Second memory 65

= second memory 65 =


歯車が狂ったとわかる時は、そのきっかけが起こった瞬間よりも、かなり時間が経ってからなんだろう。

佐々田部長が詠み違えた。

クライアントのひとつが倒産したことで、A社に大変な損害を与えることになった。そんなことはこの仕事ではありえることだ。ただ今回はそうとばかりも言えない。部長は手を広げすぎていた。ゴリも心配してたくらいに。

結局、佐々田部長はA社を退くことになった。最終日に私と真鍋さんは部長からお詫びとお礼と共に、誘いを受けた。

『仙台に行こうと思っている。ベースもある。一緒に来ないか?』

真鍋さんは二つ返事でその誘いを受けた。

私も部長からもっといろんなことを学びたいとは思ったけれど、大阪を離れたくなかった。SHINのいないところなんて考えられない。ゴリやカバがいないところも。

私はA社に残ると決めた。佐々田部長は『来たくなったらいつでも来なさい。』と言ってくださった。


部長がいなくなったA社にいることは、私にとってかなり厳しいことだった。

入社時から私はA社の社員というよりも、(佐々田部長の部下)だったから。何かと気にかけてくれていた真鍋さんもいなくなったので、ポツンと一人でいる感じがする。

ただ、私が創ったいくつかの企画が動こうとしていたこともあって、仕事は忙しかったし充実している。

楽しいことを考え続ける。自分が楽しくても、そうでなくても、私は誰かの楽しいことを考える。それが時には自分自身の救いになる。


でも、そんな時間は長く続かなかった。

SHINの20代最後の誕生日の翌週、私はマーケティング部から〈総務部福利厚生課〉に移動になった。

何よりも悲しいのは、私が創った企画を他の人が動かしていること。

SHINに応援してもらいながら、二人で過ごす時間にアイデアをもらいながらコツコツと創りだした企画が、思っていたのとは違う形に他人の手で変形されていく。嫌だ。部長にたくさん提出したあの子たちを返してほしい。


残業や休日出勤はなくなった。私は学生時代のような時間に〈SHELLEY〉に行くこともできたし、SHINの部屋で夕食を作って彼を待つこともできた。

「このまま専業主婦になろうかなあ。」

〈SHELLEY〉でポツンと呟いた一言にゴリが真顔で聞いてくる。

『それが本当にあんたのしたいことなの?夢の種は咲かないまま枯れるの?』

私の夢の種。crazy nightの時に見つけた。

見つけたことが本当に嬉しかった。だから編入せずに就職した。

でも、仕方ないことだよ、人事異動って。そう思っていた。私の異動の理由を知るまでは。


部長が辞めてから、マーケティング部はかなり縮小され、営業部の中のセクションになった。

つまり、あの遅達事件のときに私に罪を擦り付けた営業部長の管轄。だから私が目障りだったんだ。

あのことのために私の大切な企画たちが奪われたと思ったら、悔しくて泣けた。

佐々田部長と真鍋さんから、少し遅れて私はA社を辞めた。まだ夢の種は枯れさせない。

ただ、仙台に行くつもりはない。こっちで探そうと思う。やっぱり大阪を離れたくない。


私がA社を辞めたことを知って、山根さんからゴリに連絡が入った。台湾に来ないかと。

山根さんの会社がスポンサーになって、台湾にアミューズメントパークを造る話があるらしい。それを手伝ってくれないかという話だった。

とても魅力的な仕事だった。でもかなり長い間、台湾に行くことになる。大阪を離れたくない。でも。

二度目のチュニジアに行っているSHINにメールで少し書いた。彼からは

『君の心のままに。僕達に距離なんて関係なくない?前を行く君に、必ず追い付くから。僕もがんばるから!』

って返信がきた。

SHIN 、関係なくないことはないよ。

私は前なんて行ってないよ。前を行ってるのはあなたじゃない。前というか、どこというか。

相変わらず秘密は多いし。いつ帰ってくるかもはっきり決まってないし。繋がってるけど。

寛大な返事を聞きたかったのか、窮屈な返事を聞きたかったのか、自分でもわからないけれど、並んだ文字からは声のトーンがわからないよ。

私の誕生日と4回目の記念日は一人で過ごすことになりそうだし。

右手の薬指の指輪を左手に移す。ちょっとサイズが大きくなってる。痩せたかな。

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