Second memory 45

= second memory 45 =


車の中でSHINはずっと眠っている。私の運転の隣で。よっぽど疲れてるんだね。当然だよね。想像を絶する疲れだよね。音楽もかけずに真っ直ぐ前を見て、慎重に運転していた。

マンションの隣の公園の横で、ハザードランプをつけて停めた。

SHINの寝顔を見る。こんな髭もじゃ、初めて見る。どうせすぐに剃ってしまうだろうから、ちょっと見ておこう。長い髪も見ておこう。そして触っておこう。そっとそっと触れたのに、起こしてしまった。

『ごめん、寝ちゃった。着いた?』

「うん。駐車場に入れてくれる?」

半地下になっているマンションの駐車場に停めるのは苦手。

ドアを開けて運転席から降りようとしたら、手を引っ張られた。振り返ったところでkissしてくれる。でも明るいし。公園の横だし。それに髭が。


先に部屋に戻ってお風呂にお湯を入れる。

夕食の準備はできてる。ご飯も炊けてる。

ドアのところでSHINが上がってくるのを待った。

ドキドキしてる。最初にヒールを履かせてもらったときに似てる。脱がせてもらったから、履かせてもらえることはわかっていた。次に起こることがわかっているドキドキ。わかっていた。

ドアが開いてSHINが荷物を置く。彼の目を見つめて、

「おかえりなさい。」

と言った。

SHINはブーツを履いたまま私を抱きしめる。ブーツを履いたままで長い長いkissをした。

もう髭もどうでもいい。

おかえりなさい。

心の中で思う。彼の胸に顔を埋めた状態で、SHIN の『ただいま』を聞いた。SHINは

『ただいま。・・ただいま。』

って2回言った。


お風呂から上がってきたSHINは髭を全部剃っていなかった。ちゃんと整えてるけど。なんか余計にへんな感じがする。さっきまで剃れなかったって感じだったのに、普通にファッションで髭をはやした人みたいになってる。老けて見える。

「全部剃らないの?」

って聞いたら、

『日本でこんな伸ばさないから、おもしろいでしょ?』

って。あんまり好きじゃないなあ。

食事を前にして、SHINがあらためて言った。

『cherry、待たせてごめんね。それに今回はかなりオーバーしてしまってごめん。』

頭を下げてくれる。

どんなだったのか聞きたい気持ちと怖い気持ちが交差する。SHINはアフリカでの話もしてくれてないから。きっと話せないようなこともたくさん目撃して来たんだよね。今は思い出したくないよね。

「帰ってきてくれてありがとう。」

そう答えた。本当にそれが私の中の一番大きな気持ちだから。

『cherryは元気だった?仕事、忙しかった?』

SHINに言われてドキッとする。

そうだ、私はSHINに言わなければいけないことがあったんだ。ちゃんと謝らなければいけないことが。

「入院した。」

『なんで?!』

SHINの声は大きかった。ちょっと怖くなった。ちゃんと言わなければ。でも。

「突発性胃潰瘍になった。」

その続きが言えなかった。

『僕が心配かけたから?延長したから?』

SHINはそう言うと、椅子を立って私の方に来た。座っている私を背中から抱きしめてくれる。

『ごめんね。ほんとにごめんね。』

胸の前でクロスしているSHINの腕を持った。

「違うよ。仕事で無茶したんだ。」

今、言うんだ。

『もう大丈夫?』

私の頭の上に顎をのせて聞かれた質問にそっと頷いて言った。

「もう大丈夫だよ。薬も終わったから。」

SHINは抱きしめる腕に力を込めてくれた。

『よかった。ごめんね。』

言わなければ。

『痛い思いしたんだよね。僕が心配させたせいだ。心配かけてごめんね。』

違うの。悪いのは私。

あの時、自分で勝手に決めた。

あなたに相談もせずに、あなたを騙すみたいに「大丈夫だから」って言って。

その上あなたに預かった命を守れなかった。

気づきもしなかった。悪いのは私。

もう一度、SHINの腕を抱きしめた。でも言葉がでない。胃に強く捕まれるみたいな傷みが走る。

今、倒れちゃだめ。また倒れちゃだめ。

やっとSHINは日本に、安全な場所に帰ってこれたのに。疲れきっているのに。

今、私がまた倒れちゃだめ。

ちゃんと言わなければいけないという思いを、そんな思考に置き換えた。

「ごめんなさい。」

それが精一杯だった。

今は言えない。そう思ったら胃を掴んだなにかは、その手を離してくれたみたいだった。

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