Second memory 92

= second memory 92 =


あわてて携帯を取った。この番号を知っている人は数人。仕事には別のものを使っている。

数人いるけどわかる。

「SHIN」

迷わずに言った。でも何も応えない。だからSHINだね。

「どこにいるの?近くにいるならすぐに来て。」

何も。

「いつならいいの?いつなら会いに来てくれるの?ここは台湾だよ。日本じゃない。もう秋は終わったよ。冬も、春も。1年経った。」

電話は切れないけれど、何も言わなかった。

「会いに来て。迎えに来て。連れて行って。どこにでも行くから。アフリカでも、チュニジアでも、アフガンでも、モンゴルでも。どこにでも行くから。あなたがいればいい。」

なにも・・。でも泣いてる。電話のむこうできっと泣いてる。聞こえるわけじゃないけど。

私にはわかる。繋がっている。

「あなたの言う(時)を待ってる。必ず待ってる。ここでも、日本でも。私はあなたを待ってる。私の半身はあなたしかいない。待ってる。」

何も言わないけれど、感じる。愛してるって言ってる。心が言ってる。

「愛してる。私も愛してる。ずっと。」

何も返ってはこないネイビーブルーの携帯に、ただ泣きながら話し続けた。聞いてるよね。泣きながら聞いてるよね?どうして何も言ってくれないの?

「SHIN、声を聴かせて。」

私の大好きな、リリックテノールを聴かせて。

「(allelujah)を聴かせて!」

泣きながら叫ぶように言った。

あっ・・・今歌ってるよね。心の中で歌ってる。

私、聴こえる。だから黙った。

心の耳で(allelujah )を聴いていた。

そして私が何も言わずに、ただ必死で心の耳を澄ましている間も電話は切れない。沈黙の時が流れる。

でもそれは私たちにとっては沈黙じゃない。

耳からは聴こえないSHINの(allelujah )が終わった時、answer songのように(time after time )を私は声に出して歌った。

聴いてほしかったんだ。あなたにだけ聴いてほしかったんだ。

・・歌い終わった。

「切らないで!待ってるから。待ってるから。」

そしてまた沈黙。葛藤がわかる。

声を出すかどうか悩んでるね。葛藤してるね。

そしておそらくあなたは・・出さない。頑固者。

「頑固者。愛してる。」

ー僕も愛してます。苦しいほどに。ー

その長さで電話は切れた。

頑固者。


少しボーッとしていた。夢じゃない。

待ち続けた電話。でも聞かせてもらえなかった声。『おまたせ』って言葉。でも感じた。聴こえた。

その時、PCにメール。

『Vous devez trouver le bonheur』

フランス語。翻訳ソフトにかける。

多分、最後に聞いた声で言ってくれた言葉。

(あなたは幸せにならなければいけない)

(いってらっしゃい)じゃないじゃない。

わかってたけど。嘘つき。

「我需要你(あなたが必要です)」

「我等着你(私は待っています)」

返信する。

ねえ、SHIN。私、進みながら待ってるでしょ?

中国語あってる?

瑛琳が教えてくれてるから、ちょっとおかしい?おかしかったら添削して返してね。


PCの画面を見つめているうちに、夜が明けた。

瑛琳はちゃんと教えてくれてたんだね。

じゃあ、伝わったよね。私がずっと待っていること。これからも待ってること。


SHINの無言電話でわかったことひとつ。

彼もこの日を特別な日だと思ってくれているってこと。

私との特別な日だと思い続けてくれているんだ。

0611を悲しい日にはしない。それはきっと自分しだい。


ゴリから長い長いメールがきたのは、その日からもう少しあとになる。

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