンザニア向けの荷物は多い。大きな物流に紛れ込ませる事で、少しでも発覚の可能性を下げるのだ。

「分かりました。そして、二つ目の条件は?」

『もし、汝の言う通り、テロリスト達が武装蜂起した場合。汝らとは中立を保ちつつ、ワシらも独自に紛争の鎮圧に努める。ワシらの鎮圧では、誰一人として傷つける行為をしない。

 つまり、武器を運び込むと言う汝らの努力は徒労に終わる』

「良いでしょう。我が共産党の願いも、パイエスト共和国の政情安定化に有ります。誰が安定させようが、其れは問題ではありません」

 こうして、閻魔大王と中国政府の間で密約が成立した。

 行動を共にする猛とアーネストは、グローバル・ニュース社から出向いた独占取材中の記者と言う位置付けであったが、当面の間、記事に起こす事は差し控えた。

 2人の好意に謝意を表しつつ、閻魔大王は嘆息しながら呟いた。

『ああ、貧すれば鈍するだな。我が身に借金が無かりせば、武器密輸などの汚れ役務に手を染める事も無いのに・・・・・・。

 此の様にして、汝ら人間共は性根を曲げて行くのだなあ』


 密約成立日の数日後、難民達から解脱した5千鬼の邪鬼達が、亡者イーモウの先導で中国を目指した。

 準備の整ったコンテナから順に、金斗雲でアフリカ東海岸に運び始める。アフリカと中国の間に、小間切れだが長い飛行機雲が伸びる事になり、閻魔大王の新たな動きに全世界が注目した。

 金斗雲の群れの行動目的について、閻魔大王がプレス発表する事は無かった。

 亡者アレッサンドロの指導するカモフラージュ策が功を奏し、幸いにも、世界各国は閻魔債償還の原資を稼ぐ為に輸送業を始めたのだと解釈してくれた。

 だが、欧米の軍事大国は、閻魔大王が人民解放軍と手を結んだのではないか?――と疑っていた。そして、インド洋での覇権を中国と争い始めていたインドも、同じ様に疑っていた。

 実際、タンザニア経由でパイエスト共和国に搬入されたコンテナからは、メインローターを折り畳んだ状態の戦闘ヘリが何機も取り出された。回転翼を伸ばし機体整備を終えた後は、次々と夜空に飛び立ち、共和国軍の戦列に加わって行った。

 また、茶色系の砂漠模様に塗られた装甲戦闘車両も多数。機関銃や対戦車兵器を搭載した戦闘車両の数については、更に多かった。砲弾、銃弾の類も潤沢に補充され、携行ミサイルや銃器の類も無数に運び込まれていた。

 亡者ジェイソンが経営していた投資顧問会社の投資ファンド関係者は、無事に償還が進みそうだと、ほくそ笑んでいた。

 現役パートナー達は、亡者ジェイソンの夢物語を信じておらず、早々に債券市場で閻魔債を売り捌こうと考えていたが、償還期限の1年後まで保有し続ける事に方針変更した。債券を売却して50%の金利収入を第三者と分かち合うなど、金の亡者である彼らの発想には無かった。

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