中編

 幽太郎は少女を連れて旅に出ました。

 小さな子供を連れてとはいえ幽太郎は空を飛べますし、一瞬で遠くへ行く事もできますので旅路は楽でしたが、


「どう? あのお山綺麗でしょ?」

 幽太郎は富士山を指して尋ねましが、少女は何も言いませんでした。


「ほら、これ美味しいでしょ?」

 幽太郎は肥後名物の団子を少女に食べさせましたが、やはり何も言いませんでした。


「ここならどうかな? オイラにはよくわからないんだけど」

 そこは江戸のとある書物屋でした。

 よく見るとそこにいるのは若い女性ばかりです。

「これなんかどう?」

 そう言って一冊の書物を見せましたが、少女は首を傾げていました。

「うーん、女の子ってこういうのが好きなんじゃないのか? あっちの二人なんかヨダレと鼻血出しながら読んでるし」

 幽太郎が見せたのは衆道の物語でした。

 幸いなのか少女は字が読めませんでしたが……幽太郎、そんなもの子供に見せてはいけません。


 幽太郎はそれからも少女をあちこちへと連れて行きましたが少女は口を開いてくれませんでした。

「うーん、だめなのかなあ? いや、もうちょっと」

 



 しばらくして幽太郎と少女はとある海辺の村に着きました。

 二人は海岸でそこから見える海を眺めていました。すると

「……きれ」

「え?」

 少さな声が聞こえました。

「ねえ、今喋った?」

 幽太郎が少女に尋ねました。

 少女は黙ったままでしたが、表情が少し和らいでいました。

「あ、もしかして今なら、よし」

 幽太郎は少女の心を覗いてみました。




 少女が住んでいた村は飢饉と疫病で多くの人が亡くなりました。

 その中には少女の両親も……。

 少女は祖父や他の生き残った人達と共に他の土地へ行こうとしましたが、その途中で野盗に襲われて男達は皆殺され、女達は皆攫われて売られていきました。

 少女は売られた先で重労働をさせられ、そして……。

 

 幽太郎に見えたのはそこまででした。

「そうか。先は見えなかったけどたぶん……それじゃ心が壊れてしまってもしかたないよね」

 幽太郎は涙を流しながら呟きました。

 

 すると少女は何も言わずに幽太郎の頬を撫でました。そして

 

 ……と。 


「え?」

 少女の小さい声、いや心の声が聞こえた気がしました。




 それから幽太郎は少女と海岸を散歩しながら考え込んでいました。

「うーん、どーしよ? 海を気に入ったみたいだし、それならここにずっといればいいかなあ?」

「もっといい方法がありますわよ」

「へー? って誰!?」

 幽太郎が振り返るとそこにいたのは白い猫でした。

「お久しぶりね、幽ちゃん」

「あ、なんだお多麻たまか。姿が変わってたから誰かと思ったよ」

 どうやらこの喋る猫はお多麻というそうで、幽太郎とは知り合いのようです。

「あら、そういう幽ちゃんだって昔と随分変わってますわよ」

「そうだね。あ、久しぶり、ってどのくらいぶりだっけ?」

「あの合戦の時以来じゃないか?」

 声がした方を見るとそこには喋る白い犬がいました。

「あ、草太そうたもいたんだ」

 この犬は草太というそうです。そして彼もまた幽太郎の知り合いみたいです。

「ああ、久しぶりにお多麻と一緒に幽太郎に会いにいったら旅に出た、と和尚さんに聞いたんでな。あちこち探しまわったぞ」

「そうだったんだ。あ、でもその姿で喋ったんだろ? 和尚さんびっくりしてたんじゃない?」

「いや全然。ほんとに凄い大物だな、あの和尚さんは」

 草太は和尚さんを思い出して感心していました。

「そうだね。あ、それよりさ」

「もう知ってますわよ。その子の心を……でしょ」

 お多麻が少女の方を向いて言いました。少女はちょっと目を丸くしていました。

「うん。ねえお多麻。もっといい方法って?」

「私達三人でならできるでしょ、あれが」

 幽太郎が尋ねるとお多麻がそう言いました。

「あれ? あ、そうか。でもやっていいのかな?」

「心配するな、神様からお許しはいただいているぞ」

 草太はもう手を打っていたようです。

「そっか、じゃあ」

「早速始めましょうか」

「うん」


 そして三人は横一列に並んで何かの呪文を唱え始めました。

 すると二つの大きな光の玉が少女の側に現れ、それはやがて人の形になりました。


「……!?」

 少女が驚きの表情を浮かべました。

 そこにいたのは若い男女でした。

「……あ」 

 少女は二人に何か言おうとしましたが、うまく言葉がでないようでした。

 

「おゆき、ごめんね……」

「すまんおゆき、お前を残して逝ってしまって」


「……おとう、おかあ……ふええ」

 少女、おゆきは小さな声でしたがそう言って泣き出しました。

 そして女性の方、おゆきの母親が彼女をそっと抱きしめました。



「あの子、おゆきちゃんって言うんだ。おとっつあんとおっかさんに会えてよかったね……でも」

 幽太郎がそう言うと

「でも心はずっと側にいますわよ」

「そうだぞ。それがわからない子じゃないと思うぞ」

 お多麻と草太が言いました。

「うん……」

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