Second memory 87
= second memory 87 =
搭乗口前のベンチに一人で座っていた。
この場所ではないけど、あの日二人で座っていたことを思い出しながら。もたれる肩はない。でも背筋を伸ばすんだ。泣かないんだ。強くなっておくんだ。次にSHINに会う日までに。
台湾ではしばらく山根さんに手配していただいたホテル暮らしになる。部屋もいくつかピックアップしてくださっているから数日で決まるだろう。とにかく頑張ってくるから。
たくさんの人が楽しくて、何度も足を運びたくなる場所を作る。自分が幸せでも、そうでなくても誰かの笑顔を考える。目の前を通り過ぎて行く人たちの楽しいことを考える。想像する。そうするうちにきっと自分も楽しくなる。半分だけでも幸せになる、満たされる。
きっと。私の仕事はそういう仕事。ううん、そういう仕事をする人になる。そのやり方が普通じゃなくても、時間を要してもそれが私の企画スタイル。私の個性。
そのかわり私の作った空間に来てくれた人を、一人でも多く楽しませてあげる。SHIN流に言うとそれを私のRaison d'etreにできるように。
そして彼を待つ。今回も、これからの未来も。SHINがどこにいても彼が生きている限り、私が生きている限り。
自分の気持ちを自分自身に言い聞かせるように心の中でrepeatしていた。
空には雲がかかってきている。あの日みたいだ。雨の中のtakeoff。
・・あの日の幻を見ているのかもしれない。
長髪の長身のスーツ姿が・・。ゴリ。
『見送りに来たんじゃないわよ。これを届けに来たのよ。』
大股で近づいてきたゴリはそう言うと、見覚えのある箱を差し出した。
『SHINがアフガンでつけてた方よ。』
Rudraksha。
まるでdeja-vuじゃない。
泣くよ。我慢してたのに。必死で我慢してたのに。箱を受け取ってゴリの胸にすがった。そのまま泣いた。台湾に行くと決めた時から・・違う、SHINのお見舞いに行った時から・・違う、私が24歳になった瞬間から、心の中で膨らんでいった刹那さを受け止めて。預かって。
ゴリは私の手から箱を取ると、私を抱いたままでRudrakshaのネックレスを取り出した。そしてすがっている私の首にかけてくれた。そのまま背中に手を添えてくれる。
『頑張ってきなさい。一人だけどみんなついてる。みんなあんたを思っている。応援してる。あんたがあんたの世界で、大下朋として輝くことをみんな応援してる。一人だけど一人じゃないから。』
ゴリが言うと魔法の呪文になる。心の深い深いところに浸透していく。
搭乗のアナウンスが流れた。日本語で英語で、急かされるような中国語で。
ゴリが私の肩を持って私を離すのと、私がゴリの胸を押して彼から離れるのが同じタイミングだった。
『cherry、いい女になるのよ!ビービー泣くんじゃないのよ。』
頷いて荷物を持った。
「いってきます。」
Rudrakshaを指に絡めた左手の甲で涙をぬぐった。
ゴリはいつもよりも静かに、まっ直ぐに私を見つめて言ってくれた。
『いってらっしゃい。』
窓際の席でよかった。少しでも日本が見える。荷物を片付けたあと、そう思って窓の外を見た。
・・また涙が溢れてくる。
送迎デッキに彼がいる。小さな豆粒くらいにしか見えないけど間違いない。デッキの手摺にもたれるように。退院できたの?それとも外出?
昨日の夜、何も言ってなかったじゃない。小さな窓に張り付くようにしてSHINの姿を見ていた。
シートベルトのサインとアナウンス。ベルトをつける時も、窓からその姿から目を離さなかった。
機体がゆっくりと動き始める。あわせるように彼が移動する。
あの日、彼が見ていた私がそこにいる。
刹那かったでしょうね。もしかしたら帰れないかもしれないという思いを抱きながら、そんな様子を見ているのは。そんな姿から目が離せないのは。ごめんね。
見送りに来てくれてありがとう。まだ動くと痛いんじゃないの?だから動かないで。ありがとう。
頑張ってくるから。元気になって会いに来てね。迎えに来てね。そして一緒にあの部屋に帰ろう。時がきたら。きっと。二人で。
・・takeoff・・
送迎デッキが見えなくなった。
SHINの姿が見えなくなった。
心の中で呟く。
「いってきます。」
私の乗った飛行機はそのまま雲の中に吸い込まれていく。
ねえSHIN。フランス語で『いってらっしゃい』は〈bon voyage〉だよね?
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