Second memory 88
= second memory 88 =
『朋、これ食べろ。』
「ろ じゃなくて、て だよ。 」
瑛琳は日本語勉強中の22歳。山根さんが私の通訳として雇ってくださった。
ちょっとおかしいところもあるけど日本語もうまいし、英語は私よりずっとできる。どんなことでもとても勉強熱心で、昨日教えたばかりのマドレーヌを今日作ってきてくれた。
台湾に来て5ヶ月、前の仕事のときのスタッフとほとんど同じだから、人間関係もやりやすい。私は山根さんの会社の社員になったわけじゃない。フリーランスで2年契約。とにかく自由に企画していく。そのために必要なデータや情報収集の方法も任せてもらえている。
がむしゃらに働いた5ヶ月だった。そうしていた方が現実を考えずにすんだ。
SHINから連絡はない。それはどこかでわかっていたのかもしれない。最後の電話の頃から、自分でも気づかないうちに。
ゴリからは時々メールがくる。
最初はSHINが退院した報告。
オーナーが入院した報告。
そしてSHINが行方不明になった報告。
SHINは退院後、オーナーの家で暮らしながら、体調の悪いオーナーのお世話をしていたけれど、オーナーの入院とほとんど同じ頃からいなくなってしまった。結局、新しい携帯の電話番号もメールアドレスも教えてもらわないまま。
でも私は信じている。時がくれば必ず会いにきてくれることを。
SHINのPCのメールアドレスには、ほぼ毎日メールを送っていた。もうほとんど日記だった。でもきっと彼はどこかで読んでいる。私を想っている。そして時を待っている。
私が日本を離れてから、いろいろ大変だったらしい。
ツーちゃんがコカインを使っていたことが公になってから、ツーちゃんとSHINの事件は痴情の縺れから麻薬がらみの事件として、TVのワイドショーで取り上げられたりしたらしい。
一旦落ち着いたように見えたが、著名な芸能人がコカインで逮捕されてまた浮上した。
ワイドショーが落ち着いたら週刊誌。それが落ち着いたらもうひとつ下世話な媒体。次から次から嘘が重ねられていた。
ごめんね。私のせいであなたが落とされていく。
姿を隠したのは隠さなければいけなくなったのは、自分が見えていることで迷惑をかけないためだ。
写真の仕事関係にも、〈Noon〉にも、そして私にも私の家族にも。
でも、連絡先くらい教えてくれてもいいんじゃないかな。でもそうなったら会いたいという思いは強くなり続けただろう。人間は今あることより上を求めたがるものだ。私もそう。
連絡が取りたい。繋がっていたい。それができれば会いたい。それができれば抱きしめてほしい。
連絡がとりたいという一番最初の段階で留まりながら、PCに日記のようなメールを送ることで繋がっているんだと思っていた。
2004年はそんな風に終わった。
初めて他国で年越しをする。彼はどこにいるんだろう。
元気でいてほしい。生きていてほしい。そして会いにきてほしい。闇に紛れるようにしてでも。抱きしめてほしい。ちゃんと待っているから。泣かずに待っているから。
そんな言葉たちと一緒に、PC に明けましておめでとうとメールを送った。年が変わっても、「送れない」と戻ってはこなかったことにほっとしていた。
その頃、日本の別の世界で起こっていたもうひとつのことは、もう少しあとで知ることになる。
慎重すぎるSHINが猫のように誰にも行き先を告げずに姿を隠したのは、半年経っても会いにきてくれないのは、やっぱり私を守るためだった。
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