Second memory 64
= second memory 64 =
結局、私の小さな願いは叶えられることなく、翌月、SHINは西アフリカに旅立った。志なかばに倒れた先輩の仕事を引き継ぎ、それを世に出すことを彼が断るはずがない。
出発前に、私が不安を最小限に抑えるためにお願いしたことはわかってくれた。
橋長さんは関東の人で、SHIN の所属する関西のチームとは関係なかったけれど、たまたま大阪の実家に帰ってられた奥さまが、こちらで悲報を聞き、唯一の知り合いだったSHINを頼り、SHINが自分の所属する団体の力を借りたことで縁が繋がっていた。
だから今回の西アフリカでのSHINの動きを、ゴリが知ることができるようにしてもらえている。
あの日のカウンセラーの女性もSHINが所属する団体の方だった。橋長さんと同じ体験をされた。
大きな波ではない。凪のように少しずつ私の中に、自分でもよくわからない何かが芽生え蓄積されていく。
SHINが西アフリカに行っている間に、おめでたいことがあった。お兄ちゃんの婚約が決まり結納の運びとなった。お兄ちゃんは婿養子になるので大下家は結納を貰う立場になる。ちょっと早いらしいけど、先方が忙しいんだって。
お兄ちゃんの結納の日、私は成人式の日に一度着ただけの振り袖を着て、その場の一番端に座っていた。黙って座っているだけ。
成人式の日を思い出す。私の振り袖姿に妙にそわそわしていたSHINのことや、カバやゴリが誉めてくれたこと。ツーちゃんがとても羨ましがっていたこと。
本当はあの翌年、ツーちゃんの成人式の日にツーちゃんもこの振り袖を着ることになっていた。成人式の前に東京に行っちゃったから着れなかったけど。
ツーちゃんはどうしているんだろう。胸が痛い。
結局、京都にはいなかったみたいだ。
ツーちゃんが契約したと言っていたプロダクションは、まだ仮契約だったらしく、本契約に来なかったツーちゃんのことは気にしていなかった。ツーちゃんをスカウトしたスカウトマンの人だけが、とても残念がっていたとゴリが言っていた。
働くと言っていたガールズバーは店の名前も聞いていなかったので、探しようもないらしい。
ゴリにもできないこともあるんだ。あたりまえだけどそんな風に思ってしまった。
ゴリにできないことなんてないと思っていたから。私、子供みたいだ。
約1ヶ月、西アフリカに行っていたSHINはそのままイギリスに行った。
橋長さんの仕事を仕上げるために、チームの人たちと一緒に。日本でトランジットしてくれればいいのに。
会えない時間が長びくのは淋しくて辛い。でも彼は生きている。
最初、行き先を聞いたときはショックだった。だって橋長さんが亡くなった場所なんだから。
毎日毎日緊張していた。毎晩ゴリからのメールを見るたびに、その緊張が少し溶けて眠れるけれど、またすぐに不安になる。夜中に目が覚めてしまう。
ひどいときには恐い夢を切れ切れに見て、何度も目を覚ました。
SHIN が西アフリカに行っている間はそんな日々だった。
だから生きてるだけで喜べる。今は銃弾が飛び交わない場所にいる。だから私も大丈夫。早く帰って来てほしいのは当然だけど。
SHINの部屋で、彼の好きな珈琲を煎れて飲みながら思う。SHINの入れてくれる美味しい珈琲が飲みたい。次はブラックで飲めるかもしれない。昔みたいに。
送られてくるメールの文字を見て思う。声が聴きたい。
救われているのは、お兄ちゃんの結納も終わって、ようやく〈SHELLEY〉に行けるようになったこと。
心の中の小さな穴と、少しずつ少しずつ溜まっていく何かを、繕い、蹴散らしてくれる。
カバとゴリと過ごせる。
何気ない雑談。
仕事の相談をしたり、歌を聞いてもらったり、英語の勉強をしたり、甘皮の手入れをしてもらったり、私の知らない頃のSHINの話を聞いたり。
淋しくないよ。大丈夫。私は強くなったんだ。
もうお母さんを説得できるはず。
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